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男子トイレ系ガール

作者: 鈴原雪音

 俺の大学には図書館が二つある。第一図書館は新しく設備や蔵書も整っていて、たくさんの人が利用する。一方、第二図書館は古くて小さくて、講義棟から離れた場所にあり、利用者は少ない。壊されないのが不思議なくらいだ。さらに、第二図書館のトイレには幽霊が出るという噂があり、全くと言っていいほど使用する人がいない。

 俺は今、そこへ向かっている。幽霊なんて存在するわけない。ただ、誰もいない静かな場所に行きたかった。



 個室に入り腰をおろす。便座の冷たさがおしりに伝わる。思ったより清潔で、臭いも少ない。俺が期待した通りの静けさに安堵しながら、鞄から弁当の包みを出す。いわゆる便所飯をするのは初めてだったが、なかなか悪くないものだ。


『むかしむかし、あるところに、一人の男の子がいました』


 突然、どこからか女の子の声が聞こえた。驚きのあまり弁当をひっくり返しそうになる。


「まさか、幽霊……?」


目の前に白いワンピースを着た中学生ぐらいの女の子が突然現れた。


「ひぃぃっ」


『高校生なんだけどな。てか、びっくりしすぎだよ。かっこ悪い』


「あ、あっちいけぇ!」


 俺は口に出して中学生とは言っていない。こいつ、もしや思考がよめるのか。


『そうだよ。文字通り、読めるんだよ。文章として見えるの。君、面白いね。頭の中の文章は堂々としてるのに、セリフは全部へなちょこなんだ。最近流行りのコミュニケーションできない系若者かな? トイレで弁当なんて、友達いなそうだもんね』


 こんな幽霊の女の子にまで友達のいないコミュ障なことを指摘されるなんて。余計なお世話だし、他人(ましてや死んだやつ)にとやかく言われたくなんてない。

 これは俺個人の問題で、俺は今の状況に十分に満足していて、いまさら友達が欲しいだなんて思っていないのだから。


『ふふふ、君のことを馬鹿にしたわけじゃなかったんだけど。確かに私は死んだ人間で、生きていたときも、今も、君には関係のない他人だよ。気分を悪くさせちゃったかな』


「別に……」


なんなんだこいつは。しかも、なぜ女子トイレではなく男子トイレにいるんだ。


『女子トイレは飽きちゃった。だって、私を見てもみんな同じ反応。悲鳴をあげるだけ。それに比べて、男子トイレは楽しいよ。パンツ下ろしたまま逃げてく男とか、おしり拭き忘れちゃう男とか、小便かけてくる男までいるんだからさ。笑えるよね』


 そう言いながら、彼女はとても愉快そうに笑う。


 この女はやばい。変態だ。


『変態じゃないよ。最近流行りの男子トイレ系ガールだよ。あ、私の名前はヨミ。君は?』


変わった名前だ。黄泉の国の黄泉だろうか。


「梨央です……」


『梨央くん、よろしくね。読むに美しいで、読美だよ。その黄泉とかけてるの。自分で考えたんだけど気に入ってるんだ』


 自分で考えた名前?


『うん、生きてた頃の記憶はない。気づいたら幽霊としてここにいた。図書館から出ることはできないから、トイレに来る人に本の読み聞かせをして遊んでるの。みんな聞いてくれないけど。全然人も来なくなっちゃったし』


 笑顔を絶やさないヨミだが、こんなところに一人だなんて寂しいだろう。途端にこの幽霊の少女が不憫に思えてきた。さっき、死んだ人間なんて差別的な発言をしたことを少し後悔する。


『ねぇ、せっかくだし聞いてかない? 今のあなたにぴったりの話があるの』


 彼女の提案を断る理由はない。俺は黙ってヨミのお話を聞いた。

 それは、とある人付き合いが苦手な男の子の話。初めは友達もいなくて、誰とも上手く話すことができず、自分の気持ちを素直に表現することもできない。しかし、多くの困難を乗り越えて、彼は友達と恋人を手に入れる。

 その主人公の男の子に自然と今の自分と重ねてしまった。


「ありがと……俺も、がんばる」


 心に感じるものがあって、しみじみとそんな柄にもない発言をしてまった俺を、ヨミは驚いたような顔で見つめていた。


『待って。もしかして、今の話に感動して自分も頑張ろうと思ったわけ? 努力するのはいいことだし、するべきだとは思う。だけどそんなオチでめでたしめでたしなんて、ありきたりすぎてつまらないよ。そんなの認めない。あなたはもっと物語の主人公になるような非凡な人間なのかなって思ったのにがっかりだよ。それに現実がそんなに上手くいくわけないでしょ』


 オチ? 主人公? 何を言ってるんだ。こいつの話にはもうついていけない。せっかくの俺の感動をぼろ糞に言いやがって。


『だからさ、えっと、まずは私と友達になれば……? コミュニケーションの練習してあげてもいいよ』


 むかつく女だなと思ってヨミの顔を見ると、頬を赤らめてもじもじしている美少女がいた。もしかして、こいつも友達が欲しいのか。


「ははっ……」


 無意識のうちに笑っていた。こんな楽しい気分になったのはいつ以来だろう。


『どうして笑うの! なんか文句でもあるの? ぼっちのくせに』


仕方ないな、友達になってやろう。



 こうして、共に便所飯をする友達ができた。


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