1.俺が目覚め彼女と出会った日の事
暖かい。
そう意識した俺は自分が暖かな世界に浮かんでいるようだと感じた。
まるでぬるま湯にゆったりと全身を、それこそ頭から指の先までつかってるかのようなそんなそんな感覚。
それでいてその中で浮かんでいるようなふんわりとした気分。
心地よさだけがそこにはあった。
そんな中うっすらと意識が浮上する。
ぼんやりと瞳が開かれるが視界は白い。
霧の中にいるような曇りガラスから外を見たようなそんな視界。
しかし眠い……ぬくぬくの陽だまりの布団の中でちょっとだけ目が覚めたかのように眠かった。
だからすぐにしまるまぶたの中、だけどその瞬間俺が見たのは一人の女性の姿だった。
黒い髪の女性、無表情だけど、いままで見た中でもっとも奇麗だと思える女性。
もっとみたいな……。
しかし瞼がさがり視界が黒に染まる。そんな中美しい女性の姿だけが、焼きついたように俺の心の中に残された……。
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彼女はただ待ち続けた。
暗い室内、明かりは各機器が時折おこす、息遣いのようなボタンの点滅だけ。
駆動する機器のうねりの様な響きすらなんの慰めにもならずただ時間だけが過ぎていく。
しかしそれは最後に下された命令のとおりだった。
1000年の時間を耐え抜いていけるように厳重に管理されていた自己保持用補修槽に幾度も入りながら、ただそれだけを習慣とし時が過ぎるのを待っていた。
4PMMーX03 通称 ≪神崎≫
それが彼女の名前っだった。
第4研究所製造プロトタイプ・マジック・マリオネットー実験機の三機目
パラメトリ世界の豊津皇国、その直轄領。
統合歴3164年24月30日に製造されて。以後同地第4研究室の備品として各種実験に使用された彼女。
彼女が再生するのはかつての記録。それだけが彼女の……だった。
統合歴3182年、17月の終わり。
季節は秋の始まりながら各国が前年に使用した第八級戦略魔法の影響の為か猛烈な吹雪となる。
戦争の為、より効率的な人殺しの為、魔法技術が加速度的進化した結果、戦争は大規模で…取り返しのつかないレベルへと至っていた。
もはや人類の種の存続すら危ぶまれる現状を鑑みて、豊津皇国は『金剛石の稲穂』計画を立案、実行に移される。
それは生き残っている各シェルターに考えうる様々な方法で豊津皇国の種を保存、と同時に各国に対して第九級世界魔法を打ち込み、すべての消滅をもって戦争を終結させるというものだった。その保存装置の一つ、準備の間に合った127セットの卵子と精子を保存した人工孵化装置の守護者に選ばれたのが、彼女『神崎』だった……。
所詮人類が考えることはどこも似たようなものであり、結果各国がほぼ同時期に放った第九級世界魔法。
その影響化でぐちゃぐちゃになったしまった世界。
人類にとって悠久とすら言える時間、彼女はただ時が過ぎるのを待ち続けた。
その地下深くのシェルターで……。
彼女自身に設定された駆動時間。
保存装置に表示されたタイマー。
互いの時間のずれはなく、経過時間と残り時間を刻み続けた。
しかし、127個あった種の保存装置、それに灯っていた正常を示す青のランプは残り二つ。
戦時中に残っていた機材と急遽製造された粗悪品の数々。
1000年の時間を耐え抜くには不完全だったそれらの品々。
また一つランプが青から異常を示す黄色に……そして彼女にはどうすることも出来ず、赤のランプが点灯。
……一時間後、その明かりすら消えてしまった。
残ったのはたった一つの青い輝きだけだった。
しかしそれも……。
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音が鳴る。
合成された機械音、不安を引き起こされるような一定の音。
しかしそれは機械が駆動する確かな産声だった。
液体が満たされた成長槽に確かにそれが浮かび上がる。
そして各工程が成されていく。
自己保存が可能な年齢までの急速成長。
ただの細胞から胎児へ、胎児から、幼児へ、そして子供と呼ばれる年齢まで。
一歩。たった一歩彼女はその透明な成長槽に近づいた。
その時だろう。ほんの少し、少しだけ、その子供は目を開けた。
神崎はその子供を見つめる。
そして、その子供は確かに彼女を見て、笑ったのだった……。
……。
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……。
俺には珍しく驚くほどあっさりと目が覚めた。
クリアになっていく視界と頭の思考。
パチリと開いた瞼に、急速に意識が通っていく体。
そこには慢性的だった体の怠さもなく、眠気の残滓もない。
今までにない、爽快な目覚めだった。
だからそれだけに俺は驚きを隠せなかった。
逆に何かの異常か、はたまた急ぎ起きないといけない用事があっただろうかと不安が頭をよぎる。
今は何時だろう……。
いつもの習慣のように携帯か眼鏡を取ろうとして頭の上に手を伸ばそうとするが、しかしその体に通った全身の感触を裏切るように腕が上がらなかった。
あれ? と頭の中を疑問がよぎる。
ピクリとは反応するのに、感触はしっかりとあるのにほとんど動かない。
そうすると次は足を動かして体の向きをかえようとするのだが、それも動かない。
何がどうなっている!?
