監禁1日目、その2。逃げ出す隙がありません。
私の名前は中条瑠菜。
都内で一人暮らしをしていたごく平凡な会社員です。別に美人ではないし、背も低くてスタイルも特段良くないし、性格だってこれといって普通……だと思うし、今までの人生でモテたことなんてないし、だからなんでこの男が私に目をつけたのか理解できないけど……なぜか今、知らないヤンデレ男に監禁されている。
「じゃあ、そろそろ晩御飯にしよっか」
「えっ、あっ、はい……」
全然お腹がすいていない……。
この異常事態に呑気になれないというのもあるが、さっき男にケーキを食べさせられた上、私は半日近くほとんど動いていなかった。
何をしてたかというと、私はほぼ微動だにしないで、リビングのソファーに座っていた。それはなぜかというと、男に監視されていたというか……男が笑みを浮かべながらずっと私を見ていたからで。
「その……そんなに見なくても……」
「ルナちゃんのことは、ずーっと見てても飽きないよ。可愛いなあ」
時計を見ると三時間少々だったけど、時間の進み方がものすごくゆっくりに感じて、永遠かと思った。
精神的にはがっつり疲れていた私は、男がキッチンに行ったところで大きく息をついた。……はあ。
思わずソファーに横になる。カーテンの隙間からでも、外が夜になっていることがわかった。
……窓。
このカーテンを開けたら……外が見える。
鎖で繋がれてるから逃げ出すことはできないが、ここが、どこか分かるヒントがないだろうか? いや、分からないにしても、窓からもし私の様子を見てもらえば……誰か通報してくれるかもしれない。
私は耳をすませた。男はキッチンでごそごそやっている。ほんの一瞬……カーテンを開けて外を見るだけ……。
私はできるだけゆっくりと、音を立てないように窓に近付いた。鎖が微かに音を立てるたび、ぎくりとしてしまう。
あと少し。
あと少しで、カーテンに手が……。
「ダメだよ」
すぐ背後から聞こえていた男の声に、私は固まり、振り返った。
急いで窓から距離を取る。
「ち、違っ……」
「ごめんね……ルナちゃん」
なぜ謝る!?
男はくすっと笑うと、リモコンを操作して部屋の電気を消し、間接照明に切り替えた。仄暗い中、男はこっちに近付いてくる。
なんで暗くするの!?
怖い、怖い怖い怖い――
私は咄嗟に体を守り、そして男は――カーテンを開けた。
「……へっ?」
「見て、ルナちゃん」
窓の外に広がっていたのは――都心の夜景。数えきれないほどの光の粒と流れが、遥か下に見えた。
「えっ、ここって……!?」
「キレイでしょ? 昼間も見晴らしはいいんだけど、やっぱり夜景が素敵だから。ルナちゃんを驚かせたくて、今まで隠してたんだ」
ここって、まさか……高層マンションなの!?
周りに高い建物はなく、視界はまったく遮られない。東京タワーが見えた、ということは東京の都心なのだろう……私は素晴らしい夜景を見ながら二つの事実を知る。
窓から逃げるのは不可能ってこと。
窓から誰かに助けを求めるのも無理ってこと。
「お、驚いた……」
「いい部屋でしょう? マンションだけど、防音がしっかりしてるから、どんなに隣や上下で騒がれても、全然聞こえないんだ。せっかくのルナちゃんと一緒にいる時間、邪魔されたくないから……」
「…………。」
男の言葉に裏を感じる……。詰んだ……。
食事の後、(ちなみに晩御飯はミネストローネとサンドイッチだった。準備にほとんど時間がかかっていなかったから、料理したのではなく、多分市販品を出したんだろう。軽食なので食べられた。美味しかった)しばらくまた男は飽きもせずに私を眺めていたけれど、時計の針が九時を差したあたりで、男が言った。
「じゃあ、お風呂入ろっか」
「え……? でも、」
鎖のついた状態では服が脱げないから難しいんじゃ……と、どこか諦めの境地で思うと、男に左手を取られた。そして。
カシャン、と音がした。
「ほら。お風呂、入っておいで? もう沸かしてあるからね」
「えっ!?」
あっさりと、男は私の手錠を外したのだ。私が呆然と男を見ていると、男はなぜか顔を赤くした。
「……えっと」
私は急いで、床を蹴る。廊下に続くドアに飛び付き、必死に走ろうとしたところで――
「ひ……っ」
男に腕を捕まれた。そのまま、肩を掴まれて、こちらを向かされた。その力は強くて、痛い。怖い。私は恐ろしさのあまり、男の顔を見れなくて、俯く。
「ルナちゃん。どこに行くの……」
「あっ、あ、う…………! お、お風呂入るから――」
「うん、そうだね。一緒に行こうか……」
男は私の腕をしっかり掴んだまま、洗面所に連れていった。女の私でそれが振りほどけるはずもなくて、できるだけ抵抗せず、されるがままついていくのが一番痛みがない方法だと察した。お風呂場からは、どこか花のような、甘い匂いがする。
「ルナちゃん、着替えは全部ここに置いておいたからね……」
「はい……」
男はそう言って、洗面所と廊下を繋ぐドアを閉めた。一人残された私は、ずるずると床に座る。
ああ。鎖が外れたことで、咄嗟に逃げ出してしまったが……冷静になって考えてみれば、私と男では、追いかけたり争ったりという身体的なやり取りになれば、圧倒的に不利だ。大体私はどんくさいのである。すぐ捕まってしまった。
どうしよう……。
男は洗面所のドアのすぐ向こうにいて、私を監視しているのが、気配で分かる。
正直、裸になるのはすごく心細い。が、いつまでもこうしているわけにも……。
うう、あのヤンデレ男が私を襲う気なら、拐われた時にとっくにそうなっているはずだ!
