5.わがままを言った日の事
陽の光だろうか、瞼を白く照らされたそれに俺は眼を覚ました。
パチリと開いた。
瞬間眼に映ったのは白いエプロンに包まれた柔らかそうな二つの膨らみと、こちらを見下ろしている無表情の神崎だった。
「う……ん……え……!? 、ええええ!? 」
思わず叫び声が出る。
「おはようございます、主様、お目覚めはいかがですか? 」
俺の驚きを無視するかのように淡々と挨拶する神崎。
咄嗟に起き上がろうとしたが、自分の胸の上に置かれた神崎の腕の重さを感じたことで、徐々に昨日の記憶がよみがえってきた。
「おはよう、ちょっとびっくりしたけど、ってまさかあのまま寝ちゃった!? 」
「はい、周囲環境に問題はないと判断しましたのでこのまま一晩お過ごしいただきました、体調に問題はございませんか? 」
「いや、大丈夫、大丈夫だけど、神崎は大丈夫だったの? 足重たくなかった?」
「問題ありません、魔法人形ですので」
「そっか、ごめんねしんどかっただろうに」
「それこそご心配無用です、侍女ですから」
「うん、何か知らんが納得した」
またしても説得力のある言葉に俺は妙に納得した。
転がったままの自分の頭は変わらず柔らかく離れがたいのでそのまま空を見上げる。
まだ陽が昇ってから早く、世界は朝日に照らされて眩しいほどだった。
そのまま森に視線を向ければ幾つもの鳥の鳴き声が聞こえ、高い森の上を滑るように飛んでいるのが見える。
「鳥が飛んでる……生き物いるんだね」
「そうですね、1000年前にほぼ同時に放たれた第九級世界魔法が互いに干渉した結果でしょう、崩壊の少ない地域や、逆に異常成長した生物も多いようです」
「そっか……なんであれ世界には命が満ちていると」
「はい」
鳥の鳴く合唱を聞くことしばらく俺は神崎の手をポンポンと叩き腕を開いてもらい起き上がった。
うーんと背を伸場した体に異常はなく爽快ですらあった。
同じく立ち上がった神崎が俺の背の汚れを丁寧に払ってくれる。
全てを取り終えた神崎はこちらを向いて口を開いた。
「時間で言えば少し早いですが朝食と致しましょうか?」
「そうだね……」
俺は何度見ても飽きることのない風景に見蕩れながら答えた。
「せっかくの天気だし……外で食べたいかな」
「そうですか、それでしたらすぐに準備致します」
そう言うと神崎は自身の着物の袖に手を入れると、するりと丸いテーブルを取り出した……さらに続いて椅子が取り出される。
「ってどうやって出した!? 」
どう考えても入らない大きさのそれが出てきたことに俺は驚いた。
「袖の内部は圧縮魔法により造られた空間となっております、片腕で質量1トンまででしたら荷物を収容可能です」
「へぇ、魔法ってすごい……」
今更ながら、異世界技術の凄さに驚いた。
さらに袖の長さ的に入るわけのないパラソルにいつの間にか作られていたランチボックスとコーヒーポッドなどが並べられた。
「どうぞ」
「うん、いろいろ突っ込みたい気もするけどありがとう」
神崎が椅子を引いて俺が座る。
まるでちょっとしたピクニックのような様子に心が躍った。
若干澄ましながら、まだ湯気が白く上るコーヒーを一杯頂き……苦い。
すぐさま角砂糖を二つ、ミルクをトロリと流し込み。味をお子様仕様に直して再度頂く。
「うん、美味しい」
「甘い方がお好きですか?」
「もともとそうだね。味覚が子供だったし、今は本当に子供だからかな、こっちの方がいいよ」
「今後作る料理の参考に致します」
「辛いものは苦手だから、そうしてくれると助かる」
「はい」
ハムハムとサンドイッチを頂く。
今日は風も穏やかで、森のざわめきも少ないが、その分鳥達の鳴き声が美しく響く、遠くに見える空中大地も落ちる滝の水しぶきが霧になって白く煙る下部を除いて、上部の緑が綺麗に見えた。
「……あっちの辺りもいってみたいな」
サンドイッチを取り上げながら意識を遥か彼方に伸ばす。
あの浮遊地から世界を見渡せばどんなに心地よいだろう。
馬鹿と煙は高い所が好きだと良く言われるが、まさしく俺は馬鹿の方だなと過去の自分を思い出し懐かしく思う。
「あちらに行きたいのですか?」
神崎の短い問いにサンドイッチを咥えながら少し考える。
取り出した卵サンドの甘味を楽しんだ後口を開いた。
「行ってみたいけど、まだここで色々やりたいな……例えば家を建ててみるとか」
「家ですか?」
神崎が首を傾げたのがわかった。
俺はそれを見ることなく、世界に視線を向けたまま答えた。
「地下生活で時々外を見るんじゃなくて、ここに家を建てて、ぼうっと彩り替わる四季を眺めてみたかったりしたいな、あの森の中を散歩してみたり、あの綺麗な川があるから泳いでみたり、そうだ魚釣りもいいなぁ。もうしばらくすると秋になるから、紅葉を楽しんで、落ち葉を集めての焼き芋をしてみたり、冬になって雪が降るんだったら大きな雪だるまを作ってみたり、二人でカマクラを作って鍋を包む、春になったら花見をして、梅雨になったら雨音を楽しんで。夏は……花火は無理だろうけど縁側でスイカを齧りながら蝉の声を聴く……」
浮かんでくるのは向こうでは子供の頃ですらできなかったあれこれだった。精神年齢はそれなりの年になっていても自分は子供の心を捨てきれなかったのか、子供になったせいなのかスラスラとやりたいことが浮かんできた。
しかし……。
「いや、ごめん、わがままだね……そのほとんどが神崎にお願いしないとできないのに……」
クツクツと自重の笑みが浮かぶ。
大人としての理性がそれをわがままだと切り捨てる。
しかし。
「やりましょう」
神崎ははっきりと口にした。
「え?」
「それらが主様のいえ、裕也様のお望みでしたら私にとってもそれは願いであります」
「でも……自分で言ってながらとっても大変だと思うよ」
俺は振り向いて神崎を見た。神崎も黒曜石の様な瞳をこちらに向けて目と目が合わさる。
「主の望を叶えるのが私達魔法人形の役割であり願いでもあります。どうか命じて下さい」
「いいの……?」
まるで今の僕は、おもちゃ屋を前に全てを買っていいと言われた子供にのようだった。
とても大きな期待とホントに良いのだろうかと思う小さな不安がせめぎ合う。
しかし、神崎はその無表情が何か別の、強い意志がこめられたかのように此方を見ていた。
「はい、全ては主様の願いの通りに」
そう言うと彼女はすっと頭を下げた。一体どちらが願いを願い、どっちがそれを実行するのか、役割が変わったかのように。
だからだろう、俺は、願い、僕は望んだ。
「うん、わかった。それじゃ僕の望を叶えて、神崎」
「はい」
彼女は然りと答えた。
もしかしたらこれが、この時がこの生活の本当の始まりだったのかもしれない。