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監禁9日目。私はヤンデレのことを知る。


 私の名前は中条(なかじょう)瑠奈(るな)

 そして、私は私と鎖で繋がれているこの男の名前を知らない。




「ごめんね。傷になってしまっているね」


 男は私の足首の擦り傷に、丁寧に絆創膏を貼った。擦り傷といっても、皮が少し剥けた程度だ。私の足に嵌められた金属の輪で、擦ってしまった痕。


「……私、その……」

「僕が全部悪いんだ。僕がもっと、もっとちゃんと……」


 二度とこのようなことがないように、私は長い靴下を履かされた。そして、今までリビングの柱に繋がっていた鎖の片方は……今、男の足首に繋がっている。


「こんなもので証明になるかわからないけど、僕はどこにも行かない。ルナちゃんの傍にずっといて、絶対に離さないからね」

「……。」


 私は少しぼんやりしながら、頷いた。


「お腹すいた……」

「昨日、何も食べずに眠っちゃったからね。……最初は、砂糖入りのホットミルクにしよう。次に、お粥を用意してあげるから」


 すぐ作るよ。男はそう言って、キッチンで食事を作り始めた。

 私との間にある鎖は、もともと充分な長さがあるので、男がキッチンで動いても、私の方が引っ張られるようなことにならない。


 今この鎖を、急に思いきり引っ張ったら、男は転ぶだろうか。でもそれをしても、男は私の方に急いでやってきて、大丈夫だよと言いながら私を抱きしめるんじゃないかと思った。


「ルナちゃん」


「愛してるよ、ルナちゃん」


 風邪でもひいたみたいに、男の声は掠れている。私の名前を呼びすぎたからだ。




 一口一口、男の手でゆっくりお粥を食べさせられて、お腹が落ち着いた私は、ソファーで男と一緒に座っていた。


「今日は、仕事は……」

「今日は日曜日だよ。仕事は大丈夫だから、一日傍にいるね」

「……映画でも、観る?」

「そうだね。僕が仕事の間、なんだかんだでルナちゃんに我慢させちゃったから。ルナちゃんの好きな映画、何でも観ようね」


 頭を撫でられる。


 私は、一度観たことのある洋画を選んだ。いいところのお嬢様と、貧乏な青年が、騒動の末に結ばれる王道のラブストーリーだ。有名だけど古い作品なので、安くてよく借りた。


 これを選んだのは、観たかったからというわけではなくて……この映画の筋はもう覚えきっている。

 本当は映画を観るふりをしながら、頭を整理したかったからだ。


 昨日、私はなんであんなことをしたのだろう。

 男にこの部屋に閉じ込められたまま見捨てられたら、私は生きていけない。

 監禁されていたとはいえ、私の生活はあまりに快適すぎて、危機感がなかった……そこに生命の危機を初めて感じたから、だろうか。


 でも……実際はそれほど差し迫っていなかったわけで。あんな風に取り乱す必要があっただろうか。


「……ルナちゃん、何考えてるの?」

「えっ?」


 言われ、私は驚いて男を振り返った。今まで、男が私が映画を観ているのを、遮ったことはない。


「目、動いてなかったから。遠くを見てたよ」

「あ……違うの、ごめんなさい。せっかく映画見せてくれてるのに……」

「何も気にしなくていいんだよ。ルナちゃんは僕に何でもワガママ言っていいんだからね。でも今日は……少し、話したい」


 そう言って男はテレビを消してしまうと、隣に座っていた私を抱き寄せた。男の肩に私の頭が乗る形になる。


「話?」

「映画は一人でも見れるけど、話は二人でないとできない。ルナちゃんがここにいるって、もっと感じたいから」


 僕がここにいるって、ルナちゃんに感じてほしいから。


 男の声を耳元で聞きながら、でも私は何を話そうか困ってしまう。


「あの、何を話せば……」

「なんだって。ルナちゃんの好きなものとか、好きなこととか」


 ……でもそれって、この男は全部把握しているんじゃないだろうか……。


「……あなたの好きなものは何ですか?」

「ルナちゃん」

「……。食べ物で……」


 男は少し考えてから答えた。


「ハンバーグかな……」

「そう、なんだ」

「あとは、ハンバーガー」


 ちょっと笑ってしまった。だって、ほぼ一緒だよね、それ。


「子供っぽいと思った?」

「そうじゃなくて。私もハンバーグ好きだから」


 好きな食べ物はなんですか、と聞かれたら、私の場合は甘いものが先に思い付くから、ハンバーグを答えることはないだろうけど……でもまあ、美味しいよね。


「そう? じゃあ、今度ハンバーグにしようかな」

「……嬉しい」

「海老フライは、どう?」

「それも好きです」




「じゃあ、好きな色は?」

「黒……かな?」

「結構、黒い服着てるよね」

「うん、まあ、無難だからね」


 無難、か……。


「それって、汚れが目立たないとか、コーディネートしやすいとか?」

「うん、まあ」

「なんか分かる……私もやたら紺色の服ばっかり集まっちゃうから」

「ああ……よく着てたね。でもルナちゃんの好きな色は、ピンクじゃないの?」

「うん、まあ……」

「可愛いのに、ピンクの服着たルナちゃん」

「えっと! じゃああなたも、本当に好きな色って何なの?」


 男は少し考えた後、私の髪を撫でながら答える。


「じゃあ、ピンク色かな……」

「本当に?」

「……男が変かもしれないけど、桜の花とか好きだよ。服はまた別だけど、純粋に好きな色はそうかもしれない」




「いつも仕事、何してるの?」

「うん、会社員だけど」

「在宅でできる仕事って。何なのかなって……」

「……ちょっとしたアプリ開発だよ。売れてるけど、世の中のためにならない、そんな感じのアプリ」


 男は自嘲気味に言った。私は尋ねる。


「自分の仕事、好きじゃないんだね」

「収入を得る手段だと割りきってる。ルナちゃんはそうじゃない?」

「そうかな……今の仕事、やりたくてやってる訳じゃないけど、……別にやりたい仕事も、なかったし……」


 というより、学歴のない私には、なりたい仕事に就くなんて発想さえなかった。


「本当に小さい時はケーキ屋になりたいと思ってたこともあったけど」

「……そうなんだ。ルナちゃん、ケーキ好きだから良かったのに」

「子供の夢だよ」

「僕は子供の頃、社長になりたかった」


 意外な言葉に私は、男を見上げる。


「社長?」

「というか何だろう、とにかくお金持ちになりたかったんだ。子供だから単純に、社長はお金持ちなんだろうと思ってただけで」

「お金持ちになりたかった……?」


 それなら、もう叶っていると思う。この年で都心の高層マンションで悠々自適の暮らしをするってなかなかじゃないのか。


「もっと小さい頃は、王子様になりたかった。絵本の王子様に。でも、王子様ってどうやったらなれるのか分からないから、とにかくお金持ちになることにして……」

「はあ……」


 夢見がちなのか、現実的なのか、よくわからない。なんだかおかしくて笑うと、男も嬉しそうに笑う。


「ねえ、もっと教えてよ、ルナちゃんのこと」

「……。」

「ルナちゃんのことは全部知ってたいんだ。ルナちゃんのこと大好きだし、そうしたらきっともっとルナちゃんのこと喜ばせてあげられるから。ねえ、ルナちゃん……」


 私は。

 あなたの名前さえ知らないままだけど。


 あなたがどういう人間なのか、わかってきた気がするのは、気のせいかな。




 あなたはきっと、私によく似た人。


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