001 全部チートはONでお願いします!!(涙目)
どうも、私 聖女です!
……詳しくは今大ブレイク中の乙女ゲーム『聖女勇者』のゲームに閉じ込められてしまったゲームマスターです。
いや どうしてこうなった!?
身体はいつもの寸胴体型からスラッとしたモデルのようなスタイルに。
天使かと見紛うばかりのキラキラなプラチナブロンドに長い睫毛に縁取られた大きい瞳。
ヒロイン兼主人公、デフォルト名『マリア』
設定資料そのままである。
聖女勇者シリーズは有難いことに大人気を博し、次はソシャゲのメディアミックスに乗り出そうと鋭意企画中なのだが……
現在ヒロインの姿の私はこのゲームのゲームディレクターで、『新しい聖女勇者』の企画を練ろうとディレクター専用の、つまり弄れるゲームマスターモードが搭載された原作聖女勇者をプレイしようと電源をONにしたわけだ。
「ひえぇ~~~~!!」
空の上から不思議の国よろしく落ちていく私の下に見えるは見慣れた地理、これで『聖女勇者』の世界だと理解出来た。
理解出来たとしても下は地面、落ちたら死は免れない。
「神様 助けて…!!」
ぎゅっと目を閉じ手を握ると、それに応えたかのような―—実際応えたのであろう―—声がした。
――待っていた――
ふわっと重力がなくなり、さっきよりも緩くゆるく下降していく。随分良心的なスピードになった。
その瞬間周りに広がる大きな羽……なんだか既視感が……
そう思うとほぼ同時に蒼みがかったすんだ瞳に長い睫毛、神々しいと呼ぶに相応しい真っ白な天使様が現れた。
「創造主、ラフィ……エル?」
恐る恐る名前を呼べば、彫刻のような美しい顔がピクリと動く。
どうやら当たっているらしい。
『聖女勇者』の《創造主》
――と言う立ち位置のキャラクター……ラフィエル様。
包み込むように触った翼はまるで生きてるかのように暖かい。
一枚の絵のように美しすぎる創造主は文字通り絵のように止まったまま、ただただ私を見、感情の機微も読み取れない。
しかしその芸術品から飛び出した言葉は思いもよらないものだった。
「『ラフィちゃん』」
「え?」
「お前は、いつも俺をそう呼んでいた」
そう言われて私は目を見開く。
確かに、ラフィエル――ラフィちゃんはシナリオ上登場シーンは無く、〈創造主〉というビジュアルだけの存在だった為、私の好きに作った、私のお気に入りキャラだった。
その為制作中は『ラフィちゃん』と呼び、ゲームマスター用の管理画面に「創造主だしピッタリだよね!」と立ち絵イラストを飾ったりしてスタッフから呆れられたものだ。
――ゲームマスター用の管理画面?
「もしかして、ゲームマスター用の管理画面にいた、ラフィちゃん?」
「そうだ」
よくよく見るとこの上空からの景色……管理画面の背景に似ている。
つまり此処はゲームマスター管理室――……私だけが入れる設定部屋によく似ていた。
え!?!?!? っていうことは画面に向かって「ラフィちゅわん~♡」とか言ってたの知ってるの!? はっず!!
家に持ち帰った時とかだらしない恰好してたのもバレてる!?
やっべ……今度からだらしない恰好でゲームすんの辞めよ……。
「俺はこの特殊な空間にいた為に、外界空間にアクセスすることが出来た」
世界を弄る機能があるゲームマスター用の管理画面は他の世界とは繋がってない、一線を画した世界なのは間違いない。
ぽかんとしている私にラフィエルはふいと腕を上げると間も無く電気が弾ける音がする。
真っ暗な空にスクリーン……いや、『外の景色』が映し出された。
『ディレクター、もうお昼の時間ですよ』
真っ黒の四角いスクリーンのような空間が現れると、映像がつくように見知った顔のスタッフが画面に現れた。
『あ、あともうちょっとだけ……』
「え……っ! あれは」
そして『自分』もそこに存在していた。
そのままPCを閉じたのか、真っ暗なスクリーンに戻る。
「さっ さっきのは……っ!?」
「思念体が切り離されたか」
ラフィエルは事も無げにそのスクリーンを消したが、こちらとしてはわからないことだらけだ。
「思念体……!?」
「お前はいつもこの世界に来て世界を眺めていた。だが今回はなにか目的があって『心の一部』が此処に居着き、残ったのであろう」
今いる『私』は『外にいた私』から生み出された『思考の一部』だと。ラフィエルの説明を全て信じるならそういうことになる。
ということは今の『私』は
『新しい聖女勇者の企画を練ろうと頭の中の一部を此処に置いていった思念体』!?
