運命の試合1
4月15日、ついに試合の日がやってきた。県立陽泉高校野球部は試合会場である、いつもの河川敷グラウンドに七時に集合して、九時からの試合に備えて入念なアップを行っていた。
「いだだだだ!ちょ、明ちゃん、これ以上は体曲がんないって!」
「相変わらず杏は体が固いな、ほらほら、これくらいの柔軟なら楽勝じゃないの?」
「だから明ちゃん!いだだだだだ!もう無理だよ!これ以上は曲がんないよ!」
「ちょっと二人共~、早くキャッチボールしようよ。」
「あぁゴメン皆、じゃあキャッチボールに移るよ!」
懸念だった部員の上がり症はほぼ改善されていた。全く緊張が無いわけじゃないが、少なくともプレーに支障が出る程の緊張をしていなかった。
そんな彼女達を見ながらホッとした珠三郎は一塁側ベンチの中で試合のオーダーを考えていた。
ちょうどそんな時だった、河川敷グラウンド横の駐車場に車が続々と停車し、中から3、40代の男達が降りてきた。
そしてその中でも一番年配の(50代半ば)人が珠三郎の元にやってきた。
「こんにちは、君が野球部のキャプテンかな?」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします。因みに俺はキャプテンじゃありません。あちらでキャッチボールをしている一番小さい人がキャプテンです。」
「あぁそうなんだ。ありがとうね。
僕はこの福岡グラスコープスの選手兼監督の鶴見です。こちらこそ今日はよろしくね。」
そう言って鶴見さんはキャプテンの所に挨拶に行った。
そして珠三郎は福岡グラスコープスの選手達を見る。
(草野球チームにしては皆さん若いな。それにしても浅田の奴、従兄弟が監督してるって、かなり年齢が離れているな。)
そんな時、結城達がキャッチボールを終えてベンチに戻ってきた。そして今からノックをしたいからノッカーを頼むと言ってきたので、珠三郎はバットを持って一緒に外野に行く。
そしてノックを終わらせて全員でベンチに帰ってくると、時刻は8時半になっていた。
「じゃあ飛田君!そろそろオーダーの発表といこうよ!」
「はいっ!ではオーダーを発表するので皆さん円陣を組んでください。」
「「おう!」」
〈陽泉高校オーダー〉
一番 (中)夢野 磨莉奈
二番 (遊)天野 水希
三番 (二)武本 明
四番 (投)半田 恵利
五番 (三)宮田 正子
六番 (捕)結城 杏
七番 (一)有栖川 蘭
八番 (右)米塚 凛
九番 (左)葵 碧
「ねぇ皆、この短い間で色々あったよね。飛田君が入って、試合をすることになって、しかも負けたら廃部。」
「加えて、私達は、一度も、勝ったことが、ないし。」
「ぶっちゃけ終わったって思ったし。」
「でもまだ終わらないよ。僕達はもう勝てなかった時の僕達じゃあない!」
「そうですわ、必ず勝ちますわよ!」
「そうね、三年生の私と蘭は今年で引退だけど、皆は来年もある。私達の代で野球部を終わらせはしないわ!」
「えっと~、水希も頑張るよ!」
「私も今日はエラーをしないように頑張るよ。」
「……」
「それじゃあ皆!今日は必ず勝つよ!陽泉野球部~」
「「笑顔でレッツゴー!」」
その光景を向かい側の一塁側のベンチから見ていた福岡グラスコープスの選手達はというと。
「おぅおぅ、やっぱり高校生は元気だねぇ。」
「しかもノックを見る限りはかなりレベルが高そうだな。」
「久しぶりに骨のあるチームとやれそうでワクワクするぜ。」
「おーい、全員集まれ~。オーダー言うぞ。」
〈福岡グラスコープスオーダー〉
一番 (遊)久野 健人
二番 (右)田上 尚志
三番 (一)桜井 久志
四番 (三)野田 直樹
五番 (中)井上 勝
六番 (二)鶴見 有志
七番 (左)根本 海人
八番 (捕)中村 大悟
九番 (投)耳野 貴明
「さぁ頑張るぞー!ファイト~」
「「いっぱーつ!」」
そして遂に試合時間となり、両チームがホームベース横に整列する。尚、審判は福岡グラスコープスから控えの選手がやることになっている。
「ではキャプテン同士握手をしてください。」
「「よろしくお願いします!」」
「双方に礼!」
「「お願いします!」」
試合の前にジャンケンで決めていた通りに福岡グラスコープスの先攻で試合が始まる。
「プレイボール!」
《一番久野 健人》
「しまっていくよー!」
「お手柔らかに頼むよお嬢ちゃん達。」
そう言って久野が右バッターボックスに入る。
半田が振りかぶって投げる。初球は内角高めのストレートだ。
「ストライク!」
(結構速いな、130ちょいか?)
(よしっ、恵利ちゃんも調子が良さそうだ!じゃあ次はコレね)
二球目は外角低めへのカーブだ、初球ときれいに対角線状に決まった。もちろん審判の腕が上がってストライクになった。
(おいおい…二球連続で厳しいねぇ。30超えたおっさんには厳しすぎるぞ。)
(えっと…じゃあ次はここね!これで1アウトにするよ!)
