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102 完璧超人

 

 私たちの隠れ屋に突然やってきたのは、散々合流したがったレオンハルトその人であった。



 周囲に悟られぬようにロングのマントにフードを深くかぶっていたが、中に着ている服はヴァンデミーア軍の紋章をつけた服そのまま。


 そんな服でカーグランド国内に飛び込んでくる度胸も凄い。



「兄さん!」


 兄との再会を喜び抱き着いてくる可愛い弟に抱擁を返し、美しい兄弟の再会を目の前に見ながら私たちは恐れ慄いた。




 ――この人、魔伝書鳩尾行し(つけ)てきやがった!




 リーベを捕まえてレオンハルトを誘い込む為の策である可能性もあるというのにこの行動力……。


 いや、だからこそ準備がまだ手薄な直後に追いかけて奇襲するつもりだったのかもしれない。


 抱きついた拍子に落ちたリーベ宛の手紙には達筆で暗号のような雅な文章が書かれていた。


 読めない。


 カーグランド文官ですら、ギルヴィードおじ様ですら殆ど読めないような文章を読める、リーベだけがわかるように書かれている。



 ……別の人間が扉開けてたらどうなってたんだろうか……。


 私は少し寒気を感じながら、再会を味わったレオンハルトにリーベを庇うような体勢はそのまま、表情変わらずこちらに視線を向けられた。



「これはどういうことだ、レヴィン」



 いきなり敵国に実の弟がいて、更にそれを密に知らせてくるなんて戸惑い、怒り、恐れ……色んな感情が出てもおかしくはないはずなのだが、彼の表情は設定にあった一枚の立ち絵の無表情から変わらない。


(これは……ラフィちゃんと同じ現象か……?)


 立ち絵が一枚しかないことで感情の起伏が少ない。鉄仮面状態だ。



「ハルト様、お久しぶりで御座います」


 レヴィンは片膝をついて深々と頭を下げるが、レオンハルトはそんなことより今の状況を知りたいらしく、無言。



「ヴァンデミーア内部が危険だと、こちらの聖女マリア=ベルドリクス嬢から聞き――リーベ坊ちゃんを保護し、カーグランド内に匿まらせていただいておりました」


 そうレヴィンが紹介すれば、今度はこの場で唯一の女である私に顔を向けてきた。全くの無表情なので逆に怖い。



「聖女は今、ザックベルへ巡業中では」


「あ、えっと、ここへはお忍びで……」


 たじろぎながら変装メガネとカツラを外し聖女アピールする私を、フォローするかのようにリーベが言葉を挟んでくれた。



「邪魔されて兄さんにまで届いていないけれど、マーカチス領主屋敷に賊が入る事件が頻発しているんだ。多分僕を人質に……兄さんを脅す気だったんだと思う」


「……奴等の良くやる手口だな」


 よくやるんかい!


 しかし納得はしてくれたようで、レオンハルトはヴァンデミーア貴族への呆れ半分、リーベが無事だったことによる安堵半分に少し息を吐いた。



「僕が人質になれば兄さんに迷惑がかかる。聖女様はレヴィンが心配していたことで気にかけてくれたんだ」


 実際は私がリーベ獲得にイケイケでレヴィンは疑いまくりだったのだが……説明としてはそっちのがわかりやすいだろう。


 レヴィンもそう思ったのか深くツッコミはしなかった。


 レオンハルトは無言ながらも考えるような仕草をし、成る程と呟いた。



 少しは警戒を解いてくれただろうかと思いながらも、リーベを抱える手は離していない。


「……私に、何か要求でもあるのか」



 いえ滅相もありません!



 美形の真顔は怖い。こういう緊張感のある話し合いで顔色を伺えないのはかなりキツい。


 カムイも常に臨戦態勢で私の横に控えている。


 レオンハルトは完全なるアウェーであるはずのこの場所で、突然の来訪によりペースを自分のものとしていた。



(ここまで計算してここにきたんだったら、交渉事で私、勝てる気しないぞ〜!?)


 ペースにのまれた外交苦手なムキムキ聖女(わたし)はあくまでも下手にレオンハルトへ意思を伝えた。



「……いえ、私はただ、マーカチス侯爵家を、ヴァンデミーアを助けたいと思ったのです」


 無言ながらも「敵国をか?」というオーラを感じつつ、私は続けた。


「今……ヴァンデミーア内の貴族たちの争いの他に、不満に耐えかねた民たちが貴族たちへ反逆しようと……反乱を企てています」


 やはり初めて聞いたのであろうレオンハルトはピクリと顔を揺らした。



「カーグランドは、このままヴァンデミーアが疲弊し、立ち行かなくなったところで攻め込み、ヴァンデミーアを奪取するでしょう」


 カーグランドじゃなくてもあり得るが、隣国の一番強い国はカーグランドなので一番カーグランドが攻め入る可能性が高い。



 カーグランド貴族である私としては簡単に領地も増えて良いことなはずなのだが


「私は、これ以上、戦争や……皆が苦しむのを見たくありません」


 リーベやレオンハルト、ジークベルトやノアストティという主要キャラに勝手に親近感を抱き見捨てられないと言っても、根本はそこだった。



「だから、その、隠れながらちょっとだけでもなんとかならないかな〜って……」


 上手い着地点が見つからず、なんとも弱々しい声になりながらも私はしゃべり切った。


 いや、本当はもっと色々考えて臨みたかったんだよ!



