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監禁3日目。なぜか愛されているらしい。


 私の名前は中条(なかじょう)瑠奈(るな)

 ヤンデレ男に監禁されている。


 今日の洋服(ヤンデレ男チョイス)は、袖が膨らんで広がった、絵本のお姫様のようなフリルワンピースである。アラサーにもなってこんな格好は恥ずかしいのだが、他に選択肢はないし、どうせこれを着せた張本人であるヤンデレ男しか見ていないのだ。


「ルナちゃんの髪、きれいだね。どんな髪型にしようか」

「え、あ、その、別に何でも……」

「ふふ、何でもいいの?」


 鏡台の前で、丁寧に髪をとかしながら、男は上機嫌だ。細かく櫛ですいて……あ、これ、三つ編みにするのかな? 時間がかかるし面倒じゃ……と思うけど、鏡越しに見ると、男は恍惚の表情だ。あ、そうでしたね、ヤンデレでしたね。


「でも、そんなに髪、長くないし……」

「伸ばしたらいいよ。これから毎日、ずっと僕に手入れさせて?」


 髪が伸びる頃には脱出してたいです、と思ったが当然言葉にはしない。

 ちなみに、男は結構器用で、髪を結うのが上手だった。




 恒例となりつつある、朝ご飯の食べさせあいをした後、ヤンデレ男は、ごめんね、と私に言った。


「仕事があるんだ。部屋にいるけど、何かあったらすぐ呼んでね」

「仕事?」


 そう言い残して、男は私の寝室の隣の部屋、リビングから数えて二つ隣の部屋に入る。

 仕事か……そうだよね、こんな広い都心の高級マンションに住んでるくらいだ。狭いボロアパートで一人暮らししていた私には家賃の想像がつかない。この男、お金は持ってそうだもんね、仕事してるんだな。ヤンデレ男は、ぱっと見には普通の人に見えるし、きっと、社会生活は問題なく送ってるんだろう。


 それにしても……在宅でできる仕事なんだ。

 普通のサラリーマンみたいに出社してくれてれば、逃げ出す機会もあっただろうけど……この男、ここ二日、まったく外出していないんだよね。


 とにかく、これはチャンスだ。

 男が部屋にいる間に、何か逃げ出す方法がないか、色々調べてみよう。そう思って、ソファーから立ち上がった時――


「ルナちゃん」

「!」


 ヤンデレ男がリビングに戻ってきた。


「何か不自由なことない? 大丈夫?」

「だ、大丈夫……」

「そう」


 男は再び自分の部屋に戻る。心臓がバクバクしていた。

 とりあえず、テレビでもつけた方が怪しまれないかなと思ってリモコンを手に取った時――


「ルナちゃん」

「はい!」


 また戻ってきた! さっきから5分と経ってない!


「あ、テレビ見る? 使い方分かる?」

「大丈夫……です」


 私は男を見送ると、そのままあえて何もせず、部屋に突っ立っていた。

 ……。

 予想通り、数分でドアが開く音がした。


「ルナちゃん、やっぱり顔が見たくて」


 ……仕事になってないよね?




 男が仕事をしている間に、脱出の手がかりを探すのは諦めた。監視の目がなくならない。


「私もその、仕事の部屋に行きましょうか……?」


 こんな状態ではおちおちテレビも見れない。

 ヤンデレ男なら喜ぶかなと思いきや、男はううっ、と考えた後、こっちに来た。


「ううん、僕がそっちで仕事をするから。ルナちゃんはそこにいて」


 結局、男はパソコンを持ってこちらに来た。まあ、私の方が鎖が届かないという問題もあるのだけど。


「……。何の仕事、してるの?」

「大した仕事じゃないよ。普通のサラリーマン」

「でも、家で仕事……」

「僕の会社は、在宅も出来るんだ。ルナちゃんとすっと一緒にいたくて、在宅できるように頑張ったよ」


 ……そうなんだ。


 男は時々私を見つめたりしながらも、すごい勢いでキーボードを操作する。何やってるのかわからないけど……こんな風に自由に働けて、給料もよさそうなところを見ると、きっといいところの大企業なんだろうな。

 その時、男のポケットでスマホが震えた。男は、ふう、とため息をついて、スマホを持って廊下に出る。


 多分、仕事の連絡なんだろう。廊下で何やら話している。

 その間、色々な可能性を考えた。


 1、男のスマホをこっそり奪い110番通報する。ただし今のところ方法は見当たらない。

 2、男がスマホで通話している後ろで叫んで助けを求める。とはいえ、助けが来る前に男が逆上するリスクが高すぎる。却下。

 3、男がスマホで話している今のうちに、このパソコンを操作して助けを求める。


 ごくり、と唾を飲んだ。私は音を立てないように、パソコンの前に回り込む。

 う、画面がロックされてる。パスワードを入れないとダメだ。私も会社でパソコンを使っているから、それなりに操作方法は分かるが、さすがにハッキング技術はない……。


 男が戻ってくる気配があったので、慌ててソファーの定位置に戻る。つい、毛足の長いクッションを抱きしめてしまった。


「ルナちゃん、退屈じゃない? 僕のこと気にしないで、テレビでも観て」

「あああああの!」


 私は立ち上がり、勇気を振り絞った。


「と、隣に座っていい!?」

「ルナちゃん……?」

「えっ、あ、あの、仕事の邪魔かもしれないけど……」


 でも昨日は手を握りながら映画を観たわけだし、不自然じゃないはず……だ。彼氏がいたことがなくて、スキンシップの段階の順番がよく分からないけれども。

 さて男はというと……嬉しそうに笑っていた。


「嬉しいな、ルナちゃん。こんなに近くにいるのに触れられないの、僕も寂しかったから」

「え、と……」

「こっち来て」


 男に呼ばれるまま、近付いて隣に座る。よし、大丈夫だ!

