足りない物
「お願い飛田君!どうすれば試合に勝てるようになるか教えて!いや、これは部長命令よ!」
「職権乱用だ!…でも先輩方の実力なら普通にやれば勝てると思いますよ。さっきの話を要約すると皆さんは自分達には経験が無いっていうことですよね。」
「うん、まぁそうだね。」
「お言葉ですが、流石に経験だけはこの短期間じゃどうにもなりませんよ。断言できます。」
俺がそう告げると先輩方はわかりやすく落胆した。特に結城先輩はキャプテンの重責からか、必死さがひしひしと伝わってくる。
「…そういえば皆さんは試合中にどんなことを考えてますか?」
「えっ?…そうね、私はキャッチャーだから、いつも打たれないかビクビクしてるよ。」
「私は、あまり守備が良くないから、打球が飛んでこないことを、祈ってる。」
「アタイはとにかく速く走ることを考えてる。」
「……」
「水希はね~、う~ん…あっ、そうだ!水希は夕ごはんのことを考えてるよー!」
「野球と関係ないっ!?」
「まぁ水希はアホだから、そうね…私は…負けた時のイメージが頭をよぎって、試合に集中できなくなるかも。」
「明ちゃ~ん!水希はアホじゃないよー!ちょっぴりバカなだけだよ~。」
他にも有栖川先輩や米塚先輩は集中力が続かないと言ったり、宮田先輩は緊張すると言い、半田先輩は最後まで何を言ったか解らなかった。
「成程、皆さんの意見を聞いてみると、やっぱりマイナス的な意見が多いですね。それでは勝てませんよ。」
「じ、じゃあ飛田君はいつも何を考えていたの?何でもいいから役に立つことを教えてよ!」
「俺は目の前の打者を打ち取ったり、ボールを前に飛ばすことしか考えてませんよ。」
「エラーしたらどうしよう。とか考えたこと無いの?」
「そりゃあありますよ。ですがそういうことは考え出すときりがないので、意識的に考えないようにしています。」
「それが出来ないから困っているの!」
「飛田君、どうすればできるようになるのか教えていただけませんこと?この有栖川 蘭、ものすごく知りたいですわ。」
「私からもお願いするよ飛田君。多分他の皆も同じ気持ちだと思うよ。」
武本先輩の発言に皆さんが同意したように一斉に頷く。
珠三郎は一瞬たじろいだが、すぐに最適な返答をしようと考える。そして十秒ほど経ってから珠三郎は口を開いた。
「そうですね…やっぱり経験と自信ですかね。」
「や、やっぱり経験がいるの?それじゃあ本当に打つ手無しになっちゃうよ…。」
「しかし経験は今からじゃどうしようもありませんが、自信は何とかなりますよ。」
「えっ!?」
沈みかけた先輩の表情が活気を取り戻す。
すると珠三郎は急にバットを持って立ち上がると、力一杯スイングした。それは一切の力みも無く、体に巻き付くような一振りだった。野球部の面々はあまりの完成度に言葉を失った。
「…これが世界の4番のスイングです。真芯で捉えれば、必ずスタンドに放り込む自信があります。そしてそんじょそこらのピッチャーなら打ち取ったりできないでしょう。
先輩方はそんな俺をヒット性の当たりだったとはいえ、センターフライに打ち取ったんですよ。」
「そ、そうだよね。確かに君を打ち取ったね。」
「さらに言えば、さっきも言いましたが、皆さんの腕前はこの福岡県の中でも恐らく優秀な方です。県大会でも好成績が残せるくらいのレベルです。」
「そ、それがよく解らないんだよね。あまり試合をしたことないもんだから。」
「先程のキャッチボールだけでも皆さんが優秀なのは明らかです。全体を通して暴投と捕球ミスが合わせて三回です。これは
U-15日本代表でもできないでしょう。」
「えっ!?キャッチボールをミス無くすることって基本じゃないの!?」
「だからこそ難しいんです。少なくともキャッチボールだけなら全国でも通用しますよ。」
「「ぜ、全国!?」」
「し、知らなかったな…私達のキャッチボールってそんなに凄かったのか…。」
「確かに、去年の、秋季大会の、相手、キャッチボールで、ミス連発してた。」
「あんなにミスをなさるのが不思議なくらいでしたわ。」
「こんなアタイ達でもできるんだからアイツらって大したことないんだな。」
先程まで不安で一杯だった野球部の皆さんが少しずつ自信を持ち始めてきたな、あともう一押しか。
「それに今度対戦する相手は、強いとは言え所詮は草野球チームです。遊びで野球をやっているようなオッサン達に負ける気がしますか?しませんよね?」
「「しないに決まってる!」」
「その意気です。相手を恐れることは大事ですが、時には相手を舐めてかかるのも大事なことがあるんです。」
「相手を舐めてかかる…そんなこと考えたこと無かったよ。でもやっぱり少し不安が残るかな。舐めてかかろうにも私達は勝ったことが無いからな。」
(さて、あと一押しだな。何とかして先輩方に自信を付けさせないと…何かないかな。)
珠三郎は最後の一押しをどうするかを迷っていた。とりあえず周りを見渡してみると先程の勝負で使ったバットを見つけた。
そして、あることを思いついた。
「先輩!ノックをしましょう!」
「えっ?別にいいけど…でも何で急にノックをしようと思ったの?」
「いいえ、ただのノックじゃありません。俺ができるだけ忠実に再現したU-15日本代表のノックです。高校野球でも全国レベルのノックだと自負しています!このノックができれば草野球チームなんか敵じゃありません!」
「全国レベルのノック…!」
〈〈ゴクリ〉〉
「じ、じゃあ飛田君!私達にノックを打って!」
「わかりました!では皆さん守備についてください!」
「「はい!」」
そして先輩達が守備につくと、珠三郎は早速ノックを始めた。
「じゃあまずは内野からいきますよ!サード、宮田先輩!」
〈カキィン!〉
珠三郎が打った打球はサードの左横に痛烈に転がった。
(速い!?でも…!)
