解放。崩壊。
私は彼を抱きしめた。彼も私を抱きしめる。
「何か、お土産……ルナちゃんの好きなケーキ、何でも買ってくるよ」
「そんなのいいから、早く帰ってきて……」
「ん……。うん、わかった。お昼までには戻るから。一緒にご飯食べようね」
彼は仕事でコンピュータのソフトを作っている。パソコン作業は、在宅でできるし、業務連絡もネットでできるのだけど、月に一度程度、どうしても出社しなくてはいけないらしい。
……仕方ないって分かっているけど、離れたくない。だって不安になるから。彼も、さっきから、行かなくちゃ、もう行かなくちゃ、と言いながら、全然私から離れようとしない。
彼もやっぱり不安なんだろうか。自分がいない間、私がどこか行かないか。
「……ねえ。鎖で、繋いでって」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、甘えた声でお願いをした。
「え?」
「ここに最初来た時みたいにして。私ずっとここで待ってるから」
「……ルナちゃん」
私はあれから、リビングの柱とも、彼とも鎖で繋がれていない。その代わり、私達はずっと一緒にいて、鎖以上にお互いを縛っていた。彼がここにいないなら、せめてその間、彼の鎖で縛られていたかった。
その方が彼も安心できるならそれでいいし、それに、彼は優しいから、鎖で繋がれた私のことを心配して、もっと早く帰ってきてくれるかもしれない。
「じゃあ……」
彼は首から下げた鍵を久しぶりに出して、私の足首を撫でながら鎖で繋いでくれた。
「大好き、ルナちゃん。愛してるよ」
「うん」
最後にそう言いあって、彼は出ていった。鎖のせいで玄関まで見送れなかったのはちょっとだけ残念だけど。
彼がいない部屋は初めてで、もともと広い部屋がとても、がらんとしたように感じる。
……待ってよう。
私はソファの上で、クッションを抱きしめながら横になった。
しばらくして、外が騒がしくなった。
ポーン、とチャイムの音が響く。私は体を起こして、ぼんやり考える。
(あれ……彼が頼んだものが、何か来たのかな)
彼は買い物をほとんどネットでするから、それが届いたのだと思った。でも、私は出られないし、仕方ないから居留守で済ませるしかない。宅配の人には申し訳ないけど、再配達してもらえばいいし。
だけど、チャイムの音は2回、3回と続いた。いつもと違う様子を感じて、私は体を強張らせた。
ガシャ、と鍵を開けようとする音。そして、開くのに失敗する音。その後、何度もドアを開けようと試みられる。
……彼じゃない。彼以外の人間が、ここに入ってこようとしている。
「中条瑠奈さん! 中にいるなら返事をしてください! 警察です」
(――えっ……!?)
私は激しく混乱した。
どういうこと? ねえどういうこと? なんで警察がここに来るの?
知っているはずの理由に必死に蓋をする。私は隠れようとした。私はここにはいない。だからどこかに行って。お願い。私はここで彼を待ってるのに。その時、私の足元の鎖がチャラチャラ鳴った。
どうしよう、どうしよう、どこに隠れたらいいの? クローゼットの中? ベッドの中? でもこの鎖がある限り、私はどこにも行けない。
外の物音がどんどん大きくなる。ガタガタと固いものがぶつかるような音。鍵をこじ開けられているんだ。
「や、やだ……助けて……」
早く帰ってきて。私はここにいたいのに。
そうだ彼は――彼は大丈夫なの?
迷っているうちに、鍵がこじ開けられた。そして、玄関の扉が勢いよく開いた音。私はどうしようもなくてソファの後ろに隠れた。でも、そんなところにいても、隠れられるわけがない。
ドカドカとたくさんの足音が、私と彼の家に踏み込んでくる。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「中条さんですか!?」
「あっ……」
私は腕で体を庇う。必死に逃げようとするけれど、彼らは私に近付く。嫌だ。嫌だ。
「嫌っ! 来ないで、来ないで!」
「大丈夫です。私達は警察です。あなたを助けにきました」
ちがう。わたしは。
「いやあっ、いやっ! 私は」
「大丈夫です。もうあの男は来ませんから」
あの男、が誰を差すのか。分かりたくないのに、分かってしまった。
嫌だ。彼に、彼に会いたい。
必死で抵抗する私を押さえて、私の話を聞かないで、この人達は私をここから引き剥がす。
「長く監禁されて混乱しているんだ、あまり刺激するような事を言っちゃだめだ」
「鎖……? おい、誰かこれを切れる工具持ってこい」
「病院は? 警察用の」
ちがうの、わたしは。わたしは。ここにいたいの。
あいしてるっていってくれたのはあのひとだけ。わたしのことあいしてるっていってくれたの。
わたしは、ここでかれをまっていたいのに。
「いやああああっ! 助けてええっ!」
必死で叫んだのに、覚えている限り、必死に叫んだのに。
そこから先の、記憶はない。