 しかし何度言っても我ながらカーグランド貴族の誇りもない行動である。


 いやでもカーグランドに不利益な話じゃないし!



 そう自己弁護を脳内で繰り返していたらレオンハルトは少し考えた後、こちらに目を向けた。まだリーベを片腕から離していない。


「戦場に焼かれた新天地を開拓し始めたばかりのカーグランドに、更に倍ある荒廃した大国の統治は厳しかろうな」


 そうそれです!


 私はギリギリの大義名分にこくこくと頷いた。


 でも実際は歴史ある大国ヴァンデミーアに協力して力を取り戻させるより、潰してしまって立て直すほうがカーグランド的には安全だったりするだろう。


 難しいところだが、なんかいい感じに折り合いつけれないだろうか……。


 そんなふわふわな考えの私にレオンハルトは現実的な答えを出す。



「つまり私にヴァンデミーアをカーグランド属国にする手伝いをしろと言う話か」



「そ、そこまでは言ってない!! です!!?」



 ヴァンデミーア次期侯爵の驚きの発言に私は恐れ慄いた。


 私も大概愛国心足りないことしてるけど、そこまでは言ってないぞ!?



「敗戦し借金を負い、貴族が殺し合い、民が怒れば――どのみち国は続かぬ」


 祖国にそんなバッサリと……。



 リーベも同じ気持ちだったようで「兄さん……」と心配そうな顔をのぞかせた。


 元々可愛い顔したリーベだが、私と居るときはキラキラ王子様に見える。


 しかし更なるキラキラお兄様のレオンハルトと一緒に居るとリーベは随分と可愛く映った。



 同じヴァンデミーア貴族のノアストティはもう少し軟派というか……女ウケする優男なイメージだが、レオンハルトは表情の硬さもあいまって硬派な正統派騎士様だ。


 硬派な騎士と柔らかな美少年……兄弟二人揃うとなかなかに圧巻である。



 そんな可愛い弟であるリーベの頭を撫で、心配を取り除きながらレオンハルトは再び口を開く。


「カーグランドに協力し、属することでヴァンデミーアが地図より消えぬのなら……それがヴァンデミーア貴族としての最善だろう」


 そう淡々と言うレオンハルトはやっぱり無表情ではあるが、真剣な表情が全てを物語っていた。



 その表情を見たリーベも決心したかのように口を開く。


「……確かに、今のヴァンデミーアの状態を僕らだけで最善の方向に持っていくとしたら、それが限界だ」


 決意に顔をこわばらせたリーベを高い身長からのぞき見、目を合わせ意思を疎通させると私に顔を向けてきた。


「ヴァンデミーアに内通者を作り、属国への手伝いをさせられるならばこの計画は属国後も上手く回る確率が高かろう」


 大したものだ。と褒められるが本当にそんなつもりはなく、行き当たりばったりであった。



「そ、そんなつもりでやったわけでは……」


 つまり、レオンハルトが言いたいことはヴァンデミーアのレオンハルトとカーグランドの私が内通して思い通りの形で収めさせ甘い蜜を吸う『おぬしも悪よのう。お代官さまこそ』な政治的裏工作……。


 頭が良い人にかかるとがむしゃらなアタックも意味を持たせてしまうのか。


(て、敵にしたくねえー……)



「リーベ殿たちはヴァンデミーアの存続の為、姫はカーグランドの負担軽減の為に、手を組む……と、言うことですか?」


 レオンハルトを避難させる為だけの作戦がとんでもないことになってしまった。


 私の前で刀を構えたままのカムイも困惑しきりである。



 レヴィンを見ればまたいつもの困った時の腕組みポーズをしながらも目は座っていた。


「俺はレオンハルト様と雇い主のお嬢さんが組むって言うならなにも言うことはない」


 人生の恩人と雇い主の目標が同じになるのならレヴィン的には願ったりだろう。ヴァンデミーアに未練もない彼としてはマーカチス家の方が心配か。



「俺は姫の騎士です。ご随意に」


 カムイも私に対する信頼感が限界突破しているので、私の赴くままついてきてくれるだろう。


 この辺りカムイとレヴィンは似たところがあるのか、二人は私たちの裏工作にどこまでも付き合ってくれるつもりらしい。



「……確かに、ヴァンデミーアが属国として追従してくれるようにレオンハルト様が働きかけて下されば、カーグランドの肥大になった領地の統治負担は無くなるし、ヴァンデミーアもマーカチス侯爵家に任せられるから安心だわ」


