自己紹介と命名
ショットガンで頬杖を突いている少女の姓は十全、名をかなえという。齢は十八歳でさる理由によりまだ高校二年生とのこと。
肩まで伸びた亜麻色の髪がとても綺麗で、本人いわく、黙っていれば美少女の典型例だそうだ。
性格に難があるのだろうか。
しゃべり方は独特であるが、竹を割ったような性格と人なつこさは、度さえ超さなければ世間では有用に思えるのだけど。
もっとも、淑女の部屋のドアノブを躊躇なくショットガンでぶち壊すのだから、相当アレな人に変わりなく、なるべく早い段階で銃から弾薬を抜いておいた方が良さそうである。
続いて一同の中で唯一のショートカット、見ようによっては美少年に見えないこともない少女こと田島春。
しかしショートカット=明るく元気という定型はいつでき上がったのだろう。明るく元気な子が髪を短くするのか、髪を短くすると明るく元気になるのか。
鶏か卵のジレンマも本人は一言で解決する。
「癖っ毛なもので」
田島春の後ろに隠れるようにこちらを覗き込んでいるのは、築地由佳里。初見で彼女の気の弱さを見抜くことができたが、さらに分析をするならば、彼女はクラス委員か図書委員をしており、あだ名は委員長か文学少女、といったところか。
残念ながらあだ名は外れていたが、図書委員は当たっており、本人は目を丸くしていた。
まあ、今時、黒縁眼鏡に三つ編みの図書委員など、コントでも出てこないような気もするけど……。
そして、濡れ鼠にタオルを貸してくれた恩人、久留里一華。前三人は年齢こそ違ったが、高校生という共通点があった。ゆえに少女の灰色の脳細胞はこの面子の共通点のひとつではと思ったのだが、さっそくぶち壊してくれた。どうもありがとう。
容姿は一同の中で一番可愛いらしい、かもしれない。かなえ嬢はどちらかといえば美人属性にカテゴライズされるからだ。もっともそれは女の目から見た話で、世の殿方はボーイッシュ萌えとか眼鏡っこ萌えなど、細分化されておるらしく、そういった点では一概に言えない。
濡れ鼠は彼女のことが一番好きだ。なぜならば彼女がパンツを貸してくれたからだ。赤の他人に下着を貸してくれる娘などそうそういない。この子は良い娘のはず。
これで全員の紹介は終了。
少なくともこの場にいるものは――
賢明な人ならば、灰色の脳細胞を持つ濡れ鼠に平手打ちをかましたツンデレちゃんの紹介がないと気がつかれるであろうが、彼女の紹介はできない。なぜならば彼女は、
「こんな殺人鬼がいる部屋になんかいられないわ!!」
という捨て台詞を残し、二階へと上がってしまったからだ。
ホラー映画で真っ先に死ぬタイプである。
濡れ鼠は心が広いので、彼女の安否を気遣ったが、それよりもまず重要な案件を処理することにした。
「いやあ、濡れ鼠という呼称も悪くはないのですが、いささかヒロインの呼称に相応しくないように思われませんか?」
「そうだね、前半がなんだか官能的で、後半がゲゲゲっぽいから、なんか中途半端だ」
一同で一番ノリが良いかなえが最初に同意してくれた。
「もしこの話が映像化されたとき台本を渡された女優さんが嫌な顔すると思うのです。ナタリー・ポートマン女史に申しわけない」
「あんた、自分の役をそんな大物にやらせるわけ?」
田島春は呆れた、と付け加えた。
「もちろん、お春さんにも素敵な配役を用意していますよ。今、話題の雑誌モデルから、酢いも甘いも噛み分けた舞台女優まで、選り取り見取りです」
「ハイハイハーイ!」
元気よく挙手したのは濡れ鼠に下着を貸してくれた子だった。
「はい、一華嬢」
「アニメ化されるなら、一華の声は有名声優さんがいいです!」
漫画化された場合は作画をハンターハンターの人という注文も付け加えられたが、「前向きに検討しておきます」の一言で切り捨てた。そんなことをしたら遅々として進まない本編が完結しないではないか。
そういえばこの話の端緒も別の議題であったような気がするので、本筋に戻すことにする。
「えー、コホン、それで自分の名前でありますが、記憶喪失の神秘的な少女ということも踏まえ、ミスティというのはいかがでしょうか?」
「却下、どうもミスティっていうフェイスじゃないよね」
親から貰った大切な顔を言下に否定された。
「うん、なんか言いにくいよね」
「そうだね、うーん」
かなえは、濡れ鼠の身体をつま先から頭まで鑑賞すると、そのネーミングセンスを遺憾なく発揮させた。
「日本には古来より伝統的な名前の付け方があるじゃないか。君は名前も思い出せないのだろう?」
「左様です」
「じゃあ、君は名無しの権兵衛だ。うん、権兵衛、良い響きじゃないか」
「ご、権兵衛でありますか? ユニセックスの時代とはいえ、それはご勘弁を。せ、せめて、洋風の名無しの権兵衛のジョニーの女性名詞ぽいジェニーとか……」
「あんたってさっきからやたら欧米にこだわるよね」
かなえは呆れる。
「外人に迎合ばかりしおって、君には大和撫子の資質が多いに欠けているね。反省をうながしたい」
紛糾に紛糾、妥協に妥協を重ねた上、一華の何気なく発した「ナナコはどうですか? 名無しの権兵衛のナナからとってナナコ、なかなかプリチーですよー」という言葉で決まった。
濡れ鼠改め、ナナコはその名前に即座に飛びついた。このままではかなえ案のゴンコを押しつけられるところだったからだ。
さて、こうして薄幸の少女に人としての名が与えられたわけである。
ナナコなる凡庸にして安易な名前であるが、いざ自分の名前として口にしてみると、存外、しっくり来るというか、安心するというか、案外、ナナコは本名に近いものがあるのかもしれない。
「懸案のゴンコちゃんの呼称も決まったことだし、本題に入いろうか」
ナナコの感慨を無視して、場を仕切りだしたのはかなえだった。年齢に関係なく、彼女は天性のリーダーシップを秘めているようで、場の誰からも反対意見は起きない。もっとも、この閉塞された状況で他にすることはないのだけど。
こうして洋館の閉じ込められた六人の少女の会談が始まった。