不安がよぎる。
ブワリと背中に冷汗が駆け巡る。
せめても時間だけは確認しようと、首を動かそうとするがそれも動かない。
結果見えるのは天井だけだった。
その天井は、真っ白のそれだったが、いたるところにヒビがはいり今にも崩れてきそうなほどぼろく見えた。
ここはどこだ?
そんな疑問が過ぎった瞬間。
「おはようございます。新たな主様、ご気分はいかがでしょうか? 」
唐突に女性の声が聞こえた。
そのあまりの唐突さに心臓が跳ね上がる。
「ッ!? 」
驚きで声が出ない。
これほど近くに見知らぬ他人がいるのに気が付きもしないなんて。
ギリギリとほとんど動かない体を精一杯動かして首を傾ける。
なんとか眼も精一杯横に寄せると真っ黒髪の頭と突き刺さった何か……簪だろうか、それらが見えた。
「……だ、だれ? 」
それだけしか見えないのが逆に不安だった。
不安から声が震える。
「名乗ります。私は、4PMMーX03通称≪神崎≫といいます」
その人は律儀に答えてくれたが、意味不明の英文がくっついていてほとんど聞き取れなかった。
「……4、P、かん、何? 」
「第4研究所製造プロトタイプ・マジック・マリオネットー実験機の三機目、神崎です」
詳細に名乗ってくれたようだが、言葉の音は理解できても、その一つ一つの意味が理解できない。
一先ず二度目登場した神崎と言うのが名前らしいというのは唯一理解できたが。
俺は、一先ずややこしそうなあれこれを無視して質問することにした。
「えっと、その神崎さん? 」
「神崎と呼び捨てにしていただいて結構です。なんでしょう? 」
「……い、いきなり初対面の人を呼び捨てにするのはちょっと、えっと、俺の今の状況って説明できるかな? 」
「はい、主様。主様は豊津皇国の『金剛石の稲穂』計画で誕生されました。純血の豊津皇国の国民でらっしゃいます。お生まれになってから二日経過したところで御座います」
意味が分からなかった。
「ごめん、さっぱりわからない」
「はい、であろうと思います。ですのでこの場をお借りして説明をしたいと思いますがよろしいでしょうか?」
「ぜひともお願い」
俺は動かない体そのままに頭だけしか見えない神崎さんの説明を取りあえず聞く事にした。
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彼女から聞かされた1000年前からの話、SF小説の設定かなにかだろうか? 最初に頭の中をよぎったのはそれだった。
しかし、ひび割れた天井を見上げながら思い出すのはかつての自分、徐々に繋がってしまった記憶を思い出すと急に体が震えだす。
「……そうだ思い出した……。俺はあの時事故にあって……」
自分が乗っていたバス。
それが急な振動と共に回転、横転する、ぐるぐると回る視界に、飛び跳ねる人と荷物。
そして壊れたバスの部品が自分に向かって……。
「あ、あああ、ああああああああああああああ!!! 」
恐怖が恐怖を呼び、震えが全身を包む。さらに動かない体が不安に拍車をかけて……。
「このような結果になるとは。お許しください主様。ですがご安心ください」
彼女はそう言うと俺の上半身を軽々と抱き上げて腕を廻す。
柔らかな彼女の体。暖かなそれらで甘い香りが体全身を満たす。
彼女は俺を抱きしめてくれたのだった。
「お傍におります、どうか、どうかご安心下さい」
その言葉からは廻された腕と柔らかな乳房から万感の優しさが伝わってきた。