三球目、半田が投げたボールは先程と同じカーブで真ん中から内角低めへ曲がるボール球で、明らかに空振りを狙った球だった。
(よしっ、ナイスボー)
〈カキィン!〉
〈バシィ!〉
久野が打った打球は鋭いライナーでショートを強襲、だが天野は持ち前のセンスと技術で難なくキャッチした。
「くそっ、正面だったか。少しスイングが早かったかな?」
久野の若干悔しげにベンチにさがっていく、一方で結城は戸惑っていた。
(嘘でしょ?いくら二球続けたからと言って、恵利ちゃんのカーブを一打席目でジャストミートできるものなの!?)
「わ、ワンアウトだよ皆!この調子でいこうよ!」
「「おうっ!」」
(動揺している場合じゃないよね、今は次のバッターを打ち取る。これだけを考えないと。切り替え、切り替え。)
《二番田上 健人》
〈カキィン!〉
今度は初球だった。
田上が左バッターボックスに立って構えると、半田が振りかぶって投げる、ボールは結城の構えた場所から少し真ん中にずれた球で、田上は見逃さずにレフト方向に流し、葵の前でワンバウンドするクリーンヒットになった。
「「ナイスバッチー!」」
福岡グラスコープスの選手達は初ヒットに盛り上がる。
だが、対照的に陽泉高校野球部ナインは少し動揺する。
(今度は初球!?)
(おいおい、ちょっとヤバイんじゃないの?)
(恵利の球はいつも通りだ。一体何処がいけない?)
「ドンマイ、ドンマイ!打たれたのは仕方ないです!次を抑えてください先輩方!」
そんな彼女達をベンチから励ます珠三郎、それをうけて陽泉高校ナインは気合いを入れ直す。
「オッケー、オッケー!切り替えるよ皆!あと内野ゴロはゲッツーにするよ!」
「水希!ゴロを捕ったらセカンドの私に投げるのよ!」
「うん、解っているよ明ちゃん」
《三番桜井 久志》
桜井が右バッターボックスに立つと、キャッチーの結城は半田の元に駆け寄って打ち合わせる。
(良い?恵利ちゃん、慎重にね。)
(……)
「はい」の代わりに半田はうなずいた。
(さぁ恵利ちゃん!行くよ!)
半田がセットポジションから結城目掛けて直球を投げ込む。
だがまたしても結城の目の前をバットが遮った。
〈コンッ〉
(さ、三番がバント!?)
「さ、サード、宮田先輩!」
「こんのっ!」
桜井が転がしたバントは三塁側ライン際に絶妙に転がっていた。
宮田が捕球して素早く一塁に送球する。
間一髪、一塁は間に合ってアウトになった。宮田先輩の好フィールディングと、桜井の足の遅さが重なってのアウトだった。
しかしこれで2アウト、ランナー2塁のピンチである。
「ツーアウトー!」
「「ツーアウトー!」」
(ここが正念場ですよ先輩方。何とかして初回から追いかける展開は避けたいですよ。)
ベンチでスコアをつけている珠三郎も無言のエールを送る。
《四番野田 直樹》
(野田 直樹?あれっ、どこかで聞いたような名前だな。
う~ん…いや…でもそんな訳無いよな?俺の思い違いだとは思うけど…。)
珠三郎がベンチで悩んでいる間にも試合は当然進んでおり、半田は野田に対してすでに五球投げており、カウントは2ストライク、2ボールと、野田を追い込んでいた。
(行くよ恵利ちゃん!あなたの一番自信のあるこの球で決めるよ!)
半田がセットポジションから勝負の一球を投じる。
勝負球は大きく山を描くような緩いカーブだった。先程まではストレートと速いスライダーしか投げていなかったので、体がついていかないだろうと結城達は考えたのだ。
だがその予想は簡単に覆された。
(絶好球!これを待ってたんや!)
〈カキィン!〉
「うわっ!とれませんでしたわ!」
体に巻き付くような鋭いスイングに当たったボールは一塁線の真上を転がり、有栖川が飛び付くも、グラブを掠めることなく一塁線を抜いていった。
この際に二塁ランナーは悠々ホームイン。スコアボードに白いチョークで1点が入る。打った野田はライトの米塚の強肩を見せつけられて一塁で止まる。
呆然とする陽泉高校ナイン。対照的に喜ぶグラスコープスの選手達。そんな中、珠三郎は気がついた。
(野田 直樹、思い出した!五年前に引退した元プロ野球選手だ!
しかも変化球にも速球にも強かった打者だ!)
「ど、ドンマイ、ドンマイ皆!一点で凌ぐよー。」
「「お、おーう。」」
続く五番井上 勝を初球サードフライに打ち取り、スリーアウトチェンジ。陽泉高校ナインがベンチに帰ってくる。
だが天野以外の部員達には試合前の活気はなかった。
「ドンマイです先輩方!内容は悪くはないので、まずは取られた一点を返していきましょう。」
「そうですわっ!いつもなら初回に五点取られていましたのに、一点でしてよ!返すのは訳無いですわ!ほらっ!結城さん、シャキッとしなさい!キャプテンじゃなくて!?」
「う、うん!スミマセン有栖川先輩。そうだよ!まだまだ始まったばかりなんだ!行くよ皆!陽泉野球部~」
「「笑顔でレッツゴー!」」
《続く》