019 ヤード
※第三者視点のお話です
◇
ヤードはカーグランド国で生まれ、育った平民だ。
よくいる普通の商人の次男坊。
「なんか特徴ないよね」と言われる平凡な顔。
カーグランド国はとても小さいながらも強国に囲まれ、逆にそれを強みに交易でなりたつ小国だ。
他国に比べて土地も人も少ないので総体的に民一人一人に割けるお金も多く、平民の為の学校があり識字率も高く商人になる者が多い。
他の国の識字率が低いわけではないがカーグランド国は結構上の方だ。
賢くないと生き残れない小国だからこそという感じだが、民としては有難い。
ヤードは好奇心が旺盛でなんでもすぐ調べたくなるたちだった。
知識欲も高く、平民でもある程度は調べられるカーグランドが好きだった。
なので平民ながらも、商人ではなく役所仕事で国に居られないかと考えていた。
国の為に何かがしたい。自分の知識を活かしたい。
役所は貴族の仕事で、平民はせいぜい雑用がやっとだが、それでもよかった。
それに役所なら貴族がいっぱいいる!
お眼鏡に叶えば文官として取り立ててもらえるかも!
と、思っていた時期がヤードにもあった……。
役所はほぼ貴族、平民への差別が尋常ではなかった。
平民の自分では書類に触らせてもらうことも出来なかった。
悔しい。
(あんなダラけた貴族たちより俺の方が上手く仕事してみせるのに!)
そんな中見つけた、役所に貼られた一枚の広告。
「伯爵の10歳と15歳の家庭教師……チョロいじゃん」
「ってコレ価格破格じゃねーか! 俺受けようかな」
「バカ、これ鬼神ブリザベイト伯爵が溺愛してる孫だぞ。殆どの教師が孫に不適格って一日で降ろされるんだってさ」
(ブリザベイト伯爵といえばこの前に王暗殺の犯人を電撃戦で捕まえた鬼の軍人伯爵か。怖いな……)
ヤードは貴族の役人たちに目を付けられない程度に近くで作業をしているフリをしながら聞き耳を立てていた。
「しかも孫がワガママで45分しか授業受けないから時間内に教えろとか言って無理難題ふっかけてくるんだってさ」
「甘やかされて育ったガキなんだろ。報酬に釣られてえらい目みたぜ」
「こいつ行って一日で降ろされたってよ」
「うるせ! あーあこれだからゼルギウス派のガキは」
去っていく貴族達と会わないように掲示板の広告を覗く。
「本当だ、45分内で授業を組み立てる……準備費として給料と別に支払い!?」
凄い……、ワガママにしては本気が見える。
伯爵の孫バカの可能性も捨てきれないけれど……。
「でも……」
これに受かったら気分だけでもアイツらを見返せるかもしれない。
貴族に教えられるような国語や貴族知識、ましてやダンスやピアノの教養なんてないけれど、ヤードには商人の子として数学や地理には自信があり、歴史は独学ながら趣味で調べていた。
これのどれかが引っかかればめっけもんだ。
どうせこれに落ちてもヤードには失うものはない。
(それにコレ、給料良いし)
家庭教師のバイトの申請をする由を事務に伝えると、「平民が……?」と訝しがられるが、広告には身分は問わないと書いてあった! と主張し、受理してもらった。
「……じゃあ、これは伯爵より渡すようにと仰せつかっている準備費だ。確かに渡したぞ」
「ええ!?」
家庭教師のバイトで準備費!?
これは、普通の勉強を読み聞かすだけではいけないということか。
このお金で何の用意を……?
(考えろヤード!)
そう言い聞かせヤードは自分の頭をフル回転させた。
(商人の家の者としてまず思いつくのは顧客のニーズだ)
相手は10歳と15歳で、噂では飽きやすい。
(貰った手元の資料を確認する。二人の勉強の進み具合は……結構いってるんだな。本当か?)
なら……と、その金を持ってヤードは店へと向かった。
ヤードは大きなバッグを持って決戦に行くような面構えで伯爵家へと来ていた。
強張った顔で家庭教師の許可証を渡し、メイドに連れられ中に入った。
貴族のお屋敷には父に連れられ何度か行ったが、伯爵家にしては随分と……質実剛健なお屋敷だ。
勉強部屋に連れてこられ待っていると、二人の子供が連れられてきた。
「ヤード先生、今日はよろしくお願い致しますわ」
多分こちらが噂の軍人伯爵に溺愛されてる孫のマリア嬢であろう。
礼儀正しいし噂より全然良い子そうだ。
「ご教授よろしくお願い致します」
そう綺麗な礼をしたのはマリアの未来の護衛兼使用人として育てられてるカムイ。
(えっ? こっちも普通に利発でいい子そうだぞ)
「ヤード先生は今日は何を教えてくださるの?」
「私めは商人の出でして、数学か地理、あと趣味で歴史をかじっておりますが、個人的には数学をお教えしたいかと……」
暗に数学をゴリ押しするが、
「まあ有難いわ。教師が不足しておりまして、3教科全てを3時間ほどでお願い出来るかしら?」
「……はい?」
(飽きっぽい設定どこいった〜〜!!?)
一時限目は数学をすることになった。
「君たちの進み具合は聞いているが、初顔合わせなのでまず二人がどれくらい出来るのか確認したい」
マリアはつまらなそうにはあとため息を吐く。
「筆記テストですの?」
かかった!