子供の頃の、いやそれ以前の悪夢に泣いた幼児のころ、母の腕で抱きしめられたそんなころのような優しさが全身を包む。
不安など消えてなくなった。恐怖もなくなった。
ほんの短い間かもしれないし、かなりの時間だったかもしれない。
そうやって抱きしめられている間にそれらは急に無くなり。残ったのは、いや新たに生まれたのは羞恥だけだった。
もっと包まれていたいという思いと、子供のように扱われる羞恥心。
その狭間で俺は声を出す。
「あの……大丈夫だから……ありがとう。えっと離してくれないかな」
頭ごと包まれているので、ぐぐもってしまった声を出しながら、俺は小さくお願いをした。
彼女が頷くのが頭越しにわかり、そして俺を起こした背中にクッションを差し込むと彼女は改めてピシリと立つと、侍女教本なる物が存在したらその見本のごとくこちらに深々と礼をした。
そして顔を上げた彼女、初めて見えた彼女の姿。
美しかった。
まず浮かんだのはそんな言葉。
彼女、美しい顔の彼女、日本女性の美の完成形は彼女だと言われても納得できるほど綺麗に整った顔が俺を見つめている。
黒い瞳は黒曜石を象ったように丸く輝き、その白い肌の中心を書く鼻はするりとのびる。鮮やかに主張する唇は朱く染まって柔らかそうで。夜を溶かし込んだかのような髪は優雅に結われて青い簪と共に彼女を飾っている。
そんな彼女を包むのは着物姿。深い紺色で染められた布を鮮やかな青で縁どり縫われたそれに真っ白で少し華美なフリルの付いたエプロンを付け纏っている。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
そんな言葉が自然と浮かぶほど完璧な日本侍女の彼女。
ただ一つきになったのは完璧な無表情であること。
「えっと顔……」
思った事がそのまま囁くように口にでた。
そんな小さな呟きも彼女は拾った。
「申し訳ありません、私は魔法人形、感情を有しませんので表情を作ることができないのです。お見苦しいでしょうかどうかご容赦のほどを」
そう言って彼女はまた頭を下げた。
「えっと、ごめん、知らなくって、別に見苦しくないから、美人だと思うから頭を上げて? 」
俺は慌てて言葉をかける。
彼女はスッと頭を上げてくれた。
それに安心した俺は状況整理に戻る。
クッションで起こされた頭から、視線を動かして体を観察する。
真っ白の小さい手、皺もムダ毛も何もない奇麗な子供のような手。
いや実際子供の手だった。
布団の下の体も小さい短い脚。
大事な男の物があることは感覚で分かった。
さらに視線を動かすと見える流れるような黒髪以前は癖の強い黒髪であったが、さらりと流れるような奇麗な髪だった。
ああなるほど……いわゆるあれだな……と。
「アニメ、小説、仕事、両親に兄貴の顔……それに死に際……思い出せるな……ばぁ~~~~~はっはっは……」
「主様?」
急に意味不明な言葉を吐く俺に彼女は首を傾げて、言葉をかけてきた。
「大丈夫……」
頭を抱えることはできないけど、溜息は吐くことができた。
「なるほど……転生……いや、いきなり子供なら憑依かな……ねぇどっちだと思う? 」
「もうしわけありません理解できません、ですが、主様が誕生なされて今で2日目となります」
「そっか、でもきっとそうなんだろうね。なにがどうなったかはわからないけど……」
どうやら俺は、この体に生まれ変わったらしい。
出来ることならば頭を抱えていただろう。