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腐った

どことは言わないけどハロウィンホラーナイトに行ってきて思わず書いた作品です。

10/31のハロウィンまでどうぞお付き合いください。

「やっべ、もう昼じゃん。完全に寝過ごしたわ。」

そう言ってこの部屋の主人であるリアム・ウォーカーはその場で大きく伸びをした。

食事をまともに取らなくなって久しいが毎朝のルーティンである歯磨きは欠かさない。いつもと同じようにすっかり毛が広がった歯ブラシに歯みがき粉を適量のせてゴシゴシとこすっていく。


ごりっ


嫌な音がして口から歯ブラシを出して口の中のものをペッと吐き出すとカランと硬いものが洗面台に当たって音が出る。

「あーあ。まーた奥歯が抜けちまった。」

リアムはサッと口をゆすぎ落ちた歯も水に通して綺麗にする。

「しゃーねー、瞬間接着剤でつけっか。」

洗面台の下に備え付けられた引きだしの中をガサゴソと探り、取り出したジェルタイプの接着剤を迷うことなく取れた歯につけたリアムは、そのまま口にツッコミ奥歯を元あった位置にはめ込んだ。

しばらく口をあむあむと動かし、違和感がないことを確認してから家を出る。


リアムは自分が経営していたバーの2階に住んでおり、家を出てすぐの外階段を降りて町に出る。町に満ちた腐った匂いを胸いっぱいに吸い込んでいると、道の向こう側から近所の高校に通っていたアレックが走ってくるのが見えた。

「おーい、アレック!!!何だー?今日も走ってんのか?精が出るねぇー。」

うぇーい!!と手を上げハイタッチを交わした瞬間。


ベチャッ


「ヴァーー?」

「あー……。悪ぃアレック、腕取れちったよ。」

「ヴァ……。」

「そう悲しそうな顔すんなって!!とりあえず縫ってくっつけられっかどうか試してみっか。」

そう言ってリアムはハイタッチの衝撃で落ちたアレックの腕を拾い上げ、言葉にもならないうめき声しか出さないアレックを引き連れて近所の元手芸屋へと向かう。



もう1ヶ月ほど前のことになるだろうか、アメリカワシントン州にあるこの田舎町で数人の住人が変調を訴えだしたのだ。病院で検査をしても異常が見られず新種の病かもしれないと医師はその住民達を病院で入院させた。しかし彼らの体調は恐ろしいほどの速さで悪化し、気づいた時には意思なく町を歩き回り人間を喰らうゾンビのような存在になっていた。そのゾンビに噛まれた他の住民も同じようにゾンビへと変貌してしまったのだ。

町の住人どもを襲ったゾンビによって瞬く間に感染は広がり一週間前この町最後の健常者がついに感染し、リアムの住むこの町はゾンビタウンと成り果てた。

そん中何故か一人だけ人間だった時の記憶を持ったままゾンビになってしまったリアムは、とりあえずこれ以上ゾンビの被害が拡がらないように町中で仲間割れするゾンビを抑え、新鮮な肉を求めて町を出ようとするゾンビに成り果てたかつての友人達を説得し、町に留めた。


「お前らが急にゾンビになっちまってビビってんはわかるけど、とりあえず町からは出ない、ほんでいつも通り生活を送る。オッケー?」

何故か町のゾンビたちはリアムの言葉に従順で、一週間たった今でもゾンビたちは律儀に毎日同じように過ごしている。


しかしゾンビとなれば当然身体自体は死んでいるので徐々に腐敗してくる。秋から冬に移る涼しい季節だったのが幸いし、そこまで急激に腐ることはなかったが、それでも一週間もすれば町中で腐敗臭がするようになった。

リアムも毎日欠かさず歯を磨いていたにも関わらず口からも腐臭が漂ってくるのだが、ゾンビだからかリアム自身は特に気にならなかった。

アレックの腕やリアムの奥歯のように腐り落ちた皮膚や臓器が町中至る所に放置されている。景観が悪くなるので毎日そう言った腐った落し物を届けるのもリアムの日課の一つになった。

「あいよっと。とりあえず縫ってみたけどどうだ?動かせっか?」

「ヴァー、ヴァウアァア。」

アレックを連れ立って訪れた手芸屋でぱぱっとアレックの腕を元あった位置に縫い付けてやるとしばらく確認するかのように腕を動かしたアレックは声にならない呻き声を一つ漏らしてまた町の中を走り始めた。


変わらない毎日。ゾンビたちはリアムに話しかけられない限り毎日同じ行動を繰り返す。終わらない終末に繰り返される日課、日に日に数を増す道に落ちた腐った身体の一部。

そんないつもと変わらなかったはずの一日に、一つの変化が生まれた。


ヴァーー!!

