勝負、そして入部
中学三年の夏、中学生シニアの県大会二回戦で俺は肩を壊した。
医師の診断ではおそらくオーバーワークだろうとのことだった。
そして日常生活には問題ないが、もう右肩で野球をすることは無理かもしれないとも言われた。
当時は怪我のことを受け入れられずに日々を過ごしていて、何度も右肩でキャッチボールをしようとしたのだが案の定肩に痛みが走り、ボールをサードからファーストまですら投げられなくなっていた。それでも野球から離れたくなくて所属していたシニアチームの雑用をこなしていた。
だが最後の大会も終わり、チームを退団するとすぐに受験勉強が始まった。そしてこの時にはもうある決断をしていた。
「高校生になったら何か別のことをやってみよう。」…と。
そして受験勉強の末に福岡県立陽泉高校に受かって今に至る。
「どう飛田君?落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です。痛みはだいぶ退きましたから。」
「しかしさっきは驚いたよ。急に肩を押さえてうずくまったからさ、てっきり脱臼でもしたのかと思ったよ。」
先輩達は練習を一時中断して俺を介抱してくれた。そのおかげでもう痛みはほとんど無い。
すると葵先輩が僕に確認するように問いかけた。
「やっぱり、まだ肩は治っていない?」
「…はい。」
「あん?碧っち、治ってないってどゆこと?もとからコイツ肩が悪いわけ?」
「これ見る。」
そうして葵先輩は鞄からタブレット端末を取り出して、とあるスポーツ新聞のページを公開した。
そこには八面ながらも大きな記事で『中学生No.1ピッチャー、肩を負傷。回復絶望』と書かれていた。肩を押さえてうずくまる俺の写真付きで。
「これって飛田っちだよな?怪我…なのか?」
「彼は中学時代、に肩を負傷、だから、もうボール、投げられない。」
「本当なのか飛田君?」
「えぇ本当です。しかし葵先輩も良くあんな記事を持っていましたね?」
「情報通を、舐めないほう、がいい。」
「でも飛田君の話が本当だとすると高校に入ってからは野球とは別のことをしたかったみたいだけど…。」
そう武本先輩が呟くと全員が結城先輩の方を振り向く。
「キャプテン、また話もちゃんと聞かずに人を連れてきたね?」
「だ、だって校門前で待っていたら飛田君が私を見ていたからてっきり野球部に興味があるのかな~って。」
「結城さん、物事には順序というものがありましてよ。まずは話をちゃんと聞いてから行動すべきですわ。」
「うぅ…すみません。」
「「謝る相手が違うだろ!」」
「あのぅ、もう良いですよ。全然気にしてませんから。」
「いいや飛田君、杏を甘やかしたらいけないんだ。彼女は行動力があるし、人当たりもいいからキャプテンを任されてるけど、後先考えずに平気で人を連れてくるんだ。しかも強引に。だからうちの野球部は学校内では良い評判どころか悪い評判が目立つ羽目になっているんだ。」
「明ちゃん、それくらいにしてあげよう。杏ちゃんが全部悪いわけじゃあないんだし。」
「確かに凛が言うことも一理ある。じゃあ杏、次からは本当に気をつけてよ。」
「はい!以後気をつけます!」
「その言葉もう何回聞いたか忘れたよ。」
すると今まで叱られていた結城先輩が急に真剣な眼差しで珠三郎を見つめて口を開いた。
「でも飛田君、何で高校で野球辞めようと思ったの?」
「それは…自分の肩じゃ足手まといになるだけですから。」
「それだけ?」
「それだけ…です。」
「じゃあ飛田君、君野球は好き?」
「そりゃあ…この歳まで続けているのだから好きに決まっているじゃないですか!」
「じゃあ野球しようよ!好きなことを我慢してまで他の部活に入ることはないよ!」
「でも…今の自分は塁間さえまともに投げられないんですよ!こんな俺がいたんじゃ練習に差し支えるだけですよ!」
「だから足手まといなんかじゃないよ!ボールが投げられなくても出来ることはいっぱいあるよ!例えばバッティングとか、ランニングとか!」
「そ、それはそうですけど…。俺は…」
「あぁもう歯切れが悪いなぁ!それなら勝負よ!
