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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
第一章 パンツは文明
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蜂蜜を売って身分証を買う

「はあ。つまり、要約すると、端的に言うと、蜂蜜が在庫不足で高騰してるから冒険者ギルドも手に入れたくてこうなった、と」

「要約というか、結論ですね。ですがその通りです」

 私の呆れの混じった声にギルド長が答える。ロキシーはというと、片手に剣を握ったまま、私の後ろに立っている。どこからどう見ても護衛の騎士だ。

 出るに出られない空気に私がうぐぐと顔を歪めた後。ギルド長は咳払いと取りなしを持って空気を変え、なんとか私達を別室に引っ張った。そういうわけで私達が今いるのは受付カウンターの後ろにあった扉の向こうにあった階段の上にあった部屋の一つだ。簡単にいうとギルド長の部屋である。

 応接セットのある部屋の、その真ん中にあるソファーは中々しっかりした作りのものだった。座ってお尻が沈み込むような高級品ではないものの、確かな弾力をもって私の尻を受け止めて寛がさせてくれている。

 腰を下ろし、背もたれに背を預けて話を聞いた私は、膝の上にある蜂蜜を撫でながらなるほどなぁ、と思った。

 結論だけ言っても分からない人に、私が一時間かけて説明してもらったことをさっくりと説明しよう。

 事の起こりは数年前に遡る。といっても明確にいつから、というのは無い。理由は事の起こりというのが「魔物が増加してきた」というなんともふわっとしたものだからだ。鹿害かってのな。いや、鹿ならよかった。魔物っていうのは、人や家畜を食べる尋常ならざる生物らしい。食べないのもいるけど、大体人間社会に害あって普通の人間に対処できないものが魔物ってことになるらしい。で、魔物というのは強い人間にしか対峙できない。軍とか魔術師とか冒険者がこれに該当する。

 退治していたら怪我をするのもお約束。ということで、討伐件数が上がるにつれて、回復薬や毒消しの需要が年単位でミョコミョコ上がった。ということは同時に原材料の需要も上がるということになる。そういうわけで薬の原材料が軒並み品薄、かーらーのー、魔法薬の調合に必須な『魔術師』を抱え込む『魔術師ギルド』が買い占めを繰り返しさらに品薄高騰が加速。魔術師ギルドには薬を売って金にする手段があるので大金を出して、他の買い手を排した価格で原材料を買える。どれだけ高くなろうとも、加工して元を取れる値段で売る手段があるから安心して購入する。

 もうここまで書けばわかるだろう。その魔法薬の原材料の一つが蜂蜜なのだ。そういうわけで皆目の色を変えて蜂蜜を注視しているってわけだ。しかもこの蜂蜜の魔法薬における必要レベルがものすごい。例えるなら料理における塩みたいなもの、らしい。なんでそうなのかの説明は今度にしよう。

 で、そうなると魔術師ギルドのようにギルドが売り手になれるようなものを安定生産しているわけじゃない冒険者ギルドは弱い。魔術師ギルドで売り出される回復薬を買えない者は、冒険者ギルドで作る安めの回復薬か、もしくは調合の腕を持つ者が蜂蜜そのものを求めていたのだけど、無い。回復薬がないなら装備が不十分ってことで魔物の討伐にも中々出られない。となると街の周りにも魔物が出てくるようになり、人間に被害が出て、回復薬が必要になる。でも、回復薬は魔術師ギルドにしかない。彼らは高みの見物をキメて馬鹿っ高くなった蜂蜜を売買し、馬鹿っ高い値段の回復薬を売って暮らしている。街の外が大変なことになるのを気にしもせず。

 独占市場により足下を見ているってわけだ。何ソレめっちゃむかつく。温厚な性格の私がムカつくレベルで不快なことをされていた街の人は当然もっとムカついた。その結果、数ヶ月前に魔術師ギルドはキルレットから撤退したそうな。

 でもその頃にはもう完全に蜂蜜自体が入ってこなくなっていた。イタチの最後っ屁みたな調子で撤退寸前の魔術師ギルドが買い占めて逃げたから、正しく在庫がゼロなのである。

(そら確かに皆が血眼で求めもするわ)

 うんうん、と頷き、事態を理解した私に、ギルド長は「まずは第一関門突破」みたいな安堵の息を吐いて額の汗を拭った。

「回復薬の調合には、蜂蜜の有無はもちろん、純度が非常に重要です」

「この蜂蜜の純度は?」

「光の父神様の神色たる金が一片の曇りもなく現れていますから、超一級品……いえ、正直に申し上げましょう。私が冒険者をしていた頃も、ギルドを預かるようになってからも、ここまでの品質のものは見たことがありません」

 そりゃすごい。思わず目を見開いた。

「参考までに聞きたいのですが、純度が高いと回復薬の調合において無いか行程が変わったりできあがりの完成度が変わったりするのですか」

「します。純度が高ければ蜂蜜は少量で済みます。それと、この蜂蜜を使い一般的なレシピで調合した場合、回復量は段違いになります。もしかすると魔力まで回復するやもしれません」

