026 神獣と取引2
目の前の少年になった神獣、フィンスターは原作『聖女勇者』では今も怪我をして苦しんでいる設定だった。
それが今動けているということは、周囲の仲間にHPMP自動回復機能が付与されるサキュバスであるリルムが二年間一緒に連れ添い回復を早めてくれたということだろう。
私の立てた二年前の計画は見事叶ったわけだ。
「彼女……リルムちゃんにはここに来ることを言っていません」
リルムちゃんって呼んでんだ?
「リルムちゃんは人間……特に成人男性を恐れていて、僕が言っても二人には投降しないでしょう」
だから今身体もリルムちゃんが怖がらないように子供になってます。と言われてフィンスターの見た目が違うことに成る程と合点がいった。
フィンスターは神獣であるのが普通の形態だから人間の見た目はヒロインに好かれる年齢の見た目に変身していた。
相手が変わってその相手が苦手な成人男性の見た目にはならないか。
このフィンスターという神獣は良くも悪くも非常に一途なのだ。
「だから、お二人がリルムちゃんを倒して『隷属』させて欲しいんです」
「は???」
隷属回避の為に来たんじゃないの???
「わ、私たちなら酷いことしないって踏んでくれたんですか?」
「それもあります」
フィンスターはこくりと頷く。
「リルムちゃんは、普通の人間のように生きたいと思っています」
あまりにもささやかすぎる希望だ。
でも私もそうだった。気持ちはわかる。
「なので僕はリルムちゃんの人権を求めたいと思っています」
「無茶だな。サキュバスに人権とは」
ギルヴィードおじ様は馬鹿にした風ではなく、考える様に言った。
この世界のサキュバスは高級素材ばかりが搾取できる質の高い『家畜』扱いである。
「聖女のマリアさんにも人の暮らしを用意出来た貴方なら出来ると思って来ました」
「!?」
フィンスターからベルドリクス家最大の秘密情報が飛び出してきた。
「……私の回復能力を知ってるの?」
「はい。聖女なんですよね。マリアさん」
「!!!」
ッベー!! コイツだけは敵にしたらヤベーやつだ!!
一番バレたくない秘密をすんなりと握られていた。
「僕で防音魔法が聞こえないなんて同じく神に加護を受けているくらいじゃないと説明つきませんし、パーティ戦闘では回復してるとこ、コッソリ見ちゃいましたから」
ニッコリ笑う神獣こええええええ!!!!!
「あんな殊勝な態度とっておいてまだ切り札もってたのかよ」
ギルヴィードおじ様が呆れた様に言う。
それをバラすと脅されたらこちらとしても出方を変えなければならなかっただろう。
「それで抹殺対象にされたら僕じゃギルヴィードさんには敵いませんし、貴方たちでしたら情に訴えた方が良いと考えました」
確かにフィンスターの強さは攻略キャラの中では然程高くはない。
遊撃のフィンスターが火力の高いギルヴィードおじ様と戦うのは分が悪すぎる。
「だからベルドリクス家へ来たんですね……」
確かにギルヴィードおじ様に拾われてなかったら私もどうなっていたかわからない。
リルムとは若干扱いが違うが完全に政治の道具だっただろう。
なんていうか、感動した。
原作ゲーム『聖女勇者』でフィンスターは、ヒロインに「ずっと自分だけを見ていてほしい」とか「自分だけのものにしたい」とか言って本当に実行しちゃって、裏でヒロインを操って追い詰めるヤンデレストーカーみたいになってたのに。
それが現実ではこんなにも相手のことを考えている。
精一杯好きな子を守ろうとするフィンスターの姿は健気という他なかった。
確かに乙女ゲームだからヒロインのことも尊重した愛に目覚めるルートだってあるし光のフィンスターになることだってあるのだ。(ただし束縛はメチャクチャ強い)
ゲーム開発中名前も決まりきってないとき『ヤンデレくん』って呼ばれてたまま略称にしててごめんね……。
じーんとしている私にフィンスターはキラキラの笑顔で続けて言った。
「サキュバスの素材も差し上げます。その代わりこの契約は全て秘密とし、リルムちゃんが奴隷にさせられてボロボロになってるところを僕に慰めさせてください」
「………………」
「でも僕に慰められる範囲でないと困ります。僕を頼り、心から僕を拠り所に出来るくらいにしないといけないので、人権は絶対です」
ギルヴィードさんは強面で絶対リルムちゃん怯えるし、有難いです。と微笑む美少年の神獣。
唖然となって言葉がでない私とギルヴィードおじ様にフィンスターはもう一度可愛らしく笑った。
「そちらはサキュバスの美味しいところが貰えて、こちらはリルムちゃんの美味しいところが貰える。いい取引だと思いませんか?」
やっぱり逃げて正解だったんだな……すまんリルムちゃん。
「話はわかった。確かにいい話だ」
ギルヴィードおじ様の復活は早い。私とは頭の回転と残虐性が違うのだろう。
「しかし取引としてはいびつすぎるな。担保はどうする」
おじ様は素人に教えるように説明をする。
「サキュバスを隷属させて取り上げるってことは十分に出来る。お前と俺だったら俺のほうが強いだろ。これじゃお前は取引損だぞ」
ひええ……約束っていってるのに力で負けたら踏み倒せる世界怖すぎかよ。
まあ踏み倒される前提でカムイを担保に入れさせて手に入れた私がいうのもなんだが……
フィンスターは決意していたように自分の胸に手を当てる。
「僕を。この取引が破綻するまで僕が貴方たちの味方をします」
私はごくりと音を鳴らした。
