由佳里の動機
築地由佳里は、どこにでもいるような平凡な女子高生だった、
――そう言い張ることができたらどんなに幸せなことだろうか。
何度辞書を引き、赤線を引いても、築地由佳里は平凡という言葉からほど遠かった。
由佳里は日課のように鏡の前で吐息する。
有りていに言えば、由佳里は容姿にコンプレックスを持っていた。
昭和初期を思わせるかのような野暮ったい三つ編み、昭和の人のような昔体型、眉などはげじげじがいると近所の小学生に虫網を被せられたほどだ。
神様が生まれる時代を半世紀ほど間違えたとしか思えないのだが、その分、他の部分を優遇してくれたわけでもなかった。
高校に入った当初、クラスメイトがノートを片手に尋ねて来たことがある。
「築地さん、築地さんって頭良さそうだよね。悪いんだけど、数学の宿題、写させてくれないかな」
ふたつ返事で了承する。
もしかしたら友達になってくれるかも、あるいは高校では孤立しないように、そんな打算が働いたのかもしれない。
しかし、数学の時間が終わると、淡い希望が打ち砕かれたことに気が付く。
「……ごめんさい」
蚊の鳴くような声で呟いたが、彼女の耳には届かない。
放課後、補習で彼女と顔を合わせたが、視線さえ合わせてくれなかった。
当然だと思った。
図形の面積を求める問題で、数式を使わず、定規で測るような女の宿題を写したらどうなるか、火を見るよりも明らかだったからだ。
委員長然とした容姿、図書委員を長年勤め上げた実績、どれを取っても勉強ができる、というイメージを助長するに十分だったが、現実は正反対だった。
この高校に合格したときも、父も母も最初は信じようとしなかった。真実だと認識したらしたで、お赤飯や紅白饅頭を手配するといった具合だった。
さもありなん、母親などは本気で高校浪人を視野に入れていたし、父親は裏金を用意していた節があるほど娘の学力を心配していたのだ。
普通の娘なら、自尊心をずたずたに引き裂かれるような数々の行動だが、由佳里は心を痛めることはなかった。
むしろ感謝しているほどだ。
公務員家庭なのに家庭教師を付けてくれたこと、
毎日、夜食を用意してくれたこと、
娘の頭が良くなりますようにと書かれた絵馬が全国放送で映されたこと、
すべてが高校合格に繋がったと思えば、感謝してもし足りないほどだった。
なにせそのおかげで――
由佳里は視線をクラスの中心に移す。
中心とは物理的空間であり、精神的な意味合いも持っていた。
文字通り、彼はクラスの中心なのだ。
彼の周りに人垣ができない日はなかったし、笑いが途絶える日もなかった。
男子女子問わず、自然と彼の周りに人が集まり、心地よい時間が流れる。
意識するでもなく、それができる少年、それが卓弥だった。
築地由佳里が想いを寄せる、初恋の人である。