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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
第一章 パンツは文明
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ファンタジーのギルドって心躍る

 なんだかんだありつつも街の中に入ることができた。関門の一つを突破である。己の手腕になんとなく誇らしい気持ちを覚えつつ、私はある意味で初めて見る「人の世界」を観察してみた。

 キルレットの街は、二十一世紀を生きる日本人の感性を持つ私に言わせると、「古き良きヨーロッパの街」を思わせる街だった。綺麗に整えられており歩きやすい石畳。道を挟むようにしてにょきにょき生えていて壁のようになっているのは、二階以上の高さを持つ建物達。蒸気機関等の科学文明が登場する前のヨーロッパを思わせる街並みだ。

 中世ならば下水事情はどうなっているのだろうか。ふと気になって道路を注視してみると、中世とレベルの文明とは思えぬほど綺麗だった。ファンタジーの定石でいくとこういうのは「下水にスライムがいて町中を清掃しているから」ってのが清潔さの秘訣だ。下水に汚物やらなんやらをどっぽんして処分するってことね。アメリアの知識でも魔法があるってのはわかっているから、たぶん間違ってはいないだろう。

 そうそう、街の仕組みや人の営みの考察で思い出した。冒険者ギルドを探す前にアメリアのこの世界の在り方についての知識を整理しておこう。自分の知能レベルがどこにあるのかということの確認である。


 一つ。御貴族様には逆らっちゃいけない。

 一つ。村長に逆らっちゃいけない。あ、これに関しては「村にいられなくなるから」っていうのが理由だから、もう出奔した身であれば無視していいか。

 一つ。この世界には魔法がある。

 一つ。魔法はなんかすごいことができるものである。だからか、魔法使いってのは超少ない。少なくとも村から出られる未来が見えなかったアメリアが会えるような職業の人間ではない。

 一つ。村に年一回『神官様』がきて、村の共同墓地を浄化してくれる。これにより人類に最も近しい魔物である『アンデッド』が出てこない。


 重要なところでこんなもんである。望み薄だとは思っていたが、地球は丸いとか、太陽系の存在とか、病気の仕組みとか、この地を治めるのが誰かとか、世界にはどれくらい国があるのか、そも国という概念は存在しているのかとか、そういう事柄については彼女は全く無知だった。これ以上彼女が知っていることといえば、暖炉の火の熾し方とか、季節ごとの村の仕事とか、村人の顔と名前とか、裁縫や家事洗濯その他くらい。うん、これらは使える知識かもしれないが、使いたくない知識である。

 なんでかって? 私が現代日本人だからだよ! レトロ嗜好懐古趣味でもないのになんで態々藁のベッドで寝ないといけないわけ!? ちくちくした肌触りのガサガサベッドとか、アメリアは気に入ってたみたいだけど私には無理!

 というわけで私の生活目標、もとい求める生活水準はこの世界では御貴族様レベルである。いや、文化水準文明レベルを鑑みるにそれを越えた文字通り「未来レベル」の生活である。最高の未来はどっかにロキシーと二人で安住することだ。なんかこう、色々と生活が便利になるものをこしらえた上でな。そうすると私の目標は「ロキシーと田舎でスローライフを送る」とも言い換えられるかもしれない。なんせ死ぬ間際はブラック勤務形態で体も心もボロボロだったからなー。転生という名の余生であるこの生で思う存分自分を労り幸せに暮らすのもアリかもしれない。いやアリだろう。間違いなくアリだろう。というわけで私はそれを求めていくことにする。

 もちろん、この世界についての情報をこんなちょっとだけしか知らない状態で私の希求するものが手に入るとは思えない。なんせこのアメリア、買取検査所でも確認が取れたように文字の知識すらないからな。村娘だから教育を受けておらず文字が読めないがないのは当然なのかもしれないけれど、文字が読めないってのはぼったくられる大前提みたいなもんだ。ここは是非早急に解決したい。具体的に言うと、文字と数字が読めるようになりたい。

 ちなみに、ここで使われている言葉は完全に異国語なのだが、私には何を言っているのかちゃんと理解できるし、自分の頭の中の言語もここに合わせて調整されている。わかりやすく言うと、英語を使える人間が洋画を見た後に口からやたらと英語が出てきたり思考回路の言語が英語になったりするようなものだ。日本語で喋ろうと思えば喋られるし、書ける。たぶん、ロキシーには私の言葉がわかると思う。

 だからこそ、この世界の、文字を、文章を、書類の類を、読めるようになりたい。持たされた入街許可証に書いてあるこの黒いウネネッとした文字を、読めるようになりたい。

 そんなことを考えながらぽてぽて歩いていると冒険者ギルドに辿り着いた。看板は読めなかったけど、荒くれ者達の匂いがする石造りの建物で、建物の横に雑多に置かれた魔物の死骸やらなんやらがあって、武器を持った男達や女の人が出たり入ったりしている建物なんて、冒険者ギルド以外に思い当たらないからな。たぶんここが冒険者ギルドで合っている。

組合(ギルド)って言葉があるくらいなんだから、他のギルドもあるんだろうな。服飾ギルドとか、農業ギルドとか。後者はただの農協か? それらと間違えたら赤っ恥だけど、でもまあ、農協にデカい斧を背負った人間が入っていくなんてことはないだろうし、ここでいいよね)

