監禁2日目。ヤンデレの攻略をしてみよう。
目が覚めた。ヤンデレ男の顔が目の前にあった。
「ルナちゃん、おはよう」
「ひゃあっ!?」
驚いて心臓が止まるかと思った。思わず布団の中に潜り込むと、外から男の声が聞こえた。
「ごめんね、驚かせるつもりじゃなかったんだ。起こしに来たんだけど、ルナちゃんの寝顔があんまり可愛かったから、つい眺めちゃって……」
「……。」
心臓がバクバクいっている中、私は現状を思い出した。
私の名前は中条瑠奈。ごく普通の会社員である。仕事はかなり忙しくきつかったが、人並みの生活を送っていた。一昨日までは。
現在、このヤンデレ男に誘拐され、高層マンションに、鎖付きで監禁されている。私はヤンデレ男にほどよく調子を合わせつつ、逃げ出す機会を窺っている。
「う、うん……ちょっとびっくりした……だけ……おはよう……」
「ルナちゃん、こっちおいで」
布団から出て、ベッドに腰かけた。すると男は、はい、と明るい色のワンピースを渡してきた。スカートがふわっと広がっていて、キレイめというより可愛い系のデザイン。フリルもたくさんで……って、もはやこれは、ワンピースというより、ドレスではないかな……。
「……えっと」
「これ、今日のお洋服。ルナちゃんに似合うと思うんだ」
この男、私を着せ替え人形かなんかだと思っているのだろうか。このネグリジェといい、ロリータファッションのような、甘いデザインの洋服が男の好みなのかもしれない。着せ替え人形にして眺めるには、平凡な容姿の私は物足りないと思うけれど……。
「ありがとう。着るね……」
「うん。足、貸して」
男は私の足首にある鎖を外す。これ着替え終わったら、また嵌めるんだろうなあと思ったので、尋ねてみた。
「これ、面倒じゃないの? つけたり外したり……」
「何で? ルナちゃんのためなら、何も面倒なことなんてないよ」
そうだね、面倒だったらわざわざ拉致して面倒なんかみないよね……。黙ってされるがままにしておいた。
着替えて部屋から出る→可愛いねと男がベタ褒め→ありがとうと私が答える→鎖を嵌める、の一連のやり取りを終え、顔を洗ってリビングに行くと、甘い香りが漂ってきた。
「はい。朝ごはん」
「ホットケーキ……」
ふわふわのホットケーキの横には、紅茶が置かれていた。私の好きなロイヤルミルクティーだ。私は、コーヒーは苦手で紅茶が好き。紅茶はレモンよりミルクが好き。甘いものは大好きで、ホットケーキも大好物。
温かいホットケーキを、男が一口大に全て切り分けてから、メープルシロップをかけて私に出した。
「……いただきます」
ふんわりとした食感。そしてたっぷり染み込んだメープル。美味しい……。ホットケーキなんて食べたのはいつ以来だろう。そもそも、最後に朝ごはんを食べたのも、いつだったっけ。
「美味しい?」
「うん、美味しい、ありがとう」
これは本心だった。特に演技しなくても言えた。男も満足したのか、自分の分のホットケーキを食べ始める。……よし、今だ!
「……、はい、あーん」
切り分けられたホットケーキを、男に差し出す。多少声が不自然になったのは許してほしい。
こっちは彼氏もいないし言いなれてない。いや、私はこのヤンデレ男に好意があるわけではない、これは芝居の台詞みたいなものと割り切っているのだ。
男は……少し驚いた顔をしながらも、私のホットケーキを食べた。
「うん。美味しい。ルナちゃんに食べさせてもらうと、それだけで甘いね……」
「そ、そう?」
メープルかかってるからだと思うけど……でも笑顔で答える。
「じゃあ、僕も。はい、あーん」
「……。」
なんとなく予想がついていたけれど、私も男からのホットケーキを食べる。
うん、心を無にするんだ。今私の頭の中にあるのは、親鳥からエサを貰うツバメの雛である。
そもそもお互い同じホットケーキなのに食べさせあいっこする意味があるのかは、この際脇に置いておこう。
久しぶりの朝ごはんは、そんなわけですごく時間がかかった。
とまあ、色々甘ったるい食事を経て。
私はリビングのソファーに座っていた。
暇だ……。
よく考えれば、私ってここで、食べるか座っているかしかしてないじゃないか。いや、監禁された人間が何を贅沢言っているんだという話なのだけれど……。割合いいもの食べさせられているから、このままでは、太りそうな気もする。
「ルナちゃん、映画でも観る?」
「えっ?」
食事の後片付けをしていた男が、カウンターキッチン越しから私に声をかけた。
「観たい映画があれば、言って。ドラマも色々あるよ」
男に言われ、壁のラックに入っている冊子を取り出した。それは動画配信サービスのカタログで、ラインナップには、最近の話題作なんかも載っている。
「い、いいの……?」
「うん、一緒に観よう」
えっと、でもこの部屋、テレビとかないよね? と疑問に思っていると、男はリモコンを操作した。
ウィーンと音がして、都心を一望できる窓にブラインドがかかり、天井からスクリーンが降りてくる。ええっ?
