表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/54

冬子とかなえの昼下がり

 日曜の昼下がり、決まった時刻に現れるふたりの美少女は、店員たちの間でちょっとした話題になっていた。


 黒髪を腰まで伸ばした人形的な美少女、

 色素が薄い肌と髪の中性的な美少女、

 人々の視線を惹き付け、さまざまな妄想を巡らせるのに十分な題材だった。


「当然、黒髪の子がネコね」


「いやいや、逆も案外」


 無論、給金を貰っている以上、いつまでもそんな妄想に浸っていることは許されないし、用もないのに彼女たちの席に近づき、会話を盗み聴くわけにもいかない。


 ただ、仮にもし、そんな不埒なものがいたとすれば、彼女たちの間で交わされる会話の散文さと攻撃性に驚くことだろう。


「今日は私がここの代金を払うわ」


「いや、結構、でもボクが奢るのも癪だから、ワリカンで行こう」


「ワリカン? なにかしら、それ」


 かなえはワリカンなる日本的システムの利点を説明したが、鼻で笑われた。


 結局奢る奢らないで三〇分、この店を買い取る買い取らないでもう三〇分費やすことになったが、それでも本題は始まらなかった。


 どん、と少女たちの目の前に置かれる山盛りのポテトフライ。


 冬子は当然のように、

「何かしら、これ?」

 と、問うた。


「ポテトフライも見たことないのかい? お嬢様って人種は。まったく、普段はどんなものを食べてるのやら」


「違うわ。なぜ、注文したか聞いているの。私は昼食を済ませてきたわ」

 

 かなえは、「ボクもだよ」と平然と言う。


「これはボクが食べるの」


「……昼食を食べて来たのでしょう? この量、尋常じゃないわよ」


「お嬢様は学校帰りに買い食いもしないのかい? 普通の女子高生は、学校帰りに友達とこれとドリンクバーを注文して、飽きるまで喰っちゃべって、青春を謳歌するんだよ」


 事実の一端を突いているが、八〇〇キロカロリー超のポテトフライをひとりで食し、その体型を維持できるのは、世界広しといえどもそうはいないのではないか。


 かなえは呆れる冬子を尻目に、一二センチのシフォンケーキと、鶏の唐揚げを注文すると、「お小遣い前だし、腹八分目というし」と信じられない言葉を残し、メニューを元の場所に置いた。


「何じーっと見てるんだい? 欲しいなら分けてあげるよ」


 冬子は真っ青にして首を振る。

 その動物めいた食欲は、見ているだけで胃液が込み上げるのだ。


「……卓弥はきっと大食らいの女は嫌いよ」


 ぽつりと漏らす冬子。

 かなえの手が止まる。


「……何を根拠に?」


「高梨家の血よ。私が身の毛もよだつのだから、卓弥もきっと不快になるわ」


 かなえは「なあんだ」とケーキを口一杯に頬張る。


 歯牙にも掛けられなかったことが腹立たしいのだろうか、冬子は攻撃の手を緩めない。


「第一、あなたみたいな大食らいと結婚したら地獄だわ。卓弥のお給料が全部食費になってしまう」


「それは君も一緒だろう。確かに量は圧倒的だと自分でも認めるけど、質は君の方が千倍上だ。君が奥さんになったら、エンゲル係数は一〇〇パーセントを超えるね」


「私はそんな浪費家じゃないわ。卓弥と結婚できるなら、粗末な食事にも耐えられるわ」


「粗末な食事って表現がそもそもお嬢様なんだよ。ちなみに今君が汚物を見るような目で見ている物は、庶民には御馳走なんだ」


冬子は肩を震わせる。よほど悔しいのだろう。


冬子はかなえの許可を得ることもなく、手掴みでフライドポテトを口に詰められるだけ詰め込むと、


「んみゃいわ、むしゃむしゃ、こんにゃ、ごちそうをみゃいにちたべられるなら……、ごくり、こんな御馳走を毎日食べられるなら、高梨の名も惜しくはないわ」


 と、言い放った。


 かなえは呆れながらその行為を見つめると、


「そりゃあ、最高級のフライドポテトも、場末のファミレスのフライドポテトも、味に大差はないでしょうに……」


 とは、言わず悪戯心を全開にさせた。


「なによ、これ?」


 冬子は赤い小瓶を受け取る。


 かなえは、

「庶民が使うトマトケチャップさ」

 と言い、たくさん振り掛けるよう指示した。


「これを掛けて食べてこそ、いや、掛けて食べないで庶民という言葉を使って欲しくないね」 と、かなえは嘯くが、冬子はその言葉を真に受けたようだ。


「ああ、『コレ』ね、知っているわ、前に使ったことがあるもの。美味しかったわ、うちにも常備しようかと思ってたくらい」


 冬子はそう言って大量に赤く染まったポテトを口に含むのだが、当然、顔を真っ赤にさせる。ちなみに怒りのためではない。


 いまだにこれが庶民のトマトケチャップだと信じ込んでいる冬子は、怒色を見せることはなく、それどころかにこやかに完食し、一言だけ口にした。


「――うまい」


 その根性は見上げたものだった。


ちなみに冬子はそのまま倒れてしまい、肝心の「卓弥の秘蔵写真交換会」はお流れになってしまう。


 繰り返すが十全かなえと高梨冬子の間に友情めいたものは一切ない。

あるのは、敵意と打算と緊張感と利害関係だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