「いや、これを使う」
ヤードはゼルガリオン人形と手書きの魔獣を取り出した。
「ゼルガリオン……!!」
やはりカムイの食いつきは絶大だ。
「ゼルガリオンは15体いる魔物を9体倒した。ゼルガリオンはあと何体倒せばいい?」
「6体です!」
「ああ!正解だ!そうだ。ゼルガリオンは残りの6体も倒し魔物の本拠地に乗り込む。魔物は数え切れないほどいる巨大な要塞だ」
絵心も平均的なヤードはまあそんな感じには見えるだろうという黒いお城と沢山の魔物を描いた紙を見せる。
カムイは息を呑むがマリアも真剣に見てくれている。
「ゼルガリオンは敵地に乗り込み、一週間戦い続けた。激戦だ。一日に12体ずつ倒し、数が減っていってる。ゼルガリオンは要塞に入った一週間で何体倒したと思う?」
「一週間は7日だから、7×12で……84体!?」
カムイは紙に必死に計算する。これくらい大きい数も出来るのか。とヤードは感心した。
「正解だ! そうだ。敵も本気だ。総力戦だろう?」
コクリと頷くカムイ
「ゼルガリオンはMPを殆ど使い切り、全MPは1200あるが、必殺技のゼルガリオンクラッシュは13も使うんだ……何回使えるか……わかるか?」
「1200÷13……92……! ってことは!先生!」
「そうだ! さすがだカムイくん! しかしゼルガリオンはあと何回の必殺技でボスを倒さないといけないか……わかるな?」
「92-84……そんな……8回……!? 無茶です!」
「そうだな。正解だ。しかしな、ゼルガリオンは……」
数学は最初の15分は話仕立てのクイズ方式で子供をやる気にさせて25分間普通の問題の書式問題を渡し、わからなくなったらまた話仕立てで説明し、残りの5分で二人の出来を褒め、次はこんなのを勉強しようと総評し〆る。
「二人が先生が思っていたより出来てしまったから、ちょっとやり甲斐が足りなかったかもしれませんでしたね。大変素晴らしかったです」
ここで45分を知らせる鐘の音が鳴る。
なんとかやりきった……と、ヤードはふうと力を抜き「どうでしたか……?」と聞くと、マリアはガバッと立ち上がりヤードの手を取った。
「これ! これよ!! コレを求めてたのよ!!」
とキラキラ言い出した。
「ダラダラと本を読むのではなく、やりたいことをまとめ一点に絞り時間内に終わらせる……しかも私たちのニーズに合わせて作った授業内容!」
「はい! 確かにとてもわかりやすかったです。教師など誰も同じと思っていましたが、姫の仰っていた通りこうやって比べてみるととてもよくわかります」
「あ、あの……」
ヤードはお嬢様の激変ぶりに目を白黒させ、焦った。
「なにをやっている」
騒ぎを聞きつけたブリザベイト伯爵本人がやってこられた。
(噂より顔もオーラも存在感も怖い!!)
完全に怯えているヤードを無視し、孫のマリアは輝くような笑顔で祖父に報告をした。
「お祖父様!! この方すっごく仕事できますよ!!」
鶴の一声ならぬ孫の一声でヤードは家庭教師兼ベルトリクス伯爵家の文官見習いになった。
ただの平民が伯爵家文官に。
この大抜擢は商人の間でも、役所の貴族の間でも広まった。
それからも教えに来る家庭教師をマリアはちぎっては投げ、有能な人材だけ拾っていく。
そして拾われた者はベルドリトス伯爵やゼルギウス派閥の文官にガンガン召し上げられていく。
「コイツはゼルが欲しい人材だろう。ゼルに紹介状書いてやる」
と、子爵家三男が今や王目前と言われているゼルギウスの文官に推薦されたりと、能力で勝負したい者の登竜門になっている。
数学の授業が終わった後の地理は世界の名産品を語る予定だったが、ギルヴィードも同席してヤードが旅した国の感想やらを質問された。
歴史は普通に振り返りを考えていたが趣味の分野の質問をされ、得意分野の魔法考古学を聞かせたら興味深そうにきいてくれた上に足りない知識を指摘された。
「その辺りの本ならウチに蔵書がある。貸し出しは出来ねえが休みに読むのはかまわねえ」
「は……?」
「他にもいい本があるなら言え、買ってウチに置く」
資料の本に手が出なかったと答えるとウチで買って読ませてやるから欲しい選りすぐりを教えろと言われた。
ヤードは思った。
あそこは家庭教師などではない。
ゼルギウス派で成り上がるアピール会場だ。
最初は意味がわからなかったが、考えれば考えるほどあの勉強方法は効率的だ。
教える方も伝えようとする意識が違う。
そしてアピールの場としても、自分の得意なものを最大限に、幼児にもわかるように……しかし幼児と甘く見たら落とされる。
限られた時間で、しかし詰め込みすぎず要点だけを。
有能無能の判断を10歳の幼児がやっている。
あり得ない状況だ。
しかしアレを作ったのはマリアお嬢様だという。
この家の家族も使用人たちも全員がマリアを信頼している。
その中でも特に心服しているカムイに言わせると
「マリア姫は、聖女さまなのです」




