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第二のゲーム

 あたしたちの共通点は、兄貴がいるってことくらいだった。

 田島春は、唐突に口を開いた。


「――他に何ひとつ共通点はない」


 春は誰に聞かせるでもなく口を動かす。


「彼女の家は温かい公務員家庭、あたしの家は冷え切った母子家庭、彼女は本が読むのが好きで、あたしは音楽を聴くのが好き、彼女は運動が苦手で、あたしは運動が大好き」


 だから彼女とは、築地由佳里とは何ひとつ話が合わなかった。

 春は吐露(とろ)するように白状する。


「正直、彼女のことが嫌いだった。何ひとつ不自由することのない環境で育った癖に、世界中の不幸を背負い込んでるかのような陰気な顔が、うまくいかないことをすべて他人のせいにするその弱さが」


 でも――

 春の瞳に雫が溜まり、やがて球状を成す。


「でも、死んでいいなんて思わなかったッ! 死んで欲しくなんてなかったッ! こんなどこかも分からないような洋館であんな死に方を強いられるような子じゃなかった!!」 


 球状の雫が決壊し、涙と呼ばれるようになったそれは、止めどなく春の顔を濡らした。


「ねえ!? そうでしょ、あの子は殺されるような悪いことをしたの? その命で償なわなければいけないような罪を犯したの?」


 その問いに答えたのは、沈黙を守っていたナナコだった。


「主観的に見ればありませんね」


 憮然とした表情と口調で言った。


 春はそんなナナコに食ってかかる。「客観的に見ればあるとでもいうの!?」ナナコの揚げ足を取る論法で、子供じみているし、なんら発展性も健全性ももたらさない言葉であるが、発せられずにはいられなかったのだろう。誰かに感情をぶつけずにはいられなかったのだろう。


 それはこの場にいる全員に言えることだった。誰もが大声を張り上げ、責任を誰かに押しつけたかった。


 だが、ナナコはそのようなことはせず、諭すような口調で言った。


「客観的に、とは申しませんが、美月嬢的には十分理由があるのでしょう」


 ナナコは春の感情が高ぶらないことを確認すると続ける。


「由佳里嬢の敗北が決定した後、美月嬢は確かに由佳里嬢に退場するよう警告しましたし、由佳里嬢が冬子嬢に飛びかかろうとする瞬間まで、警告の言葉を止めませんでした」


「……それに従わなかったから死んで当然だとでも言うの?」


「………………」


 ホラー映画でいちゃつくカップル、戦場で婚約者の写真を戦友に見せる兵士、絶対に背中を押すなよと念を押すお笑い芸人、色々な例えが頭に浮かんだが、どれも口に出すのは適当ではなかった。


 ナナコは口の中で大きな溜息を漏らす、まるで若者の死体を背負い込んだかのような疲労感だった。


「……ナナコ」


 実際、ナナコは築地由佳里を背負い上げていた。


「このままにしておくのは可哀想でしょう。せめてベッドで眠らせてあげましょう」


 ナナコはそれだけ言うと、頼りない足取りで二階にある寝室へと向かった。


 築地由佳里の体重は、

 人の命は、


 想像以上に重いものだったが、ナナコは春のように美月を恨むことができなかった。



  


 ナナコと春が戻ってくると、場の空気が変わっていた。

 ナナコはすぐにそれが木村美月のせいだと察することができた。

 恐らくナナコたちが居ない間に第二のゲームの説明がされたのだろう。


「まったく、美月ちゃんも困ったちゃんだね。全員揃うのを待ってくれてもいいのに。きっかり九時に説明が始まったよ」


 かなえがやれやれとナナコに説明する。


「いえ、逆に助かりますよ。お春さんの気がまた高ぶっても困りますからね」


 ナナコは小声でそう返すと、かなえに第二のゲームの説明を求めた。


「ダイエットだよ」


 かなえはそう嘯く。


「いや、冗談はいいですから」


 ナナコは少し憮然とするが、教えて貰う立場なので、表情に気を遣った。

「いや、ほんとにダイエットなんだって」


 流石のナナコも呆れ顔になるところだったが、一華に視線をやると、彼女も「……ほんとなんです」と肯定をする。


 ナナコはそれでも信じられずにいる。


 が、よくよく考えれば前回のゲームはインディアンポーカーという緊張感のないものだった。最後に人死にが出たのもイレギュラーであり、主催者は少女たちに過酷な行為など今のところ一切させていない。