えっ うそっ そんなことある!?
「妄想とかで「〇〇様と結婚したーい♡」とか「▽▽くんとのデートプランはこういうのがいい~♡」みたいに現実逃避することあるけど、そういう『妄想の私』ってこと!?」
「よくわからないが、大体そう、だと思う」
機微の無い顔でなんとか返事を絞り出してくれている辺り、悪い人ではないだろう。なにより設定的に神様だし。
自分が本物でないことにショックを感じるも、それ以上に謎がたくさんあった。
「えっ でも、妄想ってことは、思考の一部ってことは、その思考止められたらどうなっちゃうの!?」
物凄い出来の良い2.5次元を見てるようにイメージそのままの、もはや芸術品のようなそのかんばせのパーツを何一つ動かすことなく淡々とラフィエルは言い切った。
「この世界は消える」
◇◇◇
呆然とした私を置いて浮いた身体は緩やかに落ちていく。
此処は新作の構想を考えている本物の私の世界で、私はその妄想の産物……思念体……。
「そんなこと言われても消えるのはイヤーーー!!」
随分自我の強い思念体が生まれてしまったものだ……と自分に呆れるが、死の恐怖は本能である。
「ラフィちゃん!! どうしたらいいの!?」
お助けタヌキ型ロボットよろしくお助け創造主様に縋り付く。
縋りつかれた創造主、ラフィちゃん様は機微のない顔から少し瞳孔が開き、驚きを表していた。
「…………」
「えっ フリーズ? 触ったらダメみたいなバグあった?」
心配になって見つめる私に「いや……」と否定だけ答えるラフィちゃん。
良かった。バグではないらしい。
「お前には話しかけられてはいたが、このように話すのは初めてだから……どうしていいかわからなかった」
「…………」
「お前は、少しだけ此処に来ては、俺に一声かけ、設定を弄り、地に降り立つ。
そして、しばらくしたらこの世界は消えゆく。そして俺も、新しい俺となる」
外界と繋がっていて私の姿が見えていたとしても、ラフィちゃんは私に返せる言葉も行動も、一枚絵故に表情も持ってなかった。
こんな……空の上で……一人きりで……私が管理画面に来ることだけを待っていた。
そして何度も世界の崩壊を見守っていた。
この管理画面という特殊な場所に置かれたが故に、ラフィちゃんだけは知ってしまった。
そんなラフィちゃんの心情を想像したら、私は涙が止まらなくなってしまった。
「ラ゛フ゛ィ゛ち゛ゃ゛ん゛!!!」
「ど、どうした。損傷箇所は無いようだが……内部になにか異常が……」
ラフィちゃんがどことなく人間離れしているのは、神様だからでもそういう設定でもなく……
なにも設定がないから。
ゲームでは当たり前のことだったのに、こんなに胸が苦しいなんて……
「私は推しになんてことを……」
「……」
ラフィちゃんはなんと声をかけていいのかオロオロとしていた。
そんな表情も出来るんだラフィちゃん……
そこで私はハッと気付く。
『これ、面白いのでは?』
ここは私が新作シリーズを考える為に作られた世界。
つまり顧客のニーズに応えるものは、新しい面白い世界!
それを達成できれば、消えずに済む!?