ヴァウアアァ!!!

キャーーーっ!!!


ゾンビたちの興奮したようなうめき声の中に混じって聞こえる耳を劈くような甲高い悲鳴。

実に一週間ぶりに聞いた人間(・・)の悲鳴にリアムはすぐさまその声の方向へと駆け出した。



悲鳴が聞きえてきたのは案外近い場所で、数体のゾンビに追いかけられていた悲鳴の主は袋小路の路地裏で壁に体を押し付けてガタガタと震えていた。まだ年端もいかない幼い少女は徐々に距離を詰めてくるゾンビにもう声も出ない様子だった。

「あーもう!!ストップストップ!こんなちっちゃい子追っかけたら可愛そーだろ!ただでさえお前ら腐って顔こえーのに、ったくよー。」

律儀にリアムの言葉に動きを止め、少女から距離をとるゾンビたちに少女はまともな人間がいたと思いぱっと顔を明るくさせ、リアムの姿をその目に映すと瞬時にサッと血の気を引かせた。


優しそうなタレ目が印象的な右目と裏腹に、皮膚が溶け血走った眼球が露出している顔面の左側は、爛れが口や頭頂部の方まで広がっており歯茎はむき出しになり髪も抜け落ちていた。

ガリガリと禿げた頭を搔く指は爪が剥がれて黒ずんだ血で汚れている。

どこからどう見てもゾンビにしか見えないその男は二チャリと音をたて口を開け異様に白い歯を見せると、肉がこそげ落ち所々骨が露出した手を差し出してきた。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」


あまりにも衝撃的なその姿に少女の意識はプツリと途切れてしまった。



「え、ええー。俺ってばそんなに怖い顔になってんの?」

倒れた少女に驚いたのはリアムも一緒だった。とりあえず幼い女の子をこんな路地裏に放置はできないとそっと気絶した少女を持ち上げ自分の家に連れて帰る。

「ヴァー。」

「ヴアゥアァ。」

「しゃーねーだろ、こんな所にほっとく方があぶねーっての。」

責め立てるようにヴァーヴァー呻くゾンビたちを怒鳴りつけて足早に自宅兼店舗に急ぐ。

着いたはいいがいつもリアムが寝ているベッドは身体から滲み出た体液で汚れており、気を失った幼女を寝かせるところがない。

本当は腐った体で入るのは非常にはばかられるのだが比較的清潔な空間といえば他になく、ゾンビになって初めて一階のバーの鍵を開けソファーの上に女の子を寝かせてやる。できるだけバーの中に自分の腐った体が入らないように入口付近の窓の淵に座って女の子が目を覚ますのをじっと待った。


どれだけ時間が経っただろうか、高く登っていた陽が傾き、血のように赤く染まった夕陽が店内を照らす。気を失っていた少女のまぶたが微かに震え目が開かれた。

「お、お嬢ちゃん目さめたか?」

「っ!!ひぃっっ!!」

「ちょっ!待って待って!!!俺こっから近づかねーから!!とりあえず俺から離れたらあぶねーから逃げないでっ!!」

俺の姿を目にした途端弾かれたように逃げようとする少女に必死で言い募る。人間を襲うのがゾンビの本能なのか、こればっかりはリアムがいくらお願いしてもゾンビたちはいうことを聞いてくれなかった。目の届く範囲にいたらその時だけ襲うのをピタリとやめるのだが、ちょっと目を離すと襲おうとするので油断できない。

実際にリアムに助けられたことと窓際から一歩も自分の方に近寄ってこないこともありとりあえず留まってくれたことに安堵のため息を漏らす。

「えーと、俺の名前はリアム・ウォーカー。お嬢ちゃんの名前は?」

にこやかに微笑んで挨拶をすると二チャリと口元の爛れた皮膚が音を立てる。その光景に口元を抑え軽く嘔吐く少女に焦る。

「わ、わりい。自分の顔がそこまで悪化してると思わなくてよ。なんだったら俺の方は見なくていいぜ。」

そう言ってパタパタと手を降るリアムをちらっと見て、極力その顔を見ないように視線を反らせる。

「…………エマ。エマ・クラーク……。」

ぽそっと小さい声で答えた少女、改めエマにリアムは嬉しくなった。

「オッケー、じゃあエマな。何でエマは1人でいたんだ?俺この町のやつならだいたい顔分かんだけどエマは知らねぇ。どっからこの町に来たんだ?」

「…………パパと、ママと旅行で……。シアトルから……。」

ひどく不快そうな顔は浮かべるものの、きちんとこちらの問に答えてくれるエマにリアムは久しぶりの相手のいる会話に心が明るくなる。しかし少女の答えた内容の、父と母のなりの果てを想像し少し気まずさを感じる。

