036 シンデレラとカムイ
「へえ~~! マリア、舞踏会に出んのかよ! ドレスとか……ああいうキラキラしたの着て踊るのか?」
キラキラした目で私に尋ねるのはリルムだ。
そうか、彼女はロマンス小説の愛読者だった……。
サキュバスは人の情愛に密接な関係がある種族なこともあるだろうけど、結構な恋愛脳のようだ。
お姫様は女の子の憧れ、ここはそんな世界観の乙女ゲームの世界なので、女の子のリルムも当然貴族の女の子に夢を見て憧れている。
正しくは社交界だけど。そんなに綺麗なモンじゃないけど。
侯爵令嬢であるソフィア嬢にそういうロマンス小説の類の話をしたら
「平民に貴族を憧れさせる為の政策の一種よ。貴族であんなものに夢を見ていられるのは本物の社交界にでるまでだわ」
と白けた目で返された。
確かに本物の社交界は夢も希望もなくただ華やかさだけが綺麗に輝いている場所だ。
あそこでロマンス小説を信じて花の令嬢が純粋にニコニコしていたらすぐ悪い男に騙されるだろう。
ギルヴィードおじ様なんかは聞くに堪えないのか完全に会話に入らない気のオーラを出しているし、影によって酸いも甘いも知り尽くしているであろうフィンスターは可愛いものを見るかのように「でも僕は一番リルムちゃんが可愛いと思うなあ~」とニコニコしている。
「私はまだ子供だからダンスとかはしないのよ。ただ大人の付き添いで遊びに行くだけ」
「あ! そこで王子とかと運命の出会いとかするんだろ!?」
恋愛小説の読み過ぎです。リルムさん。
こんな執務室と兼用した部屋に、誰にも知られずバリアの中にしか居られないような、しかも素材として変態プレイを強要されてるような、可哀想の権化みたいな子に『ドレスいいなあお城に舞踏会凄いなあすごいなあ』とキラキラした目で夢見がちに言われたらたまったもんじゃない。耐えられない。
「あと婚約者に婚約破棄されたり他国の王子様に求婚されたりするんだ!」
ヴヴッ! 私には辛すぎる!!
おじ様は存ぜぬで書類に目を通しながらなにやら文字を書くそぶりを見せながら仕事に没頭している。
「リルム、私には婚約者はいないから……」
「えっ!? そうなのか?」
「ギルヴィードおじ様にも居ませんよ」
私は笑顔でおじ様を巻き込む。
「ええ!?」
驚いておじ様のほうを見るリルムに、おじ様は嫌そうにこっちも向かず
「――……『こちらが今という大事な王太子争いの時に言い寄るような頭の浮かれた愚かな女とはやっていける気がしないのでお断りする』と言ったらスッキリしたぞ」
確かにそれは一刀両断……と言うか本当に女の事、面倒だとしか思ってないな?
『聖女勇者』でもおじ様キャラをここまで独身にする設定が、愚かなカーグランドに絶望して結婚する気がなくなったくらいしか理由が作れなかったんだよね。
だから愚かで馬鹿な女が嫌いなのは当たり前ではあった。
「そ、そっか……ギルもまだ婚約者いないんだ……」
驚いたようなホッとしたような、そわそわしたような挙動不審な動きになっていた。
ああ〜〜恋する乙女ですな〜〜
最近はもうデレを隠しきれていない。
フィンスターもニコニコと見守っている模様。フィンスターの顔はいつも崩れないので、何を考えているのかイマイチわからない。
よくわからない関係だけど絶妙に上手くいってるみたいだ。
コンコンとノックの音がし、カムイです。と入室してくる。
「姫、姫が頼んでいた品がゲルベルグ殿から届きました」
「ありがとうカムイ。――……」
……カムイはお祖父様から「隣国のザッグベルの動きが怪しい」という話を受けて、この前の戦果によりカムイをベルドリクス領の軍への参入を頼まれていた。
確かに戦争が起きるなら自動バリアがある私を守るより、軍を率いるほうが断然良い。
参入するなら早い方が連携も訓練出来るだろう。
でも、幼い頃からの付き合いだからっていうのもあって、カムイはとても居心地が良いのだ。
朝のラフィちゃんに驚かない胆力も、痒いところに手が届く執事然とした配慮も、なにより数少ない攻略キャラ素のまま安全圏なのも、とても良い!
