王都アルザハ-3-
食事を終えてフィリーアは一階の酒場に戻り、ジュゼッカは食器を洗っている。明人も、さすがに世話になっておきながらなにもしないというのが心苦しかったので手伝おうとしたのだが、ジュゼッカに丁重にお断りされてしまった。病み上がりであるし、なによりジュゼッカは明人を主と恃んで、雑事をやらせてはいけないと思っているようだ。騎士にでもなったつもりなのか、明人にはそれも思案の種なのである。頭痛は一通り治まったので、これからは考えるべきときだ。皿洗いは女騎士に任せて、主たる学徒は答えを導き出さねばならない。申し出に甘えて、これからやるべきことを整理することにした。
まず第一に、ツキミの正体を知ること。これは、ジュゼッカやアルマリー、そしてフィルブランドに連なる親戚、協力者たちが「ツキミ様」と敬っていることから、身分の高さが窺い知れる。そうなると王族、大貴族、または魔導師などが考えられるが、魔女と言われていることを鑑みるに、位の高い魔導師であった可能性が高い。それがなんらかの凋落を経て、魔女と蔑まれることになったのだろう。
第二に、その居所を知ること。これについては、この王都アルザハにいるであろうことはジュゼッカらの言行から確かである。もし位の高い魔導師であったのなら、それなりに大きな屋敷に住んでいるだろうし、これは王族や大貴族であった場合も同様だ。王都に貴族や魔導師の住む巨大な屋敷がどれほどあるのだろう。魔女と蔑まれていながら王城にはいられないだろうから、フィルプス城は無論、除外される。
しかもいくつかの理由から、王都中を探し回るわけにはいかない。はっきりと、そこにたどり着く必要があるのだ。
第三に、ツキミの居所を突き止めたとして、会ってくれるのか。ツキミと明人、二人に面識がない以上はアポイントメントの取りようがないのだし、当然、警戒もしてくるだろう。おそらくそれ以前に警備は万全で、門前払いされる可能性のほうがはるかに高いのだ。なにしろ、警備隊の連中が「国盗りの大罪人」「どんな魔術をかける気だ」というからには、危険人物なのであろう。
そうなると、獄に繋がれていることもありうるのではないか。
ただ、そうした場合、明人がツキミと面識があるという発言をしたときに少なからず驚くのではないか。そのまま会話が続いたことを考慮すると、まず獄中にはないものと思われる。厳重な監視のもと、軟禁状態というところだろうか。
「(なんで処刑しないんだろう)」
自らのことを棚に上げるようだが、そう思わずにはいられない。警備隊の連中はツキミを脅威に感じているようだし、それはアルザハにおいてもそうなのだろう。なんの失敗や罪でそうなっているのかは知らないが、死を賜るほどではないということか。
まったく、ツキミという人物が処刑でもされていれば、あの集落で自分が投獄されることはなかったのではないか。だが、それならそれで、ツキミを支持していたというフィルブランド家も同様の運命をたどっていたかもしれないが。
「ジュゼッカ、ちょっといいかい?」
洗い物が終わって、濡れた手を布で拭いているジュゼッカは新妻という印象を与える。振り返った彼女の緑色の眼が自分を捉えると、少しだけ心臓の鼓動が強く脈打った。
「はい、なんでしょうか」
「明日にでも早速……と言っても三日経ってしまっているけど、ツキミ様に会いに行こうと思う」
その人物名を出されると、ジュゼッカは心持ち姿勢を正して、神妙な面持ちになった。食卓の椅子に丁寧に座って、真摯な眼差しを主に向ける。
「ツキミ様はまだあそこにおられるのでしょうか」
「あそこ、というと?」
「北東部にある庭園です。どちらかへ移られたのですか?」
明人の眉がぴくりと動いた。ツキミの居場所は北東部にあるという庭園。明人はまず聞いておきたい情報を脳内に銘記しておいた。
しかし彼女の言う通り、庭園とやらに今もいるという確証はない。実際目にしたことも耳にしたこともないのだから、疑ってかかってやりすぎということもあるまい。
表面上は平静を装って、明人はジュゼッカの疑問を受け流した。こういうときは変に反応しないに限る。
「ああ、そうだ。当然、警備も厳重なんだろうな」
「問題はないと思いますよ。あの辺りは人が寄りつかないので、正門と裏門の二ヶ所に兵が配置されているに留まります」
明人は耳を疑った。大罪人とまで呼ばれる魔女に、警備がたったそれだけとは、考えられないことだった。
「ただ、ご存じとは思いますが、あそこには結界が張られています。人の出入りは到底不可能ですね」
「結界?」
「はい。ですが、アーキット殿は抜け道をご存じなのでしょう?」