「反応できないわけじゃあ無い!」
サードの宮田先輩はすかさず横っ飛びで捕球を試みるが、ボールはグラブの先を掠めるだけに終わった。
「うわっ!悔しい!飛田君、もう一度お願い!」
「わかりました!もういっちょ!」
〈カキィン!〉
打った打球は先程とほぼ同じ場所を転がる。
〈バシィッ!〉
今度は宮田先輩が横っ飛びすると、ドンピシャのタイミングでボールを掴んだ。すぐさま宮田先輩は立ち上がり、そのまま一塁に送球、ボールは見事ストライク送球でファーストの有栖川先輩のミットに納まった。
「やった!」
「ナイスキャッチです宮田先輩! よし、次はショート、天野先輩!」
〈カキィン!〉
(あっ!しまった、少し引っ張り過ぎた。これじゃ三遊間を抜けてしまう。)
打球はサードの宮田先輩の横を転がり、確実に外野に抜けるような物だった。だが…
〈バシィッ!〉
「!!」
抜けると思った打球を天野先輩は横っ飛びもせずに逆シングルで追い付きキャッチ、そのままジャンピングスローで一塁に送球、ボールはワンバウンドしてファーストミットに納まった。
「な、ナイスプレー…!」
「へへへっ、誉められちゃったー!ねぇねぇ飛田君、私ってすごい?」
「勿論です!今のを捕れるショートは日本でも少ないですよ!」
「わーい!」
「じゃ、じゃあ天野先輩!もう一度、今度はダブルプレーをやってみてください!」
「えっ?ダブルプレーって何?おいしいの?」
「へっ!?」
「ちょっと水希、前に教えたでしょ!捕ったらセカンドに投げるやつよ。ゴメンね飛田君、彼女アホだから忘れっぽくって。」
「え、あ…いや、わかりました。ダブルプレーはまた後でやりましょう。じゃあ次はセカンド、武本先輩!」
「よしっ、来い!」
〈カキィン!〉
打球は一、二塁間を転がるヒット性のゴロだ、だが武本先輩は難なく掴み、そのまま一塁に送球。なんというか、普通にうまかった。
「ナイスプレー!じゃあ次は有栖川先輩!」
〈カキィン!〉
打球はファーストの真正面を転がるイージーボールだ、有栖川先輩はベースのすぐ横でボールを待っている。だが突如ボールが有栖川先輩の前で大きく跳ねた!しかし有栖川先輩は見事に反応し、体を仰け反らせながらもボールをミットに納めて、ベースを踏んだ。
「ふぅ、少々驚きましたが、どうということもありませんでしたわね。」
(う、うまい…あんな打球にいきなり反応できるなんて…)
「な、ナイスプレーです有栖川先輩。じゃあ次はレフト、葵先輩!」
〈カキィン!〉
打球は鋭いライナーでレフトまで飛んでいく。葵先輩は前進せずに半身になって真っ直ぐバックする。そしてギリギリでボールに追い付いてキャッチした。
(良い判断だったな…ライナー性の当たりは前に出るか、後ろに退がるかの判断が難しい。迷わずに後ろに退がったことがキャッチ出来た大きな要因だな。)
「良い判断です葵先輩!じゃあ次はセンター、夢野先輩!」
「おっしゃ、来い飛田っち!」
〈カキィィン!〉
打球は右中間の深い場所、さっきの勝負で珠三郎が打った場所よりも深い場所に上がった。
「ちょ、ちょ、ちょっと飛ばしすぎっしょ!」
打球はグングン伸びていく、だが夢野先輩はまたもや追い付いてボールをジャンピングキャッチ!