私達が守るから君は打席に立ってバッターをしてっ!君がヒットを打てば私達は諦める、私達が打ち取れば君は観念して野球部に入る!いいね!?」
「えぇっ!?何でそうなるんですか!」
僕の疑問には答えずに結城先輩はそそくさとキャッチャーの防具を付け始める。
すると武本先輩に肩を叩かれた。
「観念した方が良いよ飛田君。こうなった杏はもう止まらないからな。さぁ皆守備につくよ!」
「はーい!」
そして野球部の人達も速やかに準備を整えて、あとは俺が打席に立つだけですぐに始められる。
「さぁ飛田君!勝負よ!」
「はぁ、わかりました。そこまで言うなら勝負です。」
俺はバットケースの中からバットを一本取り出して右バッターボックスに立つ。
打席に立つのは3ヶ月前のバッティングセンター以来だ。
ピッチャーは無口な半田先輩だった。
「左利きか…右よりは打ちにくいけど。」
《初球》
半田が大きく振りかぶってオーバースローでボールを投げる。
投げられたボールはストレート、外角低めに決まる。
「ストライクだよ飛田君。」
そう呟いて結城先輩は半田先輩にボールを返す。
(中々速かったな。130㎞/hは出てるか。しかも初球からあのコースに決められたら手が出ないな。)
カウント 1ー0
《二球目》
半田が振りかぶって投げる。
(さっきより遅い。変化球か?)
初球と同じように二球目も見逃す。するとボールは小さくカーブして内角低めに外れる。
「ボール…ですよね?」
「うん、釣られるかと思ったけど駄目だったね。」
カウント 1ー1
《三球目》
半田が振りかぶって投げる。
真ん中高めに浮いたようなボールだった。
(ムッ、絶好球!)
俺はできるだけコンパクトにバットを出した。だがボールは直前でわずかに右にシュートしてバットの芯を外れる。
ギィンッ!と鈍い音立ててバットに当たったボールは一塁線右横に転がってファールになる。
「追い込んだよ恵利!リラックスして行こう!」
マウンド上の半田先輩は静かに頷いた。
(今の球は狙って曲げたというよりはナチュラルにシュート回転がかかった感じか?狙って投げてるとしたら厄介だな。)
カウント 2ー1
《四球目》
半田が振りかぶって投げる。
外角のボールゾーンから内に入ってくるカーブだった。
(よしっ!見逃し三振よ!)結城は勝利を確信した。だが、珠三郎はカーブが来ることを予測していた。
カキィィン!と良い音を立てた打球は右中間深めへのフライだった。今度は珠三郎が勝利を確信した瞬間だった。
「俺の勝ちですね。カウントもピッチャー有利でしたからもう一度ボール球でも良かった気がしますよ。」
「いや飛田君、私達の勝ちだよ!」
「何を言って、あの打球なら確実に外野を抜けるはずです…!」
右中間を見るとあの夢野先輩が自慢の快速を飛ばしてボールを追っていた。そして足から滑り込みながらグラブを出す。ボールはノーバウンドでグラブに納まった。
「はい、アウト!勝負は私達の勝ちだね。」
「そんな…あの打球を捕るだなんて…。」
「さぁ飛田君、約束通り野球部に入ってもらうよ!」
「ぐぅ…約束した覚えはないけど…勝負に負けた以上従うしかないし…それに、やっぱり野球…したいしな…。」
不本意な勝負だったが負けてかえってスッキリした。そのおかげでもう一度野球をやりたいという気持ちに遠慮しなくてよくなった。あとはもう自分の気持ちに従えば良かった。
「結城先輩…いや野球部の皆さん、どうかよろしくお願いします。」
俺が素直にそう言うと結城先輩は目を輝かせた。
「やったー!今年の新入部員第一号が入ってくれたー!皆、飛田君が野球部に入るってー!」
「まぁ勝負に負けたから当然っしょ。」
「さっきの打撃、アウトになったけど、ナイスバッティング。」
「歓迎致しますわ飛田君。」
「やったー!後輩が出来たー!私のことは水希で良いよー!」
「……。」
野球部の先輩方全員から歓迎されながら俺は先程から抱いていた一つの疑問を彼女達に投げ掛けた。
「そういえば皆さんはこれだけの野球の腕前があるのに何故有名じゃあないんですか?皆さんの腕前なら県大会まではいけるレベルですよね?」
すると今まで歓迎ムードだった雰囲気が一瞬で暗くなった。
皆気まずそうにしながら目を泳がせている。そんな中結城先輩がバツが悪そうに答えた。
「実はね…私達試合経験がほとんど無いの。だから大きな大会だと萎縮しちゃって本来の野球ができずに試合が終わっちゃうの。」
