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勝利の確信

 由佳里は修道女のような厳かな足取りと、謹厳実直な面持ちで自室まで戻ると、ゆっくりと扉を閉めた。


 鍵を掛け終えると同時に、飛び上がり、部屋中を駆け巡ると、ベットの上へダイブした。


 そして声にならないような声で歓喜を爆発させた。


(やったわ! やった! あの女を地獄に突き落としてやったわ!!)


 心の中で何度もそう叫び、手足をはためかせる。

 こんなに喜びを爆発させたのは、高校の合格通知を見たとき以来だった。

 自分でも人を陥れるのがこんなにも楽しいものだとは想像だにしていなかった。


(私っていけない子なのかな?)


 誠実を絵に描いたかのような両親を思い浮かべるが、慌てて振り払う。


(ううん、私は悪い子じゃないわ。あの女が悪いのよ。魔女を退治するのに良心の呵責なんていらないし、蛇蝎を始末するのに方法なんて選んでいられないわ)


 由佳里はそう自分を納得させると、軽く目を閉じ、ベットに体重を預けた。

 もはや些末なことに思い煩う必要はないのだ。

 由佳里の勝利は確定している。

 冬子の敗北も既定路線だ。


 後は寝て目覚めた頃に、ゲーム終了の知らせが鳴り響き、冬子の悔しがる姿をその瞳に焼き付けるだけである。


 これは高慢なのだろうか。


 そうは思わない。あの女が今までしてきたことに比べればほんのささやかな復讐である。


 では油断はないのだろうか。

 まだ由佳里の勝ちが確定したわけではなかった。


 由佳里のカードはジョーカー、これより強いカードは五二枚中一枚しかなく、それを出されたら無条件で敗北するというルールがある。まだ一〇〇パーセントの勝利が約束されたわけではなかった。


 だが、万にひとつでも由佳里が負ける可能性はないと言い切ることができる。

 なぜならば由佳里は冬子にクラブの三を引かせ、それをクイーンであると信じ混ませることに成功したのだ。


 あの女は愚かにも由佳里の虚言を信じたのだ。しかも、


「私はあなたの言うことを疑うような真似はしないわ」


 などと道徳の教科書に出てきそうな言葉で宣言し、由佳里を試すような真似さえせず、それ以上交換さえしようとしなかった。


 その結果がクラブの三である。


仮にそれが同じ黒のスート、スペードであれば、由佳里を倒し、勝者と敗者を逆転させる蜂の一刺しになったかもしれないが、高梨冬子は勝利の女神はもちろん、ギャンブル好きの悪魔にさえ見放されたらしい。


 これで冬子の敗北は確実であるが、由佳里の勝利が確定した、と言い切れるだろうか。


 由佳里は言い切ることができる。


 なぜならばもはや誰もカードを引くことなどないのだから、冬子以外の人間が二を引き当てる確率も何もないと思っているからだ。


 ではなぜ、誰もカードを交換しないと断言できるのであろうか。それには根拠がある。


 まず冬子は言わずもがな。彼女は由佳里を信じ、自分の手札がクイーンだと信じ切っていた。それを証拠に彼女はすぐに自室に戻り、そのまま一歩も外に出ていない。


 十全かなえは最初の宣言通り、カードを一切換えることなく、あの部屋の壁に背を預けている。最初に卓弥への愛と宣言した手前もあるが、冬子が三である以上、動く必要は一切ない。


 それは一華や春といった高数値の保持者も同様でチームを組み、己の数値を熟知している以上、換える必要性は一切ない。いや、四という低数値のナナコもそれは一緒である。場に三がいる以上、カードを交換する必然性はないと言ってもいい。


 数学、人間心理、天運、どの視点から見ても由佳里の勝利は揺るぎようもなかった。


 睡魔に身を委ねようとしている由佳里に慢心と指摘する人間がいるはずもなかった。


 これは鋭気を養う儀式なのだ。


 高梨冬子が屈辱で顔を歪める様を最高の状態で鑑賞する下準備にすぎないのだ。


 由佳里は誰に弁解するでもなく、そう念仏のように繰り返すと、深い眠りに落ちた。

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