「ラフィちゃん!!」
「!!」
ラフィちゃんの両手をガシッと掴めばラフィちゃんは驚きはしたが振りほどきはしなかった。
「私、私も……今回のラフィちゃんも、消させない」
「……!」
「一緒に生き残ってハッピーエンドになろう!」
きっとこれがこの世界に生まれた私の使命?なんだろう。
◇◇◇
そんな話題で盛り上がっていたらいつの間にかついてしまった地面に着地した場所は森の中。
ちゃんと着地した場所見とけばよかった……せっかく地理がわかるというのになんてもったいない……。
鬱蒼でもない、だからといって軽い林といったわけでもない、いわゆる序盤の平均的(?)な森と言って差し支えないだろう。
そんな序盤の森の中に絶対配置されないだろう、この世の神と言われる創造主様と向き合ったままポツンと二人。
なんともめちゃくちゃな光景に、ゲームだったら修正間違いなしだとぼんやり思った。
「本当にその姿で大丈夫か? マリア」
名前はデフォルト通りのマリアとして呼んでもらうことにした。
それはいいとして、ラフィちゃんが気にしているのは……
「ええ。話を根底から変えるなら少し過去から変えていく方がいいかと思うの」
召喚された時期の変更による年齢の退行……つまり今私の身体は幼児である。
おおよそ7、8歳……10歳には確実になっていない。
このゲームの設定上、過去を変えることにより新しい未来が開けるのではという私なりの見解だ。
「あと、創造主ラフィちゃんなんて連れて無双したら大顰蹙よね……話として成立しないわ……」
「そうなのか」
事実上の最強キャラ、創造主がいたらなんでも出来てしまう。興醒めにも程がある。
ラフィちゃんはそのことに少し寂しそうな顔を見せた……ような気がする。機微がなさすぎてわかりづらい。
「ラフィちゃんが住めるような環境が出来たら呼ぶから、それまで見守っててもらえる?」
「わかった……しかし……更にゲームマスター権限も制限して良いのか?」
ゲームマスター権限――いわゆるチートである。
シナリオチェックをする為に何度も見返す為、主人公のレベルやスキルと全てカンスト、MP無限の無敵状態にするというバランスもへったくれもないものだ。
「チートがあったら駄目でしょ! エンタメとして成立しないわ。主人公は努力と成長が大事よ」
「そうなのか」
ラフィちゃんは私のご高説にわかったようなわからないような顔でふむと頷いた。
面白いゲームにするにはゲームバランスが大事!
どんなに面白い話でもゲームバランスが崩壊してるのはつまらないって言われちゃうからね。
「ちなみに、この世界の崩壊に関して知ってるのは私とラフィちゃん以外にはいないの?」
「あの部屋にいる者以外その記憶はリセットされる。確定的に存在しない」
「じゃあ……私とラフィちゃんは二人だけが知ってる使命をもった相棒だね」
「相棒……」
世界の崩壊を知る存在……う~~んなんとも厨二ちっくでカッコイイ。
そんなことを考えていたらラフィちゃんは少しだけ……微笑んだような気がした。
「困った時は俺を呼べ。相棒……だからな」
「ラフィちゃん……有難う!」
よし、これで全て万全整った! 夢と冒険の聖女勇者の世界へレッツ――
「ガウルウルルッ!!!!」
「…………」
そこには通常の狼より何倍も大きな狼。
明らかに友好を築こうという気はみえない。
「グレートウルフだな」
いつも通りの淡々とした口調でその魔獣の名前を教えて下さるのはラフィちゃん様。
「…………」
この世界でも、現実でも初めて見る『魔物』に私の足はすくみあがった。
「ば、バリア……ッ!」
私がそう言えば薄い膜のような板が出現するが
「ガアアアアアッ!!!」
「きゃああああ!!!」
グレートウルフの一撃で一瞬にして砕かれてしまう。
「わーーーーー!!! わーーーーー!!!」
泣き叫びながらラフィちゃんの背中に隠れるとグレートウルフはラフィちゃんに向けて攻撃を仕掛ける為に飛び掛かった。
その恐ろしい様子に一切の表情を変えずにラフィちゃんは私に尋ねる。
「マリア。これを消去すればいいのか」
「うん!! うん!!」
そう私がいうと「わかった」と片手を上げ、グレートウルフを灰にしてみせた。
サァアアア……と灰となって消えてくグレートウルフを見ながら、私はラフィちゃんに言った。
「ラフィちゃん、今すぐ管理画面に戻ってチート全部ONにしてきて」