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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
作品メモ※ネタバレありまくり
2/26

ブラック企業滅ぶべし慈悲はない

のんびり書いていこうと思います。これからよろしくおねがいします。

 物語を書くつもりなんて無かった。

 けど、書き留めるべき事が見つかれば、それを書かずにはいられなくて。

 だから書き始めたのだ。自分の作ったキャラクターのことを。

 物語とも言えぬ、ただの設定の羅列の形で。

 空想とわかっても、

 夢想と理解しても、

 妄想と笑われようとも、

 書きたいと思えば止められなかった。


 だって自分は、愛情を持って彼を作り上げたから。


 その愛情を、どうしても、外に出して言いたかったから。




 私の名前は前川圭子。ごくごく普通の日本人女性だ。瞳も髪も黒いし、髪型は背中にかかるほどのストレートロングヘアを後ろで結んでポニーテールにしたもの。つまりは無個性ヘアスタイル。

 容姿についても、非常に美しくもなければ目を背けたくなるほど醜くもない、ごくごく一般的な容姿をしている。強いて特徴を一つあげるなら、最近勤続五年目の会社のトップが社長の息子に代替わりしてブラック企業化した煽りを受けて肌荒れと目の下のクマがめっぽうヤバいことになっていることくらいだろうか。あとは髪がぱさぱさしていること、かな。

 トップの代替わりというイベントで、私の勤める会社は安心安全を謳う堅牢な軍艦から処女航海の最中の真っ白な大型フェリーに転身した。二時間後に海の中にいることが明白すぎるあのフェリーにだ。会社ってすごいよね。たった一人の人間が入れ替わるだけでこうもがらりと毛色を変えるんだから。

 もちろん、私には沈みゆく泥舟と化した舟に何時までも乗っている趣味はない。義理もなければ忠義もない。そういうわけで私は会社に見切りをつけ、仕事の合間に転職の準備を開始した。

 となればどうなるかといいますと、仕事と転職準備のコンボであるオーバーワークで体なんてボロボロになるわけでして。

 肌荒れどころか不健康な太り方までするし、趣味のオンラインゲームに割ける時間はなくなるわけでして。

 となればストレス発散の場所なんて食くらいしかなくてまた食べて太るしで、笑っちゃうほどボロボロになるわけでして。


 だから、たぶん、唐突に来た貧血でぐらりと倒れてしまったのは仕方の無いことなのだ。

 だから、たぶん、倒れた先が地面じゃなくて、線路の上だったのも、仕方の無いことだったのだ。


 暗転した視界の中で体の左側に感じた激しい痛みと、全身の肌を震わせるような甲高いブレーキ音。

 それが、帰りの電車を待っていた私が最後に感じたものだった。

 享年29歳。

 三十代の扉を開くその前に、私は死んでしまった。

 なんという無慈悲。なんという無常。この世に神はいないのか。せめて通勤中の事故ということで労災くらいはおりてほしい。逆縁の不幸をしてしまった両親に、多少なりともお金を残して逝きたいから。あと生命保険。ちゃんと毎月払っていたのだからしっかり両親に支払われてほしい。そうすれば、私が死んだ後に待っている彼らの老後は少しは楽になるだろう。

 私は今そんなことを考えている。あまりにも情けなくあっけない死だったんじゃないか、と運命とやらに思いっきりぶーたれると同時に、極めて現代人的思考をしている。まるで仕事の途中で入院したから後の引き継ぎを心配するような思考をしている。


 えっ死んだんじゃないのかって?

 そんなこと考える余裕が、死んだはずのお前にあるものか、って?


 いやー死んだは死んだんですけど、なんでか知らないけどまだ「私」は続いているんですよね。たぶんこれって死後の世界がどうたらこうたらってやつだと思う。

 でもちょっとおかしいことがある。ここが死後の世界だというのなら、だいたいにおいて目の前には亡くなった家族とか、花畑とか、あとは神様がいるはずだ。三途の川があるかもしれないし、その横で奪衣婆が着物をひんむこうと待ち構えているはずだ。あっでもうち一応禅宗だったから涅槃の世界になるのかな……。