 リーベはそれを聞いて「えっ」という顔をした。


 そうだ。レオンハルトはカーグランドを利用してヴァンデミーアの頂点に立とうと……乗っ取ろうとしている。


 いや、本人は立ちたくて立つつもりはないだろうが、結果的にそうなるだろう。



 私もヴァンデミーア内政を操りやすいよう手引きした伯爵令嬢となるので、下手したらお互い売国奴なわけだが……本当になんて提案してくるんだ。


 しかしこれ以上良い手は見つからない。



「私はカーグランド貴族、マリア=ベルドリクス。レオンハルト=マーカチス様と共に戦いましょう」


「……よろしく頼む」



 こうして私はカーグランドのみんなには内緒でヴァンデミーアをカーグランドへ『平和に』追従させる為、レオンハルトと手を組んだのだった。








 ◆







「……これ以上は隊の皆に心配をかける」


 一旦の会話が終わると日が傾いており、レオンハルトは時間を気にし始めた。


 レオンハルトが仲間になったことで色々と話をしたいことは多いのだが、隊から隠れてきたのだろうレオンハルトが姿を消したなどとなったら大騒ぎだろう。



「またすぐ会えるといいんだけど……」


 私が悩むように首を曲げると微笑みを取り戻したリーベが「なら」と提案してくる。


「ギルヴィード伯爵がやっていた転移はどうかな。兄さんなら出来ると思うんだ」


 また兄馬鹿ムーヴが炸裂した……と言いたいところだが、さっきの今ならただ事実を言っているだけのような――大言壮語に聞こえなかった。



「レオンハルト様は魔法はお使いに?」


「嗜む程度には」


 ノアストティのような魔法特化ではなくリーベと同じ魔法も武器も使える魔法剣士のようなものらしい。


 公式設定で『完璧超人』と設定付けされていたからか魔法も武器も使えるとは……神は二物も三物も与えてしまっている。



「なら……えっと……確か転移陣の説明の紙が……」


 今回の転移の時にリーベに転移陣を説明した名残で転移魔法の魔法式をおじ様からお借りしていたのだ。


 ごそごそと取り出しレオンハルトへ渡すと、興味深そうに――かはわからないけど、無表情で眺めている。



「カーグランドはこんな研究まで進んでいるのか」


「いえ、ギルヴィードおじ様……伯爵が頭が良すぎるだけです。私はその転移魔法の研究論文見てもサッパリだし、他の学者先生もまだ理解が追い付いてないみたいなんですけど……」


「いや、とてもわかりやすい」


 苦笑いでお茶を濁す私をよそに、レオンハルトは速読で読んだ紙の束を眺めながらヒュンと姿を扉前から私たちの後ろまで飛んだ。


 まだ横にいたリーベが「わっ」と声を上げると「他の者はやはり転移は出来ぬか」と言った顔で先ほどの場所、リーベの隣へ歩いて戻る。



 同期のノアストティが転移魔法を使えていたこともあり、存在などは知っていたんだろうが使えたのは初めてのようだ。


 前までの魔法書はそれだけ難解だったのかな。おじ様も私の魔法を研究していてわかったって言ってたくらいだし、理論的に説明出来た初めての転移魔法の説明書なのかもしれない。


 それにしても……



「う、うそ……」


 研究者たちが頭を抱えた怪文書を速読して一発である。



「流石兄さんだ!」


 ぱああっと効果音がなりそうな満開の笑顔で再度抱き着くリーベを、また片手で撫でているレオンハルトを見ながら私は公式設定の『完璧超人』の意味があまりにもチートだと怯えていた。


 序盤死ぬキャラってどうしてこう異様に強いんだろう。本当に仲間に出来てよかった。そんな気持ちしか出てこなかった。


 激レアな転移魔法を成功させたレオンハルトは、まるでなんでもないかのように自分のかばんから出した紙にサラサラと自分の魔法紋に合った転移魔法陣を描き起こし、リーベへ「おまえの部屋に設置しなさい」と渡している。