「そりゃすごい」

 今度は口から言葉が出た。うん、素直に凄いと思ったからね。蜂蜜が大変身することにも、蜂蜜がそれだけ重要な存在であることにも、私は思いきりびっくりした。

 その驚きを受け、ギルド長は「だから」と言葉を重ねた。

「是非ともうちに売って頂きたい。魔術師ギルドほどの値段は出せませんが、頑張らせていただきます」

 かなり逼迫した状況なのだろう。がば、と頭を下げてきた。

 ふさふさしているつむじを見つめる。地肌の見えぬ若々しい頭頂部を見て、私は一つの賭けに出ることにした。

「ギルド長さんが正直になってくれましたから私も正直になりましょう。ギルド長さん、私ですね、この蜂蜜の価値が全く分からないんですよ。いや、高いってことはわかりますよ? でも具体的な相場は知りません。この意味わかります?」

「何……?」

 賭け、というのは無知を晒す愚を敢えて犯す、ということである。それがこの先の展開に吉と出るか凶と出るか。どうなるか予想が立てられないから一周回って丁半博打が如き五十対五十の賭けになっているのは、ここぞという時に決定権をてんに委ねる私には好ましいことだ。


 普通、ものの価値を知らぬ者というのはカモにしやすい。馬鹿正直に「これの値段わからないので言い値でいいですよ」と言ったら買いたたかれるのが普通だ。だから無知を晒すなんてことは普通はしない。

 だが生憎私は普通じゃない。この蜂蜜を持ってきたのも、普通のものを求めて、じゃない。

 その事実を、目の前の人間に提示した時。果たしてこの人間は私が幸せになるように動くのだろうか。それとも己の幸せを究極に優先し、私を利用し尽くそうとするのだろうか。

 どちらと出るか、私は楽しみで仕方ない。


 一瞬で眉間に皺を寄せ、油断ならぬと気を張らせたギルド長に、私はにまりと笑った。長々とした交渉は好きじゃない。行く時はズバッと、決断はバシッと。即断即決が好きな言葉です。短気とか堪え性がないとも言う。

「蜂蜜の価値を知らない……? まさか、あなた、いや、お前は他国の間者か」

「ド直球で聞いてくるの、嫌いじゃないです。でも残念外れです。流石にこの国の人ですよ」

 私の肉体は、だけどね。ロキシーはどうなのかって? イストワールの人でいいんじゃないかな。イストワールがどこにあるかとか私にもわからんけど。

「では狙いはこの街の市民権か?」

 防衛的な意味で怪しむ対象になったからか、ギルド長の言葉から敬語の仮面が剥がれ落ちた。その視線も鋭いものになっている。格好と肉体の特徴からいって彼はギルドの職員のような文官系の人間ではなく冒険者というのがその本質だろう。

 長年培ったであろう、鋭い視線。戦う者の目の力。そういうものは、仮想世界の中でとはいえ同じく戦う者(プレイヤー)であった私には好ましい。

「惜しい。冒険者ギルドの登録証です」

 気がついたら口角が上がっていた。笑いつつ、彼の言葉を訂正する。

「身分証明書が欲しい、ということか」

「ご名答。まあ、他にも欲しいものはありますが」

「どうせそちらが本命だろう」

 いや身分証明書が本命だよ。文字と数字の読み方(きょうよう)はあくまでオマケです。今はまだ、ね。最終目標は社会の端っこに根っこを張って安定したスローライフを送ることだよ。スローライフ。いい響きだよね。早朝出勤終電帰宅がない生活は神だと思う。

「怪しいですか?」

「怪しい。聞くまでもないだろう。俺があんたを領主の軍に突き出すとか考えないのか」

「あらおかしい。うちのロキシーに軍如きが勝てるとお思いで?」

 言いつつ見上げる。私の自慢の子を。

 この子に勝てるという者がいるなら出てこい。仮にロキシー一人で勝てない敵が出てきたとしても、(プレイヤー)がついたらロキシーは無敵だぞ。

「僕は、創造主(メイカー)に害為す者は、許さない」

 言いつつロキシーが剣を持ち上げる。ずっしりとした宝剣を。それがいかなるものか分からぬ男ではないらしいギルド長は、ゆっくりと自分の鼻先に突きつけられたその切っ先を見つめ、ぐ、と唇を噛んだ。

「……なるほど」

「突きだしたら逃げるし戦うしたたきのめします。うちの子は強い。ギルド長はそれが分からぬお人ではないでしょう。

 買取を拒否すれば魔術師ギルド……はないそうなので、そこら辺の薬屋や食料品店、もしくはあるのであれば商業ギルドなどに持っていきましょう。純度の高いものだそうですからね。ここ程ではないにしてもそれなりのお値段で買い取ってくれるはずです。

 さて、状況はこんなところです。この状況であなたが取れる手段は一つ。それを態々口にしなければいけないほど、あなたが愚かでないことを望みます」

 にこり、と笑ってそう言った、三十分後。

 私のエプロンのポケットには百五十枚の金貨と、銅色の冒険者証明書でぶっちゃけると銅色のポイントカードみたいなものが二枚入っていたのだった。

 もちろんギルドから離れてすぐにロキシーに金貨を全部渡したのは言うまでも無い。あんなんずっと持ってたら肩凝ってしゃーねーわ。蜂蜜を持ち続けて凝った肩を労らせろ。

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