 もちろん私の目的は……男のパソコンのパスワードを盗み見ることだ。そうすれば、いつか機会があった時にパソコンを操作できるかもしれない。

 だけど男は、私が隣に座った後、ちょっと考える様子を見せた。


「ねえ、僕もお願いがあるんだけど……」

「は、はい?」

「せっかくだから、隣じゃなくて、こっちに座って?」


 こっち、とは。意味が分からず男を見上げると、男は自分の膝を差した。

 ……。


「え、えっと、それは、」


 そこまでくっつかなくても、男の手元さえ見れればそれでいいんだけどな……。


「照れてるの? 可愛いな、でも」


 男はノートパソコンの蓋をぱた、と閉じて――えっ、あれ――私の方を向いて、腕を伸ばしてきた。

 あれ? 思ってた展開と違うぞ。そのまま抱きしめられないまでも、かなりそれに近いところで男が止まる。


「ねえ、ルナちゃん……」

「あっ、あの」

「本当に嫌ならいいけど……」


 嫌ならいい。その言葉に、本心を見透かされているんじゃないかと、ぞくりとした。


「こっちおいで、ね?」

「……。」


 ダメだ。今は従っておかないと。私の頭の中で警報が鳴る。

 私はそろそろと、男の前に背中を向けて座って、体重を預けてみる。当然ながら、がっちりとホールドされる私。鎖が床で跳ね、チャラ、と鳴った。


「可愛いね。好きだよ。愛してる。僕のもとにおいで。ずっと不自由はさせないし、ルナちゃんの望むことならなんでも叶えてあげる。ねえ、好きだよ。可愛い僕の……ルナちゃん」

「――……っ」


 その後男は、うわごとみたいに、好きだよと可愛いを繰り返した。

 ずっとずっと、本当にそのままずっと、繰り返した。


「好きだよ、ねえ好きだよ。愛してるよ。好きだよ――」


 なんで、ここまで。




 結局解放されたのは、午後一時くらいだった。

 男が、ルナちゃんお腹空いた? ご飯食べようね、と言ったので解放されたのだ。

 男が昼食を用意するのを見ながら、私はソファーでぼんやりする。ずっと抱きしめられていたから、変な汗が……密着していた相手の体温が暑かったのか、精神的なものか、両方か。頭が働かない。


「ルナちゃん、お昼は冷製パスタにしてみたよ。どう?」

「うん……ありがとう」


 トマトのパスタを食べて、それから、私は午後はソファーで横になった。何故かまだ昼間なのに、猛烈に眠くなってきたからだ。

 男にブランケットをかけられる。


「いいよ。ゆっくりおやすみ……」

「うん……」


 平日なのに、こんな時間から眠くなるのは、どうしてなのだろう……。今日は月曜日で、本来なら私も会社に行っているはずだけど……そういえば、無断欠勤になってしまっているな。


 眠りに落ちる直前に会社のことを思い出し、ふと、思い至る。


 今のところ、監視が凄すぎて、私から外部に助けを求める方法は思いつかないが……私が行方不明になったことを、少なくとも会社の人間は気づいてくれるのではないだろうか?

 とはいえ……会社は、私がまさか誘拐されているとは思わないだろうし……私程度の社員なんかいくらでもいる。わざわざ、社員の失踪を警察に通報してくれるかどうかはわからなかった。


 ◼


 内藤(ないとう)拓也(たくや)は、隣の席の同僚が、朝になっても出社してこないのを不思議に思った。

 彼女――中条さんは、普段なら始業に余裕を持って会社に来ている。体調不良などで急に休んでいることも考えられたが、それならそれで、ちゃんと連絡をする人だと思うのだが。


「……課長、中条さんは?」

「いや、連絡がない。まあ、大方寝坊か何かだろう」


 そうだろうか――内藤は思ったが、口には出さなかった。


 しかし、彼女はその後、連絡もなければ出社してくることもなかった。

 昼休み前に、課長が一度、彼女の携帯に電話をしてみたが、電波が届かないか、電源が切られているとのことで、連絡がつかなかった。


「……おかしいな」


 内藤は呟く。

 彼女には、営業である内藤のサポートをお願いしていた。急ぎではないにせよ、やりかけの仕事があったはず。それを放り出すような、無責任な人ではないはずなのだが。


 何かあったのだろうか。空いたデスクを見ながら、内藤はその日、仕事が手につかなかった。


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