「ナイスランとキャッチです夢野先輩!じゃあ最後にライト、米塚先輩!」
「うん、いつでも良いよ。」
〈カキィン!〉ライトのポール下、フェンスとグラウンドの境目に高い弾道を描いて打球は飛ぶ、打球の滞空時間が長かったため、米塚先輩はボールをキャッチした。僕はそれほど驚かなかったが、次の瞬間僕は今日何度目か解らない驚愕をした。
なんと米塚先輩はそのままライトの一番深い場所からホームへ低い軌道の送球を放つ。そしてボールはノーバウンドでキャッチャーのミットに納まった。
(な、何だ今の送球!?プロ顔負けじゃないか!いや、メジャーリーガーでも数人できるかどうか…。)
あまりの見事な送球に呆けていると、結城先輩が「まだ続けないの?」という目を向けてきたので、そのまま30分ほどノックを続けて、適当なタイミングできりあげた。
ノック終了後、結城達は飛田を半円状に取り囲んでいた。
「ど、どうだった飛田君?私達次の試合で勝てるかな?」
「……」
「おいおい飛田っち、何か言わないと解んないよ。」
「……」
「飛田君、あまり焦らすのは感心しないよ。」
「…何も言うことはありません。むしろこれで勝てなかったら、神を恨むくらいです。つまり、絶対勝てますよ!」
珠三郎が強く主張すると、結城達は顔一面に笑顔を浮かべて、直後に「やったー!」と叫びながら部員全員で喜んでいる。
「しかし流石ですね、皆さんの野球の腕前は、守備しか見ていませんが、少なくとも俺のいたU-15日本代表と遜色無いと思いますよ。だから自信を持って立ち向かいましょう!」
「うん!何か自信が湧いてきたよ!
よーし皆!とにかく練習するよ、次の試合は必ず勝つよ!」
「「おーう!」」
「あのぅ、水をさすようですみませんが、俺は肩の怪我の定期検診があるので先に帰っても良いですか?」
「えっ!?い、良いよ。」
「ありがとうございます。では先に失礼します。」
「「うん、また明日ー!」」
「はい!また明日からも来ます!」
結城達と別れた後、珠三郎はとある場所を訪れていた。その名も『北楠整形外科』、建物自体は何処にでもあるような町の病院くらいの小さな建物だが、ここに居る医者は業界ではかなりの有名人らしい。
中に入って受付を済ませると、待合室で診察の番がくるまで待つ、すると10分も経たずに名前が呼ばれた。
顔馴染みの看護士に案内されて診察室に入る。中には若い女性が白衣を着て椅子に座っていた。
「あら来たわね飛田君、ほら脱ぎなさい。」
「はぁ、もう馴れましたが…やっぱり開口一番そう言うのは止めてください。そのうち変な誤解を招きますよ。」
「誤解?飛田君は一体どんな誤解をされると思うかしら~♪」
「…もう良いです。」
珠三郎が忠告を諦めた彼女は 北楠 真紀子、まだ二十代後半の彼女は艶やかな長い黒髪、スラリと伸びた美しい手足、そしてつり目気味の大きな瞳、誰もが認める美人女医として町でも有名な人だった。だが彼女はただ顔が良いだけではなく、アメリカの某有名医科大学を卒業し、博士号まで持っている名医でもある。
「どう、この辺りとか痛むかしら?」
「…はい、でも痛み自体は弱くはなっています。」
「じゃあ次はここ。どう、痛む?」
「いえ、そこは痛みません。」
「なるほどね、もう服着ていいわよ。」
珠三郎は北楠の許しを得て服を着る。そして再び患者用の椅子に腰かけて北楠に向き直る。すると北楠は説明を始める。
「経過は…まぁ順調よ、でもまだ当分ボールは投げられないわ。
でももう日常生活には支障は無いでしょう?」
「はい、もう腕を挙げても痛くはないです。」
「そぅ…なら良かったわ。…去年の肩を壊した直後の飛田君は正直見てられなかったからね、勿論野球ができなくなって辛いでしょうけど、何事も前向きに捉えれないといけないわよ。」
「あのぅ北楠先生、前向きついでに一つお願いがあるんですが?」
「駄目よ。」
「まだ何も言っていないのに!?」
「だってあなたの考えていることはすぐに解るわ。どうせ…どうしても勝ちたい勝負があるから痛み止めを処方してください。
とでも頼むつもりだったのでしょう?」
「…当たりです。」
すると北楠先生は呆れたようにため息をつくと、珠三郎を諭すようにゆっくり話し始めた。
「良い飛田君、あなたの怪我は少しずつだけど完治に向かっているの。だけど今無理をすれば去年の状態に逆戻りよ。
だから今は大人しくしていなさい。そもそもどうしてまたそんな事を言おうと思ったのかしら?」
「それは…」
珠三郎は今日あった出来事を詳しく北楠に話した。
「なるほどね…それであなたは今のままでは力になれないからそんな事を言ったのね。」
「はい、打者としてならまだ力になれますが…やっぱり守備ができないのは問題です。プロ野球みたいにDHがあるわけではありませんし。」
「でも医者としてOKを出すわけにはいかないわ。冷たいようだけど、今の戦力で頑張りなさい。良いわね?」
「…はい。では帰ります。ありがとうございました。」
「お大事にね。」
珠三郎は少し落胆をしながら病院を後にしたが、すぐに気持ちを入れ換えた。
(落ち込んでる場合じゃないな。試合まであと少し、今は先輩達とどう勝つかを考えないと。)
珠三郎は明日以降の練習メニューを考えて始めた。
そして試合の日がやってきた。