まずい、と思った。明人は当然、人の手による警備が厳重であると思い込んでいたのだ。それは魔法の存在しない世界に生きてきた彼だからこその思い込みで、この世界では結界などという代物のほうがはるかに信用が置けるものらしい。そしてその思い込みは、今、致命的なミスとなったかに思われた。
明人の嘘の根底にあるのは「ツキミと面識があること」だった。それだからこそジュゼッカやアルマリーなどが進んで協力をしてくれているのだ。人の出入りを禁じる結界とやらがある以上、それをどうにかして抜ける方法が明人、もしくはツキミの側近にはあるわけで、兵士にさえ見つからなければツキミとの会見が可能ということだ。しかし、明人がそんな方法を知るわけがない。側近どころかツキミとの面識のない明人がのこのこと行って、抜け道を提示してくれるわけもないのだ。
「そ、その結界ってのはどういうものなんだろう?そのあたりのことは詳しくなくて」
苦しいな、と我ながら思わないでもないが、ジュゼッカは生真面目に説明し始めた。
「魔力を断つものです。祖父から聞いたところでは、敷地内に敷設してある四つの魔導器から発生する防護壁がツキミさまのおられる屋敷を包んでいるそうです」
魔導器とは、ある特定の魔法を展開させるための器具であり、魔導器一つにつき一個の魔法しか展開できないが、この器具の最大の特徴は誰が扱ってもよいという点にある。魔力さえ供給できれば、極端な話、赤子だろうが魔獣だろうがなかに封じられている魔法を発現させることができる。普段は人間が感覚的に扱う魔法を、発現にいたるまでのプロセスを理論化し、部品にして相互に干渉させることで一つの魔法を形成する、いわゆる機械に近い。ただ、非常に高価であり、巨大であり、量産させることは現在では不可能とされている。その理由は、魔法は人間から発せられるもので、いちいち機械化する必要がないからであるのと、魔導器自体が過ぎた技術であるからだった。
ツキミの屋敷に設置してある魔導器は元をたどれば四〇〇年前にもたらされたもので、一五〇年前に原型を修理したに過ぎない。なぜか、技法が伝えられず、たった一人の傑出した技術者にのみ理解できるものだったのだ。
以来一五〇年間、この魔導器はフィルプス城の宝物庫を守っていたのだが、一〇年前にツキミが魔女としてアルザハ北東部にある庭園に軟禁されてから、人々の出入りを禁じる門となっている。
ツキミと会うには、まずこの魔導器をなんとかせねばならない。はたして、策があるだろうか。
「壊すことはできるんだろうか」
「可能とは思いますが、やめたほうがよいかと。内部にある魔力が暴走して爆発でもしたら一大事です」
それ自体が危険な爆発物ということか。明人は顎をつまんで考え込んだが、ジュゼッカは眉を動かした。
「どうしたのです?」
「あ、いや、万が一を考えて、魔導器を止める方法も見つけておかないとと思って」
「そうですね。抜け道があるとはいえ、出口が一つだけというのは危険です」
まず、目的の一つは達成された。ツキミはアルザハ北東部にある庭園とやらに軟禁されている。だが、その門は魔導器で守られていて、これを突破することは難しく、停止、もしくは破壊する必要がある。
抜け道がある、という可能性は排除したほうがよいだろう。これはジュゼッカが勝手に言っていることで、保障もなにもないのだから、おのずと方法は限られてくる。
「いよいよツキミ様とお会いになられるのですね」
ジュゼッカが弾んだ声を出した。当然、会えるものと思っているジュゼッカに、明人はばつの悪そうな視線を向けた。現在、会えるか会えないかは一対九もの割合というところだろうか。
「そういえばアーキット殿は、なぜ集落のはずれにおられたのです?なんらかの作戦行動ですか」
差し支えなければお教えください、とジュゼッカが問うのは当然のことだった。ツキミの身辺に気を配らなければならないであろう明人が、あんな場所にいたのは、とてつもない理由があるに違いなかった。無論、そんなものは存在しないが、でっちあげる必要があるだろうか。
そこまではすまい、と良心が吼えたてる。第一、それが露見したときに取り繕うことが不可能だ。しかもその可能性のほうがずっと高いのだから。
「それは……まずはツキミ様に会わないことにはなんとも言えない。ごめんな」
ジュゼッカには当然、疑問の返答を聞く権利も資格も有しているのだが、黙って引き下がった。ツキミの命令によるものだ、と明人が責任を押し付ければ押し付けるほど、なにか壮大な構想のもとに明人を遣わしたのだ、という思いが肥大化していくのである。もしかしたら、コールブランドとフィルブランドを救うための布石を置いているのかもしれないとの期待が一方にはある。
ジュゼッカが引き下がったことに一旦は安堵した明人だが、思案の種は尽きない。ひとまずこの場は切り抜けたものの、問題は山積みだ。




