世界で
ジェーン・ドゥ及びジョン・ドゥは日本語で言うと名無しの権兵衛です。
『先日、ワシントン州のある街にて通行人が男女2名に襲われ食べられるという猟奇的な事件が発生しました。犯人達は地元警察の説得にも応じず被害者を食らい続けた模様で、両名ともその場ですぐ警察の手によって射殺されました。まるでテレビドラマに出てくるゾンビのようなこの事件に全米の注目が集まっています。』
『先日ワシントン州で起きた人が人を食べるという猟奇的な事件、通称ゾンビ事件に続報です。地元警察によって射殺され回収された男女2人の加害者が死体安置所で息を吹き返したそうです。……正確には、身体機能が停止している状態で、動き回っているのが確認されたそうです。まるで本物のゾンビのように。同様の現象が被害者男性の遺体にも見られ、アメリカ合衆国政府は調査機関を設立し原因の解明に全力で取り込む姿勢を示しました。……この世界は、本当にテレビドラマのようにゾンビが跋扈する世界に変わってしまうのでしょうか。』
「今回我々αチームは先日ワシントン州で起こった通称ゾンビ事件の原因解明の為加害者の2人、名無しの男及び名無しの女が最後に訪れたとされる町に向かう。」
特殊武装・戦術部隊、通称SWATの部隊長の一人であるオリバー・テイラーは自らのチームの仲間達にそう告げる。
「あー、ゾンビ事件ってあの死体が動き回ったってやつですよね?うっわー、まじでゲームみたいじゃないっすか!!」
「リチャード、不謹慎だぞ。遊びじゃないんだ。」
大げさにガッツポーズした隊員の一人であるリチャード・ライトを別の隊員が諌める。
「はぁ?んなことわかってるっつーの。これだから堅物ニックは……。」
「なにか言いたいこちがあるなら言ったらどうだ。」
「何でもねーよ。」
「はっ、怖気付いたのか?」
「んだと、こら。」
発言が少々軽薄なリチャードとは逆に気真面目なニコラス・ブラウンは反りが合わず、まさに犬と猫、水と油のような関係で、同じチームだというのに今のように言い争うことなど日常茶飯事でひどい場合は任務に行く前に殴りあって怪我を負ったこともある。
「リチャード、ニック!!今は喧嘩してる場合じゃないだろう!!」
2人の雰囲気にしびれを切らせたオリバーが間に割って入り距離を取らせる。
「オリバー、そいつらにつける薬はないんだ。ほっときなよ。で?今回私たちが優先すべき任務は?」
オリバーに止められてなお視線でいがみ合うリチャードとニックを鼻で笑ったのはSWAT、αチームの紅一点、サマンサ・ハリスだ。女の身でありながら類希なる戦闘センスと射撃の腕でαチームの副隊長の座につく女傑だ。
「原因の解明が第一優先事項だ。また、町にはジョンやジェーンのようなゾンビが複数存在すると見ていいだろう。生き残りがいれば救助する。」
「え!?まだそんなところに人がいるんですか!?」
オリバーの言葉にサッと顔色を変えたのはαチームの最後の1人、つい最近配属されたばかりのノア・フロイスだ。少々気が弱い所はあるが正義感は人一倍強い。
「可能性はある、というだけだ。ジョンもジェーンも無意識のうちに人のいる方向に寄ってくると報告があった。あの2体以外のゾンビがまだ発見されていないということは餌が町にまだ残っている、ということだ。」
「な!?餌って……っ!!」
オリバーの発言にノアが顔をしかめる。
「ノア、わかってると思うけど人命救助は第一優先事項じゃない。原因解明のために邪魔になる場合は見捨てることも視野に入れなよ。」
「そんな……。副隊長はそれでいいんですか!!?」
思わずサムに詰め寄ろうとしたノアの肩をリチャードがつかんだ。
「いいわけないだろ!!だけど俺たちは多数の幸福のために少数を犠牲にすることもしなきゃなんねーんだよ。」
サムの冷たいとも取れる発言に反発するノアをリチャードがそう言って咎める。
「とにかくっ!!出発は本日正午だ。少数精鋭で行う調査のため今回の出動は我々αチームのみとなる。みんな気を引き締めるように。解散っ!!」
そう締めくくったオリバーはそのまま自分の武器の確認のために部屋をあとにする。残ったメンバーはそれぞれ今回の任務内容に思うところがあるのか誰も喋ろうとせず重苦しい雰囲気が漂った。
「ノア、この世界は誰も彼もがあなたみたいに自分の正義を貫けるわけじゃないのよ……。」
そう言い残してサムも自分の準備のためにそそくさとどこかに行ってしまう。
「おい、ニック。今回ばっかは俺も真面目にやってやるよ。」
「ふんっ。勝手に死んでも俺は知らんぞ。」
「はっ!望むところだっつーの!」
普段は犬猿の仲のリチャードとニックだが、2人とも本気で互いを嫌っているわけではなく、悪友のような軽々しさで肩を叩きあって部屋を後にした。
残されたノアは1人先程の軽率な自分の発言を悔いていた。鉄の女サムの異名を持つサマンサだが、彼女もまたSWATとして何か人の役に立ちたいと女の身で兵士になったのだ。人が傷つくのは極力見たくないはずだ。
「正義が通らないなら、俺だけは絶対自分の正義通しますよ。貴女の分まで。」
1人そう決意して自分も正午の出動に備えるべくオフィスを出た。
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アメリカ、ワシントン州にある田舎町に似つかわしくない銃声と怒号が響き渡る。
「おい!!リチャード、しっかりしろ!!!」
「サムっ!!そのデブを引きつけろ!」
「わかってるけど!!こいつ、硬いのよ!!!」
肩に怪我を負ってぐったりするリチャードを担ぐオリバー、その護衛を買って出たノア。そして迫り来るゾンビたちを撃って始末するサムとニック。この町に来てまだ少し経っていないというのにチームとしては殆ど壊滅状態になった。
「くそっ!!なんでこんなことに…っ!!」
事はほんの数刻前にさかのぼる。ヘリで町の中央に位置する広場に降り立った五名は一寸も油断することなく周囲を警戒しながら進んでいた。
「いやー、でもゾンビとかほんとにいるんすかねえ。」
「いるから私たちは今ここにいるんでしょ。黙って周囲警戒続けな。」
「えーでも今んとこ視認範囲に人影ないですよ?」
「おい、リチャード。騒いで死にたいなら1人の時にやれよ。」
「おい!いい加減にしろ!!任務中なんだぞ、まじめにやれ!!」
リチャードの軽口から始まったいつものしょうもない会話は隊長オリバーの言葉で打ち切られる。オリバーの言葉に肩をすくめて見せたリチャードは自分のすぐそばの緊張で固まっているノアの背中をポンと叩いてやる。
「おう、初めての任務で固くなりすぎんなよ。」
「あ、ありがとうございます!!」
振り返らずに手をひらひらとふってリチャードは先頭を歩くサマンサのそばに近寄って行った。普段はお調子者で言い争いの中心になることも多いリチャードだがこういった時に見せるちょっとした気遣いに、ニックも含めαチームの面々はいつも救われていた。
マニュアル通り、作戦通り、先頭のサムが曲がり角のその先を確認しようとしたときにそれは起こった。
「サムっっ!!!!!」
サマンサが角を覗き込もうとしたその瞬間、角の向こうからものすごいスピードで一体のゾンビが走ってきて、その勢いのままサムに噛みつこうとした。それをそばにいたリチャードがサムを引っ張り間一髪サムは噛まれるのをのがれた。
「っっぐ!!!」
サムを後ろにひぱった反動でほんの少し前にふられたリチャードの体がゾンビの手につかまり、
「ぐあっっ!!!」
「リチャードっっ!!!!!!!!!!」
リチャードの痛みにうめく声が聞こえてきてすぐ、鮮血が舞った。
パンパンッ
「おい、リチャード!大丈夫か!!」
「なん、なんで私をっ!この、ばかっっ!!!」
ニコラスがすぐさまリチャードの肩に噛みついたゾンビを打ち抜きサムがその身を口から引き抜く。
「くそっ!いったん撤退するぞ!俺がリチャードを担ぐ、ノアは俺とリチャードの援護をしろ!」
チームの中で一番筋骨隆々なオリバーがリチャードの体を受け取りその場を離れようとする。
ヴゥウァアアヴ
ヴァーー
ヴアゥゥア
ウッァァアアヴアアゥ
「た、隊長!!ゾンビが!!!」
「言われなくてもわかってる!!サムとニックはあのゾンビをできる限り牽制しろ!!くそっ!」
人の声を聞きつけて集まってきたのか道の向こう側からまっすぐこちらに向かって近づいてくる数十体のゾンビたちに、指示を受けた面々はすぐに陣営を組みなおし逃走する事となった。
運よく逃げ込めた民家のガレージでいったん息を落ち着かせる。
「リチャード、すぐに傷を確認するわよ。」
「ぅぅ、あぐっ!」
傷の確認のために外気にさらされた傷口にリチャードがうめき声を漏らす。
「これは、ひどいですね…。」
サムの肩越しに傷を覗き込んだノアが思わず顔をしかめた。どれほどの力で噛まれたのか肩の肉は筋肉の一部までもっていかれておりリチャードの心音に合わせてどくどくと血が流れだしている。リチャードの血に濡れた顔はすでに青白く、大量の血液を失ったことは一目瞭然だ。
「馬鹿野郎、死んでも知らねーぞって言っただろうがっっ!!」
ニックが思わずガンッとガレージの壁にこぶしを叩きつけた。
「サマンサ、これは使えそうか。」
必死にリチャードの出血を止めようと奮闘するサムにオリバーが恐らく民家のどこかから拝借してきたのであろう救急セットを持ってきた。
「オリバー、すまない、ありがとう。」
素直に受け取ったサムがてきぱきと処置を進めていく。
「隊長、ゾンビがあんな風に町中を歩いていて、生き残った方はいらっしゃるのでしょうか…。」
「……、正直可能性は薄いだろう。そもそも、あれだけのゾンビがいながらこの町から逃げ出したのが名無しの男と名無しの女の二体だけだったことのほうが不気味だな。」
「なにか、理由があると?」
眉間にしわを寄せ考えこむオリバーにニックが腹立たし気にそう聞いた。
「あんな、訳の分からん奴らにリチャードは肩の肉を食われたっていうのか!!?」
「落ち着け、そもそも、私の油断が招いたことだったわ。ごめんなさい…。」
悪友の惨状に気がたって怒鳴り散らすニックにサムが悲しそうにそういった。ニコラスがリチャードだったとしても仲間を、サムを助けるために同じことをやっただろうし、自分がサムと同じ立場でもサムと同じように角の確認は行っただろう。わかっている、これがただの八つ当たりだということは。それでも今の今まで軽口をたたいていた仲間がゾンビとかいう訳の分からない存在に喰われたという事実を認めたくなかっただけなのだ。
「いや、サムのせいじゃない。悪い、冷静じゃなかった。」
それでも晴れないこの行き場のない怒りをどこかにぶつけずにはいられなかった。
ハロウィンデイカウント2日目\( 'ω')/
サムはサマンサの愛称で
ニックはニコラスの愛称です。