 って、それはどうでもいいんだ。うちの宗派とかどうでもいいんだ。話を元に戻そう。

 えーっとだね、私は死んだ。うん、それは間違いない。そしたら、死んだら、私は死後の世界というものに、それがあるなら逝くはずだ。

 だというのに、私の目の前にあるのは一本の万年筆なのである。

 もう一回言っておこう。

 万年筆なのである。

 真っ白な、遠近感の全く無い世界のただ中に、ぽつんと万年筆が浮いているのである。

 さっき思わず二度見したよね。だからもう一回言ったのよ。わかって、この驚き。

 驚いた後は、なんか目の前に浮いている不思議万年筆を真正面から認める気にもなれなくて、こうしてぶちぶち下らないことを考えている次第です。

 目の前に万年筆に見覚えはある。私が「生前」愛用していた、曾祖父から受け継いだ万年筆だ。パーカー51という、パーカー社が1941年に発表した灰がかった緑の滑らかなペン軸と金のキャップが美しい素晴らしい一本である。ぷかぷか浮いていなければ、私の部屋の机の上に転がっていれば、戦前に作られた一本ということもあって「私のです」とはっきり言い切れる一本だ。最近は主にネトゲの進行度とかキャラの設定をノートにメモするのに使っていた、大事な愛用の一本である。あんまり他所に見せたくないキャラの絵なんかも描いていた一本である。ゲーム内設定を無視した荒唐無稽の「俺設定」をちまちまちまちま書きためるのに使っていた一本である。一部あまりに細かく書きすぎてちょっとした小話みたいになってる所もあったっけなぁ。

 当然ながら、書いているものがえらいアレなものだっただけで、万年筆自体は古いことだけが取り柄の、ある意味でどこにでもありそうな一本だった。まじかるでふぁんたじーな来歴があったような覚えもない。実際なかったと思う。

 でも目の前のコイツは浮いている。

 ぷっかぷっか浮いている。

 どぉーかんがえても怪しすぎる。これを私のものと言い切ることは、ちょっとできない。

「そこまで疑り深い目で見られると傷つくのだけど……」

「ヒエッ!?」

 眉間に皺を寄せてむーん、と唸りつつ睨んでいたら、いきなり声が聞こえてきて、私は文字通り飛び上がった。直後辺りを見渡すが、私以外には何もない。恐る恐る視線を万年筆に戻すと、万年筆が僅かに上下に揺れた。

「私、わたし」

「あー夢か」

「夢じゃないわよ。現実逃避甚だしいわね」

 ビシッと言われた。人類史上初じゃないか、万年筆にツッコミを入れられる人間って。

 現実逃避をしている自覚はあったので、口に出した「夢」という言葉を放り投げ、深い息を吐く。そういえば電車に轢かれたはずなのに見下ろす体のどこにも傷が無いし、体調も悪くない。

 もしかして、死んだから色々リセットされたんだろうか。

「そうよ。というか、肉体の傷は魂に反映されないのよ」

「へー……って、おい万年筆。お前私の思考を読んでいるな」

「思考を読むというより、『ここ』があなたの中なのよ。私はあなたの頭の中にお邪魔しているの」

「うん、考えるのやめとこ。事実確認をしていいかな」

 わけのわからないことをあれこれ推測し続けるのは無駄である。無駄ならやらない方がいい。同じ時間に他の益ある行動をしていた方がずっといい。故に私はいつの間にか組んでいた腕を解き、ぴ、と右手の人差し指を立てて万年筆に尋ねた。絵面的に大分ヤバい人っぽいけど、まあ死んでるって点でもうヤバさが限界突破しているので考えないことにする。

「いいわよ」

「まず一つ。お前、いや、君は私の万年筆か?」

「そうよ。圭一郎の万年筆で、今はあなたの万年筆なパーカー51よ」

「なるほど。次。君が喋っているのは私の頭がおかしくなったからか?」

「いいえ。私が圭一郎やあなたの家族に大事にされて、ほんの少しだけ常から外れた存在になったからよ」

「簡単に例えて」

「つくもがみになりました。百年経ってはいないけど」

 つくもがみ。たしか、物が百年経つと成る妖怪の名前だ。私が軽く首を傾げると、万年筆は自分が百年の歳月を愛情ブーストで短縮し妖物のような存在になったのだと教えてくれた。

 うーん。ふぁんたじー。

「次。私は死んだのか? いや、死んだとは思っているんだけど、一応確認ね」

 問うた瞬間万年筆に表情ではなく雰囲気で「まだ受け入れられていないのね……かわいそうに……」みたいなことを言われた気がしたので慌てて後半の言葉をくっつけた。流石に万年筆に憐れまれる人間にはなりたくない。もう既に万年筆に話しかけている残念な人って点で他の人間には頭の出来を憐れまれそうな人になっちゃっているんだ。それ以上の進化は嫌だ。

「電車にはね飛ばされて死んだわよ。私、あなたの鞄の中に入ってたからよくわかるわ」

「……もしかして体えらいことになってる?」

「えらいことになってるわねぇ」

 言われた瞬間、ぞくりと体の左側に鳥肌が立つ感覚があった。忘れるために猛烈に右の掌で左腕の外側をごしごし擦った。体の半身がミンチになる感覚なんて、生身……かどうかはわからないけどこうして意識と肉体感覚がある状態で思い出していいものじゃあないからね。

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