 もしかしたら、かなえの説明は真実なのではないだろうか。

 ナナコは改めて冬子の方へ振り向く。


 かなえと一華が信じられないわけではなかったが、彼女たちは前回、三人で組み、ナナコたちを蹴落とそうとした同盟者たちだ。彼女達の言を一〇〇パーセント信じ込むのは流石に人が良すぎるというものである。


 その点、冬子には貸しがある、とナナコは一方的に思ったのだ。


 それに高梨冬子という少女は頭は良いが、嘘のルールを教えて相手を陥れる、などという姑息な真似はしないように思えるのだ。


 ナナコは意を決すると、親の敵のようにこちらを睨んでる少女に話し掛けた。

 彼女は親戚の葬式を掛け持ちしているかのような面持ちで答えてくれた。


「――その男女の言うとおり、次のゲームはダイエット勝負よ」


「ま、マジでありますか」


「私が嘘を付いているとでもいうの?」


「いえ、決してそのような」


「ルールは単純よ。ダイエットをして、五人の中で一番体重を落とせなかったものが脱落。例の如く、自室に戻って薬を飲めば帰れるらしいわ」


 冬子はそう言うが、帰る気など毛頭無いらしい。それほど卓弥の思い人が知りたいのだろうか。あるいは卓弥を殺した人物を特定し、復讐がしたいのだろうか。


「うーん、前回よりも遙かに簡単かつシンプルですね」


「どっちも同じ意味じゃん」


 ナナコのボケにかなえが突っ込む。


「そうね、前回よりも分かりやすくていいわ。ダイエットなら姑息に野合される心配もないし」


 冬子は皮肉や酸味を隠さない。もっとも今から猫を被っても、彼女とチームを組もうとするお人好しなどいそうにないのだから、その必要もないのかもしれない。


「ダイエットでありますかぁ、自分は記憶喪失でありますが、このないすばでーから察するに恐らく、一度もしたことはないと推測できるであります」


 ナナコは雌豹のように身体をくねらせる。気分はプレイメイトだ。


「私も一度もしたことがないわ。大体、普通に食べて、普通に暮らしていれば、肥満になんてなるはずがないのよ。贅肉の量と自制心は絶対に反比例するわね。知っている? アメリカでは太っている人間は出世できないのよ」


 冬子は豪語する。その自信を肯定するかのように出るところは出てくびれているところはくびれている。


「ボクもダイエットはしたことないな。食欲は旺盛な方なんだけど、吸収率が悪いのかな? 横にではなく、縦に伸びているのかもしれない」


 確かにかなえはスレンダーな体型をしている。背が高く、胸が小さい。その手の筋の人なら「貧乳」と崇拝してくれるかもしれないし、スカウトマンの目に止まれば「ぱりこれ」も夢ではないモデル体型だ。


「……みんなスタイル良くていいね。あたしなんてすごく太りやすいから、日々、ダイエットと書いて自分との戦いの繰り返しだよ」


 春はようやく会話に参加する。由佳里の理不尽な死に納得することはないだろうが、このゲームを放棄する気もないようだ。ちなみに春が一番の巨乳かもしれない。


 そして最後に、一同は先ほどから沈黙している少女に視線を移す。


 彼女はなぜ、先ほどから一言も発しないのだろうか。 

 彼女はなぜ、先ほどから子鹿のように震えているのだろうか。

 数刻まで一緒に話していた少女が無残に殺されたせいだろうか。

 呪詛の言葉を残して死んでいった少女に自分の未来を重ねているのだろうか。

 ナナコは超能力者ではなかったが、そうではないと断言することができた。

 彼女の瞳は、明らかに敗北に怯えていた。

 このゲームに敗北し、卓弥の思い人を知る機会を失うことを恐れていた。

 さもありなん、彼女の身体はあまりにも小さすぎた。

 このゲーム、体重が一番少ない人間が勝つわけではないのだ。


 体重を一番『減らすことができなかった人間が負ける』のだ。


 枯れ木のように細い少女から、これ以上どう肉を削ぎ落とせばいいのだろうか?

 一同はこのゲームの敗者が誰か、早くも悟ることができた。

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