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ケレンの森-3-

 ジュゼッカは黒髪の魔導師から、明人らのいる方角を聞き出し、向かおうとしている。


「彼は魔法の素質でいうなら、私以上だ。助けるなら早く向かったほうがいい」

「あなたから止めていただくことは?」

「そこまでする理由があるのか?私たちはまがりなりにも一対一で戦い、私は負けたが、彼の勝ちを奪うわけにはいかない」


 この男にはこの男なりの哲学があるようだが、ジュゼッカには間違ったほうへ熱意が向いているように思われた。まるでその体をなしていないものの、彼が主張するにはこれは決闘であり、ひとたびそれが始まれば彼らよりも上位に位置する貴族や、王族でも連れてこない限り、何人たりともそれを妨げることは許されない。そのような