「ホームシアター……?」
「うん。ルナちゃん、家で映画観るの好きでしょ?」
そう、確かに、私の数少ない趣味は映画鑑賞だ。それも、映画館で観るより、家で観る方が好き。
公開から少し待ってから、DVDを借りてきた方が、お金がかからないというのもあるけれど……外に出て、映画館で不特定多数の他人と一緒に観るより、気が楽で落ち着くのだ。
「……じゃあ、これ……。あ、でも」
好きなシリーズもの映画の最新作を選んだところで、でもこの男が、このシリーズ知らなかったら不愉快かな? と思い直す。だけど男は私が映画を選びなおす前に、さっさとリモコンを操作した。
「いいよ、これにしよう」
男は私の横に座り、映画を選んで再生する。
「これ……でもシリーズだけど、前作観たことないと……」
「いいんだよ、僕は楽しんでるルナちゃんを見てるだけで」
出た! ヤンデレ!
「……あ、ありがとう……」
映画が始まった。大きなスクリーンは家のより迫力がある。一瞬、監禁中だということも忘れてしまいそうになるが、横目で男を見ると、うん、がっちり私を見ていた。
目が合うと、首を傾げながら微笑まれる。
う、うん……今は映画を観よう。そうしよう。
それにしても。
意外とこの男、紳士的だ……。
拉致監禁されている前提を無視すれば、私に最大限親切にしてくれるし、無理矢理手込めにするようなことはしてこない。
……。
私は試しに、手に汗握るアクションシーンで、さりげなく男の手の上に手を重ねてみた。
すると、男の方が驚いて、微かに震えた。そのままにしていると、ゆっくり、ゆっくりとだけど手を握られる。息を吐き出して、囁かれる。
「……大好き、ルナちゃん」
「……。」
わあ……。
この年まで恋愛経験のない私であるが……ヤンデレは、案外チョロいのかもしれない。
「う、うん、その……」
と、まあ、ここで私も好きよ、みたいなことが言えればよかったのだけど。その言葉は出てこなかった。
「照れてる? ルナちゃん、可愛いなあ……」
「う、う……」
その後、映画の間どころか、ほぼ、一日中男は私の手を離さなかった。
何度も握ったり、手の大きさを比べたり、指を絡めたり、よくもまあ飽きないなというくらい私の手にうっとりしていた。
ヤンデレはチョロい。しかし取り扱い注意であった。
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「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ……」
男は、愛しい瑠奈が自分の部屋に入るのを見送った。本当なら寝入るまで……いや、一晩中眺めていたいところだけど、きっとまだ彼女はそれを嫌がるだろうから。
ふふ、と男は幸福な今日一日を思い出して笑んだ。
彼女の手で食事を食べさせてくれた。可愛い手に触れさせてくれた。しかも、彼女から。
彼女に触れるのは天にも昇る気持ちだったが、その一方で、あんな可愛いことをされたら、歯止めが効かなくなるところだった。
「はあ、……ルナちゃん」
溜まった気持ちを鎮めるように、息を吐き出す。
自分はずっと、ずっとずっとずっとずっと前から彼女を見ていた。だから今の彼女が、自分に好意を向けたかのように振る舞うのは、そうした方がよいと判断してそうしているのだということが、よく分かっている。
そう思うと触れられることも、却って切ない気持ちになるが、仕方ない。彼女は自分の気持ちを抑えることに慣れすぎているのだから。力のない彼女は、いつも自分を殺して周りに合わせることで、自分を守ってきた。
まずはどこまでも、どこまでも甘やかしてあげたい。彼女がここにいる限り、どんなワガママも聞いてあげたい。
男は、瑠奈の部屋から延びる鎖を指に絡め、うっとりと頬擦りした。