正直ゲームの頃よりカムイは好きになったキャラだと言っていい。
なので手前勝手ながら離れるのは寂しい……返答を出せずにいた。
そんな悩みをよそにカムイは魔法の袋から注文していた品が入った箱を取り出す。
それをリルムに向かって差し出す。
「? なんだそれ」
「ドレスじゃなくて申し訳ないけど……」
リルムは出てきたものにひたすらびっくりしていた。
「リルムの装備と武器よ。無くなってしまっていたでしょう? 着てみてくれる?」
動向が注目されている私が女性向けの鎧を頼むとバレる可能性があるので、ゲルベルグさんを挟んで作ってもらったのだ。
「ま、マリア……!? い、良いのか? こんな……」
装備を受け取ったリルムは震えている。
「うん。外に出るなら必要だろうし。これで一緒に冒険者ごっこしましょ!」
裏を返せば「私戦えないから、頑張ってね!」という何とも頼りない私の発言だが
「オレ……服もらったのなんて初めてだ……」
リルムは感無量で抱き締める。
「マリア大好き!」
き、着てみるから待ってろよな! と天蓋付きベッドのカーテンを閉めるリルム。
「大好きとか……僕そんなこと言われたことないんだけど……?」
ギギギ……と音のするフィンスターに「お、女同士だから言いやすいんだよ!!」と必死に弁明する。
フィンスターはギルヴィードおじ様には敵意向けないのに、私には露骨に向けてくる。
なんでも私とフィンスターはリルムの中の「心のオアシスポジション」という需要が被るらしい。そんな殺生な。
「ど、どーだ? 似合うか?」
そわそわしながら出てきた。
原作衣装沿いのエロエロボディスーツを作ろうと思ったのだが……
それだとどうみてもサキュバスだし変装にならないので、男か女かわからないくらいの、黒騎士を意識して作ってもらった。
顔まで覆う兜をかぶれば完全にわからないだろう。
今後リルムをみんなに紹介するなら騎士路線が一番無難だしリルムに合ってるしね。
嘘はつかないけど、言葉遣いも男っぽいから勘違いするような見た目にしてある。声は女の子なのでバレそうだが、ソプラノボイスと思う人もいるかもしれないし。
翼と尻尾が出せるようにそこはあけて、万が一の為に動きやすくはしている。
ドレスに憧れていたリルムには大変申し訳ないが、今の状況下で出来る限り違和感のないものに仕上がったはずだ。
が
「露出が少なすぎんだろ」
おじさま発想がおっさんのソレだよ!!
「リルムちゃんすっごいカッコ可愛いよ! でもリルムちゃんにはもっと……」
「ちょっとお〜〜っ男の理想押し付けるならプレゼントしてから語って下さいますぅ??」
私だって美少女にはもっとエロエロでキャワイイ服着てほしかったよ!!
「お、おい喧嘩すんなよ!」
焦ってリルムが止めその場は収まる。私ヒロインな筈なのに、なんで攻略キャラ枠と戦ってるんだ?
とりあえず、リルム本人は動きやすいと気に入ってくれたので良しとしよう。
用事も済んで、私とカムイはギルヴィードおじ様達の部屋を出た。
「カムイも頼んだんでしょう? 着てみて!」
私の従者兼護衛であるカムイは私の部屋まで付いてくるので、その時に見せてもらおうという寸法だ。
カムイは昔からコツコツと魔物を倒して貯めたお金で買ったらしい。
私が面倒見る方がおかしいんだけど、ちょっと寂しい……今の状況も相まってカムイの親離れが深刻だ。
これが子供に頼られなくなった親の気持ちなのかな……って私が年下か。
「姫が下さったものを新たに作った形ですので、あまり目新しくは……」
作ってもらったところで「ココがこうなってると良いかも」ってところを改良して作ってもらったそうだ。
「なら尚更見たいわ。あの鎧を着ているカムイ、かっこよくて好きなの」
褒められたカムイはカァーと顔が赤くなる。
で、では……と鎧を服の上から装着していく。
「やはりこの鎧は姫が下さった大切な物なので……」
身体強化があればヒューガ国でもそこそこの地位にはいける原作があるのに、未だに恩義を感じてくれてる。
カムイは私が死地に行けと言ったら本当に迷わず行ってしまう子だ。
だからこそ心配で側に置きたいし、でもだからこそ私の居ない世界も見てもらいたい。
きっと兵を預かったカムイは私本位な考え方は改められるだろう。でも……
ぐるぐると考えばかりがまわってしまう。