みんなが殺到する人気商品リルムちゃんに、創造主ラフィちゃん様ブランドの最高級品フィンスターが付いてくるのだ。
お買い得ってレベルじゃない。
「おじさまっ! これは絶対に受けるべきですっ」
「おめぇな……」
取引はセールじゃねえんだから即決するんじゃねえよとデコを小突かれる。いたい。
私は小声でギルヴィードおじ様にいう。
「でもだって恋に落ちたら一直線、一途なフィンスターの弱みのリルムちゃんですよ? 絶対一生裏切られる気がしないです。裏切らない密偵は何よりも貴重です」
情報戦の弱いカーグランドには一番欲しいポジションだ。
「そうですよ。カーグランド国には結構必要だと思いますよ。僕」
ばっちりわかられてらっしゃる。
「待て。『サキュバス』をどう倒すかとどう隠れて溶け込ませるかを考えてから言え」
「よかった。つまり考えてるんですね」
にこにこと笑うフィンスター。ギルヴィードおじ様相手に一歩も引かないとは……
「僕たちは今グリッセンを拠点に置かせてもらってます。あっ、村人には一切酷いことはしてませんよ」
やっぱりリルムの魅了で村人を操っているのか。
「作戦が決まったら是非よろしくお願いします」
そうしてフィンスターは笑顔で手を振りながら影に沈んで行こうとした。
「あ! ちょっと待って!」
私はフィンスターを呼び止め眼帯に手を当てる。
フィンスターの目が光ると、フィンスターは「これは……」と違和感に気付く。
『聖女勇者』ではフィンスターは眼帯じゃなかった。リルムには欠損まで治せなかったんだろう。
「聖女だってバレてるなら治しても問題ないでしょう?」
ほ、ほら! 事前取引の友好の印とか! そういうの! と言い訳して言ってみる。
眼帯キャラは大好きだけど、そういう設定じゃなかったのみるとやっぱり痛そうなのはやだよね。
にこりと微笑む私に、フィンスターは複雑な笑みをこぼす。
「……リルムちゃんが仲間になるまで、これは隠しておきますね」
また眼帯を付け直したフィンスターは影に沈んで消えた。
「姫! 遅くなり申し訳ありません。姫の求めていた味に近付けていると良いのですが……」
笑顔で和食を運んでくるカムイになんだか安心感を感じた。
「カムイはそのままでいてね……」
「??? はい」
和食はとても美味しかった。
『第二回・謎の召喚士犯人捜索会議』はまさかの結末を迎え、解明された。
魔人連邦ガノンがおまけみたいになってしまった。
次は『リルム対策委員会』を結成せねばならぬようだ……
魔物騒動の動機がわかって良かったけど、これを公に出し国事にすることは出来ない。
サキュバスがいることがバレてしまっては困る。
カーグランドはサキュバスの存在に気付いていない、という事でいなければならない。
グレンが犯人である今回の事件は表側としては迷宮入りだ。
「爆弾を一つ抱えるも二つ抱えるも一緒だからいいんだけどよ」
リルムちゃんはイベントボスでそこそこ強いはず……けど
「今は弱っているみたいですし、倒して隷属させるだけなら私とギルヴィードおじ様とカムイのパーティでなんとかなりそうですね」
隷属はスピンオフ作品の設定が濃く継承されていた。
契約魔法の一種で隷属の印を相手の身体に写して相手が拒まなければ成功する。
相手が弱って気を失っているか完全に戦意が喪失したかが屈服の条件となるらしい。
主人公は冴えない貧乏な薬作りの青年。そんな主人公が隷属魔法とか簡単に使えたら大変だ。
ということで条件は他にもあり『相手が自分よりMPが高いと弾かれる』というもの。
主人公は常人よりMPが異常に高かったがなんの魔法が使えるわけでもなく、ただMPが高かっただけだった。
なんか男性向けの主人公の評価は平凡より下が多いよね。成り上がりのカルタシスもあるんだろう。
逆に最初からバリ強もあるけど、両方浪漫が詰まってて大変よろしいと思う。夢はかくあるべし。
「オレよりあっちのがMPが高え場合もあるからな。上限突破してるおめえも持っておけ」
「ひ、ひえ……」
ギルヴィードおじ様がサラサラと描いた隷属の魔法陣の紙……紙一枚なのにどうしてこんなに重いんだろう……恐ろしい魔法だ……なによりもおじ様がサラサラと描けるほど知ってるのが怖い。
「ここにおめえの名前を書くんだ」
「ふ、ふぁい……」
普通は隷属の魔法陣など知らない人が殆ど。
スピンオフ主人公は昔「お前はMPが高いからいつか使うかも……」とかおじいちゃんに渡されたみたいなご都合主義だったはず。
ちなみに創造主ラフィエル様の加護を受けている神獣には隷属魔法は効かない。
一度大怪我したときにフィンスターに隷属魔法を試されたらしいが効かず「やっぱり神獣なんじゃないか」と、また大論争になったとか。
そうやって聞いてると人って愚かだな……とか神様目線なこと言いたくなっちゃうね。
そうこうしてるうちに他国連中が件の事件で焦って明らかに捜索人数を増やしてきた。
うちの斥候が見つけてくる他国の人間の数が尋常ではない。
「完全にサキュバスがいることはバレてますね……」
ギルヴィードおじ様は頭を掻いて呟く。
「タラタラしてたら他に見つかりそうだし、そのサキュバスがどうしてえかは直接聞いてねえからな。捕まえてから決めるっつーのもアリか」
「そうですね。正直野放しよりも私がバリアで守ったほうがよっぽど安全です」
「まったくだ」
おじ様はハッと笑った。
こうして『リルム対策委員会』は見切り発車のゴリ押し案で可決されたのだった。