 一つ深呼吸して気合いを入れ、開けっ放しの戸をくぐる。私を立てているロキシーは、私の右斜め後ろから後について同じようにくぐる。

 建物内に入って見たのは、なんというか、「ファンタジー世界における冒険者ギルド」という表現がぴったりくる光景だった。見覚えのない景色なのに見た瞬間イストワールのクエスト受注用カウンターを思い出したことから察してほしい。

 入ってすぐの所にたむろしていたのは、なんだか汗臭そうな男達。その中にちょっと清潔そうで油断ならない顔つきの人が幾人も混じっている。女の人もいる。

 奥にあるのは幅広のカウンター。銀行の窓口って言っていいのかな。そんな感じ。向かいに座っているのは揃いの制服を着た、おそらくは職員さんたち。

 入って左手には大きな掲示板があった。羊皮紙の切れっ端や薄くて上に穴の空いた木板、それから木っ端のようなものもある。たぶん、これは依頼書みたいなものだろう。

 掲示板とカウンターの間には、腰ほどの高さの木の板があり、蝶番を使った開閉式になっている。居酒屋とかによくあるカウンター横についているアレだ。職員用出入り口(正面用)ってところかな。

 受付窓口の後ろ側には、なんか箔付けのためっぽいよくわからない骨みたいなものとか、矢? とか、剣? とか、薬草? とか、なんか色々置いてある。雑多ながらも中々センスある置き方をされているそれらが何なのかはアメリアの知識ではわからない。わからないけど、長年ファンタジーゲームに慣れ親しんできた前川圭子の勘はあれらがそこそこ高価なものでギルド自慢の品だと告げている。

 雑多な置物コーナーの横にあるのは大きな扉だ。あれ多分後ろに二階に通じる階段とか、従業員用休憩室とかがある空間があるね。単純にスタッフオンリー用って思わない理由は二つ。スタッフオンリーにしては扉の位置が入り口から見て大変わかりやすい位置にあることと、扉の装飾そのものが中々凝ったものであること。たぶん、上客とかはあの扉から奥に行くのだと思う。

 以上のことを大体五秒くらいで観察しきった私は、改めてここが冒険者ギルドであると判断した。そのまま、なんとなく扉から一番遠い位置にある受付嬢の所に行ってみる。

「こんにちは」

「こんにちは。ご依頼でしょうか?」

 にこっと笑った職員さんが聞いてくる。笑ってはいるが、その目は油断なく私を観察しているように見える。そらそうだろう。私の格好は一村娘。対してその後ろにいるのは身長二メートルは越える全身甲冑の大男。ここに来る前にふと「厳つい格好しているのに武器が無いって変じゃない?」と気付いて咄嗟にロキシーに背負わせた瑠璃宝剣という鮮やかな大剣と相まって、ロキシーの方はどっからどう見ても騎士もしくは冒険者だ。

 片方だけ見ればただの村人。片方だけ見れば戦闘職の人間。両方揃ってここにいるのは、ミスマッチである。

 それを私はよく理解している。だからじろじろ観察されることについては諦めて受け入れよう。しかし長い時間受け入れるのもただ不快なばかりなので、早々に用事を片付けることにした。まずはエプロンを占領している邪魔者、じゃない入街許可証をゲットできた立役者の処分である。あっ処分って言っちゃった。

「いいえ。買取をお願いしたく参りました」

「薬草や魔物の素材の買取ですか?」

「まあそんな所です。といっても、蜂蜜なんですけどね。これです」

 エプロンを解き、どん、とカウンターの上に置く。乱暴じゃないかって? だって地味に重いんだよ蜂蜜の瓶って。買い物袋に入れて袋を肩から提げるならいいけど、手に持った状態ってずっと腕曲げてる状態だからね。腕疲れるんですよ。ここに来るまでに鞄用意すればよかったと後悔したのは秘密だ。

 この受付テーブルは作り付けのもので、地震でも来ない限り揺れそうにない代物だった。しかも上は丁寧に磨き上げられており滑らか。だから遠慮無く瓶を置ける。故に置いたものから手を離し、職員の女性を見ると、買取検査所の女性以上に(・・・)目ん玉をまん丸に見開いていた。

「……ぬ?」

 リアクションがデカいのか、小さいのか、今一わからない。思わず小さい声が出るというものだ。その声が自分の耳にやけに大きく届いたなと気づき、人のいるはずの入り口側を振り返れば、そこにたむろしている者達の目も私が置いた蜂蜜に注がれていた。

 えっ怖い。

 幾人かは目が血走ってすらいる。思わずロキシーに身を寄せると、彼は何を言うこともなく私に手を回し、屈み込んで上から被さるようにして、私を包んだ。同時に背中に手を回し、抜刀する。ただならぬ気配を感じて戦闘態勢に移行してくれたらしい。素晴らしい子である。

「お、お客様!」

 それに慌てたのは職員だ。ほぼ同時に全員が立ち上がり、何人かの剛毅な職員などはテーブルに手をついて軽やかに両足を揃えて飛び越え、ロキシーの抜刀で刹那のうちに殺気だった冒険者の鎮静化に向かった。対して、私達の一番そばにいる職員さんはというと、大事そうに蜂蜜を抱え、「お、落ち着いてください」とか言ってきた。

 うん、それ、まだ売ってないからこっちのものだぞ。何確保してんだコラ。あなたがすべきなのは蜂蜜の確保じゃなくて、私の安全を確保すること、もしくはその蜂蜜を私に突っ返した上で自分だけでも安全域に逃げて隠れることでしょうが。

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