「あ、あと、連絡手段としてこの魔通信機を渡しておきますね。うちの発明家が作ったものなのですがこれは国家機密なので気を付けて」


「……先のミレージュ戦争時のカーグランドは連携が見事とは聞いていたが、これか」


 さすがに驚いたようでレオンハルトの顔が少し動いた。


 少し人間らしい反応を貰えてホッとした私はこれで連絡を取り合おうと約束し、レオンハルトを見送る為に外へ出た。




 通信機の番号をリーベやレヴィンから教わっているレオンハルトを横目にカムイは心配そうに私に声をかけてきた。


「姫、協力し合うと言えど、魔通信機の存在を教えてしまって良いのですか?」


 一応魔通信機は国家機密である。


「失敗したら魔通信機がバレるよりももっと大変なことになるんだから、使えるものは全部使っとかないと」


 敵国と内通する聖女とか株暴落間違いなしだ。聖女を広告塔にしてるカーグランド上層部も困っちゃうだろう。



 それにカーグランドの私よりヴァンデミーアのレオンハルトのほうが切迫した状態なのだから、裏切られることはない。


 そもそもヴァンデミーア内で殺されかけてるレオンハルトが他に誰と手を組もうというのか。



 使えるものは全部使えと聞いたリーベがそれならと自身の魔法のバックからスタンダードな魔法銃を取り出し、レオンハルトへ渡した。


 あの……その銃……まだリーベにしか使えない……扱いが難しい……


 もうリーベが考えてることは一分違わず理解出来ているような気がするが、多分間違いはない笑顔で魔銃の説明を初めていた。



 魔銃を作ることが出来るとは、と言ったような驚き――無表情だが――のまま銃を受け取り、いつも使っている武器のような気軽さで構え、近くを駆けていた兎を撃ち抜いた。


「……っ!!」


 私とカムイは驚くばかりだ。レヴィンも慣れっこなのか涼しい顔をしているので、カムイが居なかったら完全にアウェーだった……カムイが居てくれてよかった……。



「思ったより威力強いよね」


「ああ」


 力調整をリーベ用にしてあるせいか撃たれた兎は木っ端微塵にはじけ飛んでおり、銃で撃ったというより爆弾跡に近しいものになっていた。



「兄さんも僕と同じく武器に魔法を宿すタイプの魔法を使うから使えるかなって思ったんだ」


 確かにリーベ一人じゃ使い切れない量の銃を所有していたので、使えるのならドンドン使ってとも思うが……。













 身体強化まで使えるレオンハルトは直ぐに姿が見えなくなり、無言なのに嵐のようなレオンハルトお兄様の来襲は無事終わった。


「……計画……成功、ってことでいいのかな」



 本来はレオンハルトの首都脱出、退避を施す――だったハズなのだが。



 そうレヴィンを見れば、なんとなく言いたいことを察してくれたようで


「レオンハルト様は、リーベ坊ちゃんを盾にされない限りは何されても死にませんよ」


 と特殊なマーカチス兄弟を解説してくれた。



 しかも今さっき転移を覚え魔銃まで受け取ってオーバースペックに磨きをかけたところである。


 さっきまでレオンハルト死んじゃうかも! と、ずっと心配していたのに、もう死ぬ気がしない。



「もしかして、レオンハルトが死なない為にフロレンツ侯爵様はリーベを預けたの?」


「俺はそうだと思ってましたが……多分、今回マリアお嬢さんとレオンハルト様が手を組むところまで読んで、預けたのかもしれません」


 マーカチス侯爵、あんな人の良い顔してとんだ策士である。流石ヴァンデミーアを生き抜いた一流貴族ということか……。



「リーベ坊ちゃんがあんなに懐いているマリアお嬢さんにレオンハルト様も珍しく警戒心を解いて話してましたし、やはりフロレンツ様の人を見る目は鈍っていないな……」


「え、リーベをずっと傍に寄せていたのはカーグランド貴族の私を警戒しているのだと思ってた。のだけど……あれは……?」


「あれが二人の普通の距離です」


「…………」



 ……もしかして、レオンハルト、すごいブラコン……?



 何と言っていいかわからない私にレヴィンは「気持ちはわかる」と言った顔。


「こう言ったら語弊があるが、レオンハルト様はリーベ坊ちゃんが味方するほうの味方になるお方だぞ」



 ヴァンデミーアを乗っ取って属国にするのも弟が安全に暮らす為。



 国よりも弟。




 とん……っでもねえブラコンじゃねえか!!




 そういえば、リーベの変装は見破れたのに、同じはずの私の変装はわからなかった。


 ……つまりアレはシャルルの幻術眼鏡が効かないとかではなくリーベだからわかったという、ただのブラコンパワーなのか。




 レオンハルトの公式設定


『リーベの憧れの兄』『完璧超人』『リーベを庇って死ぬ』


 その設定を――その設定だけで構成された結果。



 弟の為に国を乗っ取るという、とんでもないキャラが生まれてしまったと私は頭を抱えたのだった。


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