どうとでもなれ!
私はできるだけ素早く服を脱いで、風呂に入った。甘い匂いは、お風呂場に垂らされたアロマオイルらしい。花の香りで……どちらかといえば、私の好みの香り。
私は湯船に浸かりながら、考える。
ヤンデレ男は、私を監禁し、決して逃がそうとしないが……私が不自由はしないようにはしている。
私の好みをここまで把握しているというのは、もうかなり気持ち悪いのだが、最大限もてなされているのも確かだ。
案外、私が困らない範囲で鎖は外してくれるようだし……男の機嫌を損ねないように気をつけていれば、そのうち逃げ出す機会が出てくるかも……。
私の頭がもっと良かったら、何かいい方法が思いつくのかもしれない。ただ、現状では、他にどうするべきか思い付かなかった。
お風呂から上がり、ヤンデレ男の用意した服を着る。リボンとレースがたっぷりの、ひらひらネグリジェだった。
男の気分を害すると不味いので大人しく着てみたが、これ、……アラサーの会社員には可愛すぎじゃないかなあ?
ゆっくりと廊下に出てみると、ヤンデレ男はドアの横に立っていて……私を見ると、両腕を広げた。
「ルナちゃん! すごく可愛いよ!」
「その……恥ずかしい……ですが」
そう言うと、男は首を傾げた。
「どうして? とっても可愛い、お姫様みたいだよ」
「……う」
私はぐっと拳を握りしめた。
ここだ! 言うんだ!
「あっあああありがとう! あなたに可愛いって言ってもらえてうう嬉しい!」
これでどうだ!?
ヤンデレ男の好感度を上げて、信用させて監視を緩くし、淡々と逃げる機会を窺う作戦!
ちょっとカミカミになってしまったが、伝わったのではないだろうか!
「ルナちゃん……!」
男は満面の笑みでこっちに近付いてくる。目は輝いているけど、これはこれで別の恐怖を感じる。
風呂上りなのに、冷や汗がダラダラと背中に流れた。つい、一歩後ずさってしまったが、いや、これでは男から逃げていると思われると思い直し、必死にごまかす。
「の、喉渇いたなっ……」
「うん、冷やしたローズヒップティーがあるよ。飲む?」
「ありがとう……」
再びリビングのソファーに座らされ、まずは男の手で、私は鎖をつけられた。ただし、手首ではなく足首だ。拘束度合いとしては一緒だが、こっちの方が、色々と邪魔にはならない。
「今お茶を持ってくるからね」
「うん……」
なんだか段々と眠くなってきた。この状況で寝てる場合ではないと主張する自分もいるけれど、精神の緊張が限界に達しているのも事実で、一方でお腹いっぱいお風呂上り、では眠くなるのも仕方ないわけで……。
朝起きたら、何もかも夢だった、とかならないかなあ……。
そう思いながら、ソファーに体を預けたまま、目を閉じた。
■
男は、冷たいグラスにピンク色のハーブティーを注いで、瑠奈のところに来た。
「ルナちゃん……」
しかし、瑠奈が寝息を立てているのを見て、男は静かにグラスをテーブルに置く。
疲れているのだろうな……一週間毎日遅くまで残業していた上に、起きたら知らない男に監禁されていた、じゃ、仕方もない、と男は瑠奈の額にかかった髪をどけながら、優しく髪を撫でる。
ああ、寝顔も可愛いな、ずっと見ていたい……でも、このままじゃ湯冷めしちゃうな。
自分の前で眠ってくれたことが素直に嬉しいし、彼女の細い体を抱き上げてベッドに運べるということも、男にとっては至上の喜びだった。
起こさないように注意しながら、優しく瑠奈を抱え上げて、彼女のために用意したベッドに寝かせた。
「おやすみなさい、ルナちゃん……」
愛しているよ。
部屋の扉が、静かに閉じられた。




