エピローグ
N県で起きた一連の殺人事件、後にマスコミは双子館の狂気、と称し、大々的にかき立て、扇情的にあることないことを書き上げたが、それも一ヶ月もすると沈静化する。
ことさら、冬子の祖父が尽力したわけではない。
世間の人間は忘れっぽく、飽きっぽかった。
次のゴシップを見つけては、人々の興味をそちらに移し、視聴率と大衆紙の部数を稼ぐ。
冬子は学校を転校した。
人の口に戸は立てられない、と配慮し、気を利かせてくれた結果だろうが、別にそんなことはどうでも良かった。
友人も恋人もいない世界だ。
この先、どうなろうと知ったことではなかった。
――ただ、自分の未来を楽観的に考えなくなっただけで、別に人生を諦めたわけではなかった。
最愛の人との別れ、そして死、
あの館で過ごした数週間、
あの館でできた友人、
あの狂気に満ちた濃密な時間は、冬子の人生観を変えるのに十分だった。
冬子は高校を卒業したら、進学はせずに働くつもりでいた。
手に職を付け、自立したかった。
祖父に反発している、という側面がないわけでもないが、ともかく、自分の力で生きてみたいのだ。
あの館で死んでいった人たちの分まで生きてやる、というとかなえ辺りが余計なお世話だ、と怒りそうだったが、それでも自立し、自分の力だけでどこまでやれるか、確かめてみたくなったのだ。
そんなふうに考えながら、今日も詰まらない高校生活を送る。
当たり前だけど、彼氏はいない。
友人もいない。
ただ、クラスメイトと呼ばれる存在はいて、時折、話しかけてはくれる。
今日もお節介焼きのクラスメイトが、帰りにマックに寄っていかない?
と話しかけてくれた。
これで三度目のお誘いであるが、冬子はその都度、断っていた。
馴れ合いたくない、という気持ちもあったが、それ以上に親しくなりたくない。
という気持ちもあるのかもしれない。
また友人を失ったらどうしよう、と臆病風に吹かれているのかもしれない。
こんな臆病な自分の姿を見て、かつて友人と呼んだ少女達はどう思うだろうか。
かなえは「臆病者」と蔑むだろうか。
ナナコは「意気地がないですな」と注意してくれるかもしれない。
――そう思ったからではないが、冬子は三度目の誘いを受けることにした。
女子高生ならば、学校帰りに買い食いをするのが普通だろう。
これから社会に溶け込もうとしている人間が、それくらいの人付き合いができなくてどうする。
強引に自分を納得をさせると、クラスメイトに「一緒に行ってもいい?」と返事を返した。
彼女は満面の笑みを浮かべ、「もちろん」と答えてくれたが、じゃあ、鞄を取ってくるね、と教室へと戻っていった。
冬子はその後ろ姿をぼんやりと見詰める。
あの館で一緒に過ごしていた少女達はこのような日常を送っていたのだろうか。
そう思いを馳せてしまったからだ。
そんなふうに考えながら、廊下の窓から後門を見下ろす。
下校時間だ。
多くの少女たちが校門を通り、家路についていた。
見慣れた光景だ。最初は違和感などなかったが、
それに気が付いた冬子は、鞄を持ってやってきたクラスメイトに頭を下げた。
「ごめんなさい、誘ってくれたのは嬉しいのだけど、急用ができたわ。今度、埋め合わせをするから、そのときにまた誘って」
冬子はそう言い残すと、廊下を駆け出した。
学校の廊下を駆けるなど、人生で初めてのことだったが、気にしなかった。
階段を大股で駆け下り、スカートが翻る。
教育指導の教諭に見つかれば、小言を言われること必須だったが、そんなことなど気にはならなかった。
廊下の窓から見えた『少女』を確認したい気持ちしか、今の冬子にはない。
体育でも見せないような機敏な動きで後門の前まで走り抜けると、そこには誰もいなかった。
先ほどまで存在したはずの車いすの少女はいなかった。
冬子は全身を肺にしながら呼吸を整え、周囲を見渡すが、そこには冬子の求める少女はいなかった。
この学校の生徒たちであふれている。
額に玉のような汗を流し、血相を変えている冬子が珍しいのだろうか。
周囲の女生徒たちは心配げに、あるいは奇異の視線を向けていたが、冬子はなんだかとても可笑しくて仕方なくなった。
冬子はひとしきり笑うと、きびすを返した。
先ほど寄り道を誘ってくれたクラスメイトに謝るために。
彼女に話す第一声は決まっていた。
「ごめんなさい。校門の前に知り合いを見かけたような気がするのだけど、勘違いだったわ」
彼女はその言葉で冬子の非礼を許してくれるだろうか。
人生で友人と呼べる存在をふたりしか持ったことのない冬子には計りかねるが、今の冬子にできるのはそれだけだった。
これにて完結となります。
最後までお読みくださりありがとうございました。
機会があればサイドストーリーや新章を公開する予定なので、ブックマークはそのままにしておいてくださると嬉しいです。
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