監禁7日目。ヤンデレは私から離れられない。
私の名前は中条瑠奈。
ヤンデレ男に監禁され、だいぶ経つ。
世の中は引きこもりと誘拐犯に優しいということを知った。
ありとあらゆるものがネット注文で届き、外に出なくても何の問題もない……。鎖で繋がれている私はもちろんだが、私を監禁しているこのヤンデレ男も、本当に一週間、一度もこのマンションの部屋から外に出ていない。
私に毎日のように食べさせてくれるケーキは勿論、食料品や日用品、洋服から何まで、すべてネット注文で届くのだ。
「ルナちゃん、欲しいものない? 何でも言って」
今日も男は、私を後ろから抱きしめながら、耳元で囁く。この生活の中で欲しいものなんてそんなに思いつかないけど、一生懸命考える。
「えっと……じゃあ、今日のケーキはモンブランがいいかな」
「わかった、モンブランだね。……愛してるよ、ルナちゃん」
男は私を、これ以上ないほどに甘やかす。溺愛する。故に、逃げ出す隙が見当たらない。
私の足につけられた鎖はもちろんだが、玄関のドアにはがっちりしたナンバーロックがかかっていた。宅配便を受けとる時、男がやたら時間をかけているなと思ったけれど、ドアを開けるために暗証番号を打ち込んでいるかららしい。
……出口が見えない。
ヤンデレ男の膝の上でモンブランを食べさせられながら、私は方針の転換を図ることにした。
今までは男をできるだけ刺激しないようにしてきたが、もっとこちらから男に積極的に関わってみることにした。
それが脱出に繋がるかはわからないが、膠着状態のままよりはよいはずだ。
今の私には、情報が無さすぎる。
「あの……」
「ん、ルナちゃん」
「私のこと、なんで、そんなによく知ってる……の?」
これは監禁当初から思っていた。
ヤンデレ男は、私の好みを完璧に把握している。
趣味や食べ物の好みの他、好きな香りも知っていたことに最近気付く。お風呂に落とされるアロマやシャンプーの香りは、気付けば私が好きなフローラル系のものばかり。
それだけじゃない。いつも着ている、パステルカラーのひらひらした服も……私は本当は嫌いじゃない。
可愛い服は、女の子らしい服は……本当は好きだった。でも、こういう服は高くて……とてもねだれる状態じゃなかったし、買うお金もなかった。
だからいつも私はユニクロあたりの安くてシンプルな服を着ていた……。
ただ、周りは私がシンプルな服をよく着ているとしか見えなかっただろうし……周囲にもそれが不満だと言ったことはない。
私さえ忘れていた私の好みを、この男は知っている。
私の問いかけに、男はくすくす、と笑いながら頭を撫でた。
「僕がルナちゃんのこと大好きだから」
いや、納得できない……。
「……でも」
「ん……僕はルナちゃんのこと、ずーっと前から本当に大好きで。ずっとずっと見てたんだ……」
身震いした。
私はストーカーされていた……ということ、だよね。いつからだろう。全然気付かなかった……。
「な、んで?」
「ん?」
「何で私なの?」
私は平凡な会社員だ。ヤンデレ男は私を可愛い可愛いと言うけど、取り立てて美人でもなければスタイルもよくない。
なぜ私なんかが男の目に止まったのかわからない。
「それは」
モンブランの最後の一口が私の口に運ばれて、そしてフォークがお皿に置かれる。
男が私を抱きしめる腕の力が少し強くなった。
「もっと愛してるって伝えなきゃダメって、ねだられてるのかな」
「……え」
この後の展開が予想できて、私は首を動かして男の方を見る。男の眼鏡の奥の目は泣きそうで、唇が震えていた。
「そ、そうじゃなくて」
「理由なんているかな……僕はルナちゃんのこと、これから一生、ずっと心から愛してる。もう理由なんかないよ。だって理由があったら、その理由がなくなったら僕はルナちゃんを好きじゃいけなくなるの? そんなのないよ、ないよ、好きだよ、好きだよルナちゃん……」
ああ、スイッチが入った。
この状態になると、男は私を抱きしめたまま、壊れた機械みたいに私を呼び続ける。
そうなればもう全然離してくれない。一昨日なんか、晩御飯の後、何かの拍子にこのスイッチが入ってしまったらしく、深夜になっても離してくれなかった。(いつ終わったのかよくわからないが、寝落ちした私を男がベッドに運んだらしい。次の日の朝、朝御飯とお風呂、どっちが先がいい? の声かけで目が覚めた)
最初は、病んでる壊れてると思った。
でもちょっと最近は、男のうわごとのような愛を聞きながらもこう思うようにもなってきた。
この男は、壊れているけど。
私にすがりついて、砕け散ってしまうのをどうにか堪えているような、そんな、気がする。
男は今日も私の横で仕事をしていた。監禁生活だと曜日感覚が薄れてくるが、今日は金曜日だ。いや、かなり頻繁にサボって、私をかまい倒しているように見えるのだが、男の仕事は大丈夫なのだろうか?
「ルナちゃん……ごめんね、今日はどうしても、仕事の会議があって……」
「会議?」
ついに男が出掛けるのだろうかと思い、男を見上げる。
「ネット会議だから、部屋にはいるよ。だけど二時間くらいはかかるから……」
「大丈夫、ここで、映画観てるね」
「喉渇いたら、冷蔵庫に何でもあるからね。あとは……」
「子供じゃないんだから、心配しないで」
はあ、と男はため息をついて私を抱きしめてから、パソコンを持って自分の部屋に戻った。
私から男に心配しないでって言うのもおかしいか……あと、私に対する禁断症状が出そうな男の方が心配では、と思いつつ、私はソファーに座った。
さて、どうしようかなあ。
二時間は戻ってこないと宣言されたので、チャンスといえばチャンスなのだけど……。
実のところ、この6日間で私の手の届く範囲は結構調べ終わっている。
でも、脱出ゲームのように、わかりやすい脱出の手がかりや道具が用意されているはずもない。答えが用意されたパズルと違って、男に私を逃がす意思はないのだから。
鎖で繋がれ、玄関がロックされている以上、やっぱり男自らの手で私を外に出してもらうしかない。
一緒にデートがしたいと言えば、外に出してくれるだろうか。買い物デートだとネット注文で片付けられるから、遊園地に行きたいとねだってみるとか。
ただ……私が人混みに行くのが嫌いだと男が知っていたら、嘘がバレるかなあ……。あの手の乗り物も嫌いだし、遊園地は好きじゃない……。男のことだから、そのくらい把握してそうだ。
私が本当に行きたいと思う場所を言わないとダメだ、男に不自然に思われる。行きたい場所、行きたい場所……。あれ、私、この監禁生活になる前、どっか行きたい場所ってなかったっけ?
TSUTAYAはよく行ってたけど、それは映画を借りるためであって、TSUTAYAそのものが好きなわけじゃないし……。
私は映画を選んで、再生した。
それは海の映像が延々流れる自然系の映画で……波の音を聞きながら、私は眠っていた。
……そう。遊びに行きたい場所なんてない。なかった。
だって、言って連れて行ってもらえることなんてないんだから。
いつしか私は……どこかに行きたいと思うことをやめた。
■
会議が終わると、すぐに通信を切って、男はリビングに戻った。テレビの音が聞こえていたから、映画を観ているのだろうと思うけど――男は不安だった。
彼女は最初のように、自分に怯える様子こそ減った。だけど、外に出ることは諦めていないようで、時々部屋の中を探っているのを知っている。
彼女に逃げられたら、拒まれたら。男は生きていけない。
「ルナちゃ……」
呼んだ声は途中で飲み込む。男の愛しい人は、座ってクッションを抱きしめたまま、ソファーで眠っていた。
その頬に、白く涙の流れた跡があって、男ははっとする。悪い夢を見ているのか。だとしたら起こすべきか。いつも瑠奈が眠っていたらそのままにさせておく男だが、どうするか迷う。
「……ルナちゃん」
ひどく掠れた声だった。だけど、至近距離で覗き込んでいたからか、瑠奈は目を覚ます。
「あれ……?」
「会議終わったよ。ごめんね、一人にして。すぐご飯用意するから、でも……」
でも、その前に、男は瑠奈の体温が移ったクッションを取り上げて、瑠奈を正面から抱きしめた。
小さく痩せ気味の体は男の腕にすっぽりと収まる。ふるふると震える男に、瑠奈はされるがままになりながら、尋ねてきた。
「寂しかった……?」
「……。そうだね」
それはもちろん嘘ではなかったけど、男が震える理由は他にあった。
瑠奈が泣くだけで、男の胸は穴が開いて息ができないほど苦しくなる。
「もっと、もっと愛してあげるから」
君の人生の、今までを取り返すように。
■
内藤は、自分の上司から驚くべき言葉を聞いた。
「中条さんが、会社を辞めた……?」
「ああ、会社宛てに辞表が送り付けられてきた。実家の都合で急に戻らなければならなくなったとかで……まったく、何を考えているんだか! 引き継ぎどころか、挨拶もせずに」
だから内藤の営業事務には別の人間がつくと課長は不機嫌そうに説明していたが、内藤はその言葉が信じられない。のっぴきならない事情があって会社を辞めるというのは、仕方ないだろう。だが、まさか本人からの挨拶も連絡もなしに、そんなことをするだろうか。
「……中条さんに連絡はついたんですか?」
「つかないな。家の都合というのもどこまで本当か」
課長は、彼女が仕事を投げ出したと思っているようだった。だが、内藤は課長に思い切って言った。
「すみません。自分、業務上、彼女に預けたものがあるので、どうしても連絡を取りたいんです。連絡先と住所、教えていただけないでしょうか」