「えっ?練習試合とかしないんですか?」
「うちみたいな無名の学校と練習試合をしてくれる学校なんてほとんど無いよ。だって創部してから四年間で一回も勝ったことなんて無いんだから。」
「そんな…いくら何でも練習試合をどこも受けてくれないなんてあり得ないですよ。」
「うちにはコネもなんも無いからね。」
「例えそうだとしても!」
「お取り込み中失礼しますが、野球部の部長さんはいますか?」
「えっ?」
突然声をかけられた方に野球部の全員の目が集中する。視線の先には金髪の女子生徒が立っていた。
「えっと…あなたは確かうちの学校の生徒会長さんでしたよね?確か…今田先輩ですよね?」
「「げっ今田!」」
「そこ!やたらに嫌な顔をしない!そんなことより皆さんにお話があります。」
「「話?」」
「えぇそうです。実は今年の新入生の方が新しい部活動を始めたいと言ってきてましてね、ですがこれが運動部で、しかも屋外のスポーツでして、本校のグラウンドはもうこれ以上スペースがありませんし。」
「今田ちゃん、長い話はとりあえず置いておこうよ。話の本題をまず先に言って。」
「失礼しました。では率直に言います。野球部を休部にしようかと考えています。」
「「え、えぇぇー!」」
突然告げられた提案に皆さんも俺もビックリした。
「何でうちなの!?他の部活にはこんなこと言った!?」
「いえ、他の部活には言ってませんよ。理由としては皆さんが何の実績を残していないからです。他の運動部は何かしらの結果を出しています。」
「うぐぐ…因みに新しく始めたい部活動って何よ?」
「あぁそれなら本人が来てますから直接話をして貰いましょう。
浅田君!こっちに来て説明して。」
すると河川敷の土手の上から背の高い男子生徒が降りてきた。
筋骨粒々としていて、厳つい顔をした、とても一年生とは思えない奴だった。
「初めまして、自分は浅田と申すでごわす。自分は新しくクリケット部を設立したいと考えています。」
「く、クリケット?あのインドとかで盛んなスポーツの?」
「そうでごわす。」
「彼はこう見えてクリケットのU-15の日本代表だそうです。
あまりこういうことは言いたくはないけど、あなた達よりも彼が作るクリケット部の方が実績を残しそうな気がしますから…どちらをとるかと聞かれればクリケット部を設立した方が良いと私は思いますが…」
「「ふざけないで!」」
「お、俺も反対ですよ!」
「と、言うと思いました。そこで浅田君から提案があるそうですよ。」
「野球部の皆さん、実は自分の従兄弟が草野球チームの監督がいるでごわす。そこそこに強いチームだから彼らと試合をして皆さんが勝てば自分はクリケット部を諦めるっす。」
「い、いいわ!その提案を受け入れようじゃない!皆、やるわよ!」
「「おおー!」」
「試合の日時は従兄弟に聞いてからお知らせするでごわす。では自分は失礼するっす。」
「それでは私も失礼するわ。試合の日は私も観戦いたしますから楽しみにしています。」
そう言って突然の来訪者達は去って行った。
すると今まで強気な態度をとっていた結城先輩や他の先輩方がそわそわしだした。
「どうしよう…つい売り言葉に買い言葉で受けちゃったけど…私達試合するのよね?」
「どうするのよ…明らかに負ける可能性が高いわよ。」
「ぶっちゃけ勝てたら奇跡っしょ。」
「経験なんてすぐにどうにかなる問題ではないですわね。」
「……」
「多分、問題、無い。」
「葵っち、何か良い案があるの!?」
葵はまっすぐ珠三郎を指差す。指された珠三郎はキョトンとしているが葵は続ける。
「あの浅田も、日本代表だけど、飛田君も、日本代表。」
「「え、えぇぇー!!?」」
「しかも、優勝。そして、MVP、ベストナインも、取った。」
その言葉を聞き終わると先輩方は一斉に珠三郎を見る。そしてまたも結城先輩が俺に頼みこんできた。
「お願い飛田君!私達にどうすれば勝てるか教えて!」
「「教えて!」」
「え、えぇ~?」
入部1日目から早くも波乱の予感がしてきた、と珠三郎は内心思った。だがこの予感はすぐに的中することはまだ珠三郎も知らなかった。
ーーーーーーーーーー《続く》ーーーーーーーーーーーー
今回も各登場人物の個性があまり出せずに終わってしまいましたので、次回はそのあたりを詳しく書けたら良いなと思います。
次回の予告としては試合の途中まで書く予定です。