015 10歳児、初めてのお買い物
その後、ゼルギウスさんは憑き物が落ちたようにさっぱりと王太子に立候補した。
シグルドはもう権限もないのに「簒奪だ! 反逆だ!」と怒るが、ゼルギウスさんはまるで笑顔で
「私は兄上を強力な好敵手だと思っております。王になる為、互いを高め合い戦いましょう!」
と宣言した。
――なんというかゼルギウスさんらしい。
王子としての政務が増えたり、伯爵家での強化は軍人的な兵法などの勉強になったのでゼルガリオン活動は無期限休止となった。
お恵みがなくなって不満が出てはいけないと、調略大好きギルヴィードおじ様はゼルギウスさんが王太子に立候補したことと足して「シグルドはこんなに馬鹿だから王になったらとんでもないことになる。ゼルガリオンだったゼルギウスを応援すべき」などと吹聴した。
ゼルギウス政権になると美味しい思い出来るよ、みたいに無理に期待を大きくさせないでヘイトスピーチにするところがギルヴィードおじ様らしいというか……。
今後の事まで考えてて、負ける気ないよね。
さて、カムイくんの所在を調べてもらおうと思ったが、ヒューガとはそこそこ良好な関係だしむしろ貴族図を知っておかないといけない、ということで伯爵家に資料があった。
ギルヴィードおじ様に広げてもらい、みせてもらう。
私はフルネームを知っていたのでヤマシロですぐわかった。
「あの子供……本当に貴族だったのか」
カムイの涙が気になったゼルギウスさんも私の捜索に参加してきていた。
確かにカムイくんは旅衣装だったからかあまり身なりが良いとは言えず、貴族には見えなかった。
「ヤマシロ領は主に農村地区で名産は……まあ米だな」
どこも米を作っているので……まあそういうことだ。
「ヤマシロ領は虫型のモンスターが大量発生して救援に行ったことがあったな!」
「ひぃ~~思い出させないでください!」
懐かしいな〜と振り返るゼルギウスさん。
虫も苦手な私は結構グロッキーだったので思い出したくない。
「税収も悪いし家格も低い、名目上だけギリギリ貴族……っつうところだな」
平民に落ちることも出来ず、だからといって貴族のような生活も出来ない。
しかし見栄は張らないといけない。いわゆる限界貴族……かなり追い詰められた家の子のようだ。
「家系図は……なにこれ!?」
一子だけで色んな名前があってそれもところどころ線が引かれてる。
家系図の紙を持ち驚く私にギルヴィードおじ様が一言だけ補足をした。
「この国では取引の信用を得る為に自分の子供を人質にする風習がある」
それを聞き嫌な予感を察知した私はおずおずと憶測を言った。
「で、取引に不備があれば、殺されると……」
ギルヴィードおじ様は無言で答え、ゼルギウスさんは顔を顰めた。
「むごいな……」
こんな家じゃ絶望したくもなる。
(ヒューガ国で聖女の護衛になったのも身体強化を得てヤマシロ領から国に売られたのかもな……)
『聖女勇者』でも捧げるようにカムイくんをお上に差し出したんだろうか。
忠臣だから国には逆らわないんだと思ってたけど、シナリオライターさんの真意は違ったのか。
それなのにバッドエンドルートは国よりヒロインをとった。
それなのに一生告白することはなかった。
なんて酷いバッドエンドだ。神シナリオだな。
新しい発見に気付きながらも、私はこの取引の『穴』を見つけた。
私の笑みに気付いたギルヴィードおじ様が冷めた口調で
「それで、どうすんだ」
と聞いてくる。
「――わたし、お買い物をしようと思います」
◇
ブリザベイト=ベルドリクスは『愛する孫』であるマリアに「欲しいものがある」と初めてねだられた。
正直欲しいものを言ってもらった方が有難いし社交界のネタにも使える。
ドレスや宝石などある程度の贅沢はさせてやるつもりでいたが言ってきた規模が違った。
「ヤマシロ領家と取引して人質に子供が欲しいんです」
意味がわからない。
「今、跡取りを抜かすとヤマシロ領主が出せるのはカムイくんだけなはずです」
何事かとギルヴィードを見ると一度会ったことがあるらしく、そこで気に入ったという話。
息子もその子供にそこまでする意味がわからないらしい。
「カーグランドには人質などという文化はない故見当もつかないが、一体その子供をどうするのだ」
「こちらで育てます」
マリアはグッと拳を作ってハッキリと答えた。
10歳児に見えない考えをする子供だとは思っていたが、今回は殊更10歳児の発想ではない。
友人役にでもするのかと思ったら14歳の子供を育てると言う。
「お金は私の稼いだゼルガリオングッズのお金を使っていただければ」
「……わかった。お前の金だ。好きにするといい」
初めての孫のおねだりを社交界でどう説明すればいいのかブリザベイトは眉間の皺を深くした。
◇
私はお祖父様と二人でヤマシロ領まで来ていた。
本当に結構近いね。
連絡はしていたのでヤマシロ領の当主、ヤマシロ領主が出迎え恐縮しきりで挨拶に来た。
客人用の接待室に通される。他国用に接待室は洋風らしい。
「わたくし、のどかなヤマシロ領が気に入っておりますの」
ニコニコと無知そうな10歳児を演じる。
「それはそれは……」
領主は揉み手だ。国の大きさはともかく家格と財力は伯爵と男爵。かなりの差がある。ひたすら頭が低い。
「孫がそういうのでな、ヤマシロ領との取引を考えている」
「誠ですか!」
「ああ」
お祖父様は孫バカお祖父様の役だ。
「だが他国との取引は信用が大事となる。取引が終わった後に返す大切な品を交換し合おう」
お祖父様がパチンッと指を鳴らすと使用人が金をズラッと並べる。
「ウチからは幾ばくかの金を用意した」
お祖父様みたいな紳士がやるととても絵になる。まるでどこかの洋画のような光景だ。
ヤマシロ領主は喉をゴクリと鳴らす。
やっぱり実物のインパクトってあるよね。
すぐ使って無くなるものNo. 1のお金をそのまま渡す事でカムイくんを取り返させない算段だ。
「が、そちらは何を信用とする?」
軍人特有のピリッとしたお祖父様にヒイッと怯えながら
「う、ウチには信用に足るものは手前の子供しかおりません。しかし大事に育てた我が子です。信頼に足るものかと……」
「まあ! 子供を預けてくださるなんて、よっぽどのお覚悟だわ!」
「ああ、そうだなマリア」
お祖父様の今まで見たことないような祖父スマイルを頂いた。
元がイケメンだからナイスミドルで素敵なんだけど、どんな方か知ってるから私は逆に怖い。
◇
カムイは絶望していた。
自分が取引の交換材料だと知ってしまった。
取引が破談したら、交換したものを返せなかったら、その担保であるカムイたちは殺されたり、奴隷になったり、人としての尊厳は失われる。
いや、今ももうないのかもしれない。ただの担保という「物」だ。
担保として連れて行かれた兄弟は、誰一人戻ってこなかった。
そんな時ゼルガリオンを見て、生きる希望が湧いた。
ゼルガリオンに会いたくて家を出た。
帰ったら物凄く怒られたが心配だったわけではなく『大事な取引道具』がなくなるのが困るんだろう。
その証拠に途中で優しい人からもらったとお金を見せたら許してもらえた。
マリアに出会えて、ゼルガリオンにも出会えた。
ゼルガリオンはきっと大丈夫といったけど……
「取引が決まった。彼方では絶対に失礼のないようにな」
「…………」
カムイにはどうすることもできなかった。
絶望に満ちた顔で取引先の前へ歩む
――すると、いつか出会った聖女のような少女がこちらを見て微笑んだ。
「……え……」
「初めまして、私はマリアよ。よろしくね」
◇
それからポンポンと取引は進む。
ヤマシロは米しかないのでとりあえず米を貰うことになるのだが、これは和食の料理人を探さねばならなそうだ。
カムイくんは驚いた顔をして私を見ながらも、ずっと黙っていた。
「良い取引が出来ましたわ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
あちらとしてはもう金は返す気は無いのだろう。取引物より担保の大金にばかり目を向けてウハウハだ。
しかし私はそんなはした金がどうでもよくなるくらい良い買い物が出来て大笑いが止まらなそうだった。
◇
伯爵家に着き、とりあえず客室に泊まってと案内する。
「必要なものはおいおい用意するから必要なものがあったら言って――……」
「俺にこの様な場所は……!」
カムイくんは驚きまくりで恐縮しきりだった。
一応取引相手の御子息なわけだからそれなりに扱わないとなんだけど、まるで今から破談して使用人落ちするか、殺されるかのようだ。
「……カムイくんは取引は破談すると思ってるの?」
サァッと青くなり膝をついて謝る。
「そっ、そ、その様なことは!! 申し訳ありません!!」
怯えさせてしまった。私は出来るだけ明るく取り繕う。
「いいのいいの。こっちもそれ狙ってたし」
「は……?」
カムイくんはぽかんと意味が分からないという顔でこちらを眺めてくる。当たり前だ。
私はカムイくんの目線に合わせるようにしゃがんで説明をする。
「返しづらくなるような現金をカムイくんの担保にしたのでカムイくんは帰れないと思うわ。それについては申し訳なく思うけれど、だからといってひどく扱う気はないから」
「……何故……そのような……」
狼狽しているカムイくんには悪いけど、一気に話させてもらおう。
「……この先、おそらく十年以上先にはなるだろうけど大きな戦が起きるわ。その時に、私は戦えないから……カムイくんに戦って、皆を守ってほしいの」
「た、戦う……ですか?」
まだ14歳のカムイくんは重すぎる話に驚くばかりだ。当たり前だ。
この前初めて意を決して領から出たようなもやしっ子がいきなり戦えなんて言われたら「肉壁か?」しか浮かばないだろう。そうじゃないんだよ! と私は更に強く言った。
「私はカムイくんは私が払ったお金なんかよりずっと価値があるほど強くなると思ってるの! 絶対に!」
出来るだけ優しい目で話す私の目をジッと見返してくれる。
「貴方は絶対に強くなるわ。だから一緒に戦ってくれないかな」
全てを聞いたカムイくんの目は落ち着いていた。
「……カムイ、とお呼び下さい。姫」
「姫!?」
姫とは『聖女勇者』でヒロインがカムイに呼ばれていた名称だ。
カムイくんは跪き頭を下げていた。
「この先に闇しかないと思っていた俺に貴方は光を与えてくれた。俺は貴方の為に強くなります。絶対に」
まるで一人の武士らしく、地べたに膝を付き目線を低くしてカムイくんはしっかりとこちらを見上げた。
「貴女がそういうのならば、俺は信じましょう」
「これよりこのカムイ、姫に身命を捧げます」