元々ヒロインは飛ばされてきた女の子で身の回りのことは自分で出来たし、出てきたとしてもモブのメイドだったり、従者キャラなど居ないのだ。容量の関係だ。
元々、令嬢になってる私がおかしい展開だし、カムイが従者になったのもミラクル展開だったのだ。
だからカムイは戦争フェイズで役立つキャラだし、その為に仲間にした。
ゲルベルグさんと今の世界とゲームの差を話したら「武士のカムイが執事???」みたいな状態だった。
(ショタになってるフィンスターにも驚いてたけど)
「あ、あの……姫……? なにか御座いましたでしょうか」
新しい鎧を見ながら真剣に考えていた私はハッと我に返った。
「ごめんなさい。考えごとをしていたわ」
そう笑う私にカムイは真剣な顔で気持ちを伝えてきた。
「……あの打診の件でしたら、自分は姫の御心のまま、如何様にも致します」
ビックリした。お祖父様、カムイにも言ってたんだ。
「自分は姫の従者ですので姫を最優先しております故……」
そうか。断られて私に言ってきたのか。
「カムイは? どうしたい?」
「……俺は……」
「私、悩んでるの。……よかったら聞かせて」
カムイは口をもごもごと言葉を探すようにして、ゆっくりと喋り出した。
「……自分は、俺になにができるのか、姫にして差し上げることができるのかと考えておりました」
悩むように言葉を続ける。カムイ結構口下手だよね。
「俺は……俺は、身体強化を得るまでは、姫の執事になる為に頑張って勉強しておりました」
信じられてなかったもんね。
「しかし、俺は姫のお力添えにより身体強化を得、それが後の姫の役に立つならば」
私じゃなくてカムイの努力なんだけどな
「姫は始めに『後の戦争で私の矛となって戦ってほしい』と仰りました。」
ザッとカムイは私の前に跪く。
「このカムイ、どこにおりましても姫と共に」
決定してすぐカムイはベルドリクス領へ向かうことになった。
本当に情勢がひっ迫しているのか……フィンスターに聞くとザックベルでは今武器の流通が盛んだと聞いた。
武器の流通が盛んになるということは、戦うということである。
そして今一番ザックベルと不穏なのはカーグランド。
カムイはこの前の戦の花形だ。カムイに助けられた者も多く、MVPと言ってもいい。
その英雄がベルドリクス領に来るとなったら士気も上がるだろう。
お祖父様から聞いた話だけど、カムイは軍に入ってどのような職についても私の騎士として扱ってもらう約束をしたそうだ。
軍ではなく個人に忠誠を誓っている騎士は扱いが難しい。出世も難しくなる。
そのため軍の騎士は国に忠誠を誓うのが殆どだった。
そこまで私を立ててくれなくても良いのに……本当に義理堅い良い子だ。
カムイは私の為に矛になり、皆の盾になる、私の最初に言った言葉通りのことを選んだ。
情に流されて選択が歪んだのは私だけ。
戦争だー! 仲間集めだー! とかこの世界でもゲームみたいに言いつつ、ボタン一つ! みたいにカムイをベルドリクス領に配置すら出来ない。
あぁ、カムイはこういう子だった。
生き方が下手くそで、貧乏くじひくような……。
ゲームでも全てヒロインの為に動いても自分はヒロインと一緒になろうとしなかった。
もしカムイが私をどれだけ好きでも私と一緒に居たくても居たいとは言わないだろう。
作った私が一番良く知っていた。
……どれくらい私のことを好いてくれてるかはわからないけれど、
不器用な彼を利用した狡い自分を少しだけ後悔した。
「マリア、どうかしたか」
夜になってやってくるラフィちゃんにそんなことを言われた。
ラフィちゃんには情操絵本を読ませ聞かせているせいか、私の感情の機微までわかるようになってきたようだ。
「元気が無い様に思える」
本当に昔よりラフィちゃんは人間らしくなったよ。
「ん~~、ボタン一つでやってた決定がね、思ったよりも重くて」
現実とゲームの差を感じるたびに感じる罪悪感みたいなもの
「現実になると、こんな気持ちなんだなって」
近くのぬいぐるみを抱きしめごろごろとまわる私に向かってラフィちゃんは尋ねる。
「どんな気持ちなのだ?」
「んん~~~~……」
難しい質問だ
「ラフィちゃんも人間になってみればわかるかもね」
「………………」
私はちゃんと上手く笑えていただろうか




