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太平洋戦争の一幕

桜花と共に

作者: 山中 孤独

桜花おうかは日本海軍が太平洋戦争中に開発した特殊滑空機(有人ミサイル)である。

特攻兵器として1944年より開発され、1945年(昭和20年)から実戦に投入された。

(Wikipediaより参照)

 僕の家の庭には、一本の桜の木がある。

 いや、桜の木があったんだ。

 僕が、尋常小学校に入学する朝も、帝国大學の試験を勉強している夜もずっと見守っていてくれた。

 だけど、先月空襲により焼けて跡形も無くなったらしい。

 母からの手紙に書いてあった。

 僕は、その時になって、庭の桜の木が好きであったことに気づいた。

 できれば、もう一度その姿を見たかったと悔やんだ。

 しかし、桜の木はもう庭に無いのだ。

 それに、僕はもう、家に帰ることは無いのだ。

 僕はずっと、航空機搭乗員の訓練を受けていた。

 しかし先月、僕は特別攻撃隊に選抜された。

 天もその日を僕の死んだ日と認めたのだろう。

 運命の皮肉なのか、特攻隊に選ばれたその日が、桜の木が焼けた日なのだ。

 そして、明日は桜の木が焼けてちょうど一ヶ月。

 

 桜花に搭乗して、特別攻撃を決行する日だ。

 死ぬのが怖いとは思わない。

 家族には悪いことなのかもしれないが、不思議と勇気がわいてくるのだ。

 不格好ではあるが棺桶も用意されているし、一応、死ぬ場所もきちんと準備されている。

 僕は曲がりなりにも日本男児としての本懐を遂げることができるからだろうか。

 死なんて恐れない。

 むしろそれより、桜の木のことが頭から離れない。

 まるで、僕の頭のなかに太い根を生やしたかのように。




 僕は床についてからずっと、桜吹雪の舞う庭を思い浮かべていた。

 そこに、妹がいて、父がいて、母がいる。

 これは紛れもなく四年前の春の光景だ。

 まだその頃は米英と戦争をする前だった。

 

 僕は悲しくなり、枕に顔を埋めた。

 その夜は、ずっと、桜の木を考えていた。

 最後の夜だと言うのに、親のことを考えなかったなど、なんて親不孝な子供だと自分でも思う。

 ごめんなさい。




 朝が来た。

 今日の夕方、一式陸攻に載せられた桜花で、特攻する予定だ。

 いつも通りの生活を送り、昼食を食べ、いつも通りの生活を送り、儀式を済ませ、一式陸攻に乗る。

 いつも通りの生活も新鮮に見えた。

 全てが輝いて見えた。

 明日が来ないことがこんなにも、悲しいことだとは知らなかった。

 一式陸攻の中は僕を送り出すと言う使命感に駆られて、誰一人明るい顔をして前を向いている方はいなかった。

 僕は死地に向かう僕に対して、罪悪感を抱いたからなのか、誰一人として喋る者はいなかったけれど、僕は彼らの心遣いに励まされた気がした。

 僕は、そんな沈黙という心遣いに嬉しさを覚えながらも、それを心にしまい、出撃を待った。

 

 

 


 一式陸攻は飛び立った。 

 その揺れは、僕の体を程よく揺らした。

 音はいつも使っていた練習機・菊花とは全く違う、大型攻撃機らしくどっしりしていた。

 鉄と油の匂いは鼻から身体へと伝わってくる。

 目には自分が陸から離れているのが映る。

 それは、菊花と同じだ。

 しかし、自分が操縦していない分、新鮮に見える。

 そして、何より、死ぬ前だからだろうか、全てが全て、新鮮なのだ。 

 



 僕は運が良かった。

 僕の前に桜花で攻撃したときは、敵戦闘機の迎撃に遭い、一式陸攻が全機撃墜されたと聞いていた。

 だから、一式陸攻が僕の棺桶になるんじゃないかと思っていた。

 

 僕は一式陸攻の乗員たちに敬礼して乗員たちの答礼を受けてから、桜花に飛び移った。

 パイロットたちの顔は皆俯いていた。

 僕を送り出すことの後ろめたさは、彼等にしかわからないのだろう。

 送り出される僕でさえ彼等の気持ちはわからないのだから。

 彼等は無言で、桜花と言う棺桶に、僕を乗せてくれた。

 そう言えばこの棺桶の名前も、桜の花と書いて桜花なんだな。

 改めて僕は意識した。

 そして、僕を乗せた桜花は一式陸攻から離れる。

 目標は敵空母。

 

 ジェットエンジンが噴射を開始する。

 菊花では、絶対聞くことが出来なかった轟音である。


 僕は「洋上に浮かぶ飛行場」へと飛び込んでいったのだ。




 大好きな桜花さくらと共に。 

 


桜花。

桜の花と書いて桜花。

日本らしい美しい名前でありながら、その実態は、青年たちを誘導装置として起用した、誘導ミサイル。


効率的なのかと聞かれれば、実際のところ誘導装置を作る技術があまり進展していなかった第二次世界大戦において、ある意味誘導兵器の完成形に辿り着いたため、間違ってはいないのかもしれない。


しかし、そのために死んでいった青年たちのことを考えなかった軍の幹部たちは、少なくとも間違っていたと作者は考える。


死んでいった青年たちは、死ぬ寸前に何を思っただろうか


作者にはわからない。


彼等の冥福を祈り、この話を終える。

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