「あー……。でも、この町にいるゾンビは今んとこ町の住人ばっかだから、エマの父ちゃんと母ちゃんは町の外に逃げたのかもな!!」

「……ほんと?」

「おう!!大丈夫!!きっと町の外に行ったんだよ、助けを呼びにさ。だから、せめてエマの父ちゃんと母ちゃんが呼んだ救助の人らが来るまで俺と行動しねー?俺といりゃー町にいるゾンビは襲ってこねーし、な?」

きっと生きて逃げたことはないだろう。でもいつかこの町の異変に気づいた誰かが助けに来た時にこの子だけでも助けなければならないという使命感からそういうと、エマは少し悩みはしたものの恐る恐る頷いた。


「うっし!そしたらまずエマの着る服と食料の調達だな。さっきここに運んでくるときに汚しちまったからなー。」

リアムがそういうとハッとした表情で自分の服を見てリアムの体液がついてるか所を発見したエマは思わず顔をしかめる。

「…そんな顔されたらショックだわー…。」

嫌なものは嫌なのだと言わんばかりの表情を浮かべるエマにリアムは思わず苦笑いを浮かべる。


別に食べることを必要としないリアムは構わないが、生きた人間であるエマは疲れはたまるしおなかも減る。完全に陽が落ちるその前に近所のグローサリーストアに行き缶詰や乾物をあるだけ全部回収して何着かエマの着替えも拝借してくる。

「おい、エマ!これから先俺に触んなきゃなんねーこともあるかもしれなーから業務用の軍手も持ってくぞ。」

「わかった。」

ほんの少ししか一緒にいなかったもののそこは柔軟な思考をもつ子供と、コミュニケーション能力の高いゾンビだ。出会って数時間、互いに軍手越しではあるものの手をつなげるほどには二人の距離は縮まっていた。


「あ、やべ。軍手から体液染み出てるわ。」

「……、サイテー。」

仲良くなっても嫌なものは嫌なのだ、エマは盛大に顔をしかめる。

それでも手を離さないのはきっとこの腐った世界で互いに人の(・・)ぬくもりを求めているからなのだろう。




そうして始まったゾンビと少女の不思議な生活が2、3日続いたある日のことだった。

「お?エマー!見てみろよ!!ヘリがきてっぞー!」

リアムの言葉に太陽を背に飛んでくるヘリを見つけたエマは額に手を当てまぶしそうにそれを見つめる。

「パパとママも来てるかな…。」

もしかしたらリアムの言ったように町を抜け出した父と母が自分のために助けを呼んできてくれたのかもしれないとほんの少しの期待を込めてそう呟いたエマの言葉を聞いて、リアムは無意識のうちにぐっと手に力を込めた。

「リアム、体液にじんでる。」

「うわ、まじか。やっべえ、軍手二枚重ねでも染みてくんのはえぇな。」

何はともあれ行ってみないとわからないなー、と頭を掻きながらそのヘリが飛んで行った広場のほうに歩を進めた。もちろん軍手は新しいものを三枚重ねにして付け直す。


しばらく歩いていると道の向こう側から走ってくる三人の人影と銃声。

「おー、ありゃSWATかどっかの特殊部隊っぽいなー。」

おーい!と手をあげて話しかけようとしたその時、先頭を走る女性がこちらに銃を向けてくる。

「やっべ。」

とりあえずエマをかばいその場にうずくまったリアムの横を特殊部隊の面々が走り抜けていった。その後方に、さらにアレックがうめき声をあげながら走っているのを見て特殊部隊が有無を言わさず撃ってきたその理由に納得したリアムは思わず声をあげる。


「ちょ、ストップ!ストップストップ、ストーーーーップっっ!!!!人間脅かすのは禁止だってっ!!」


リアムのその声にアレックのみならず、前を走っていたSWATのメンバーたちも思わず足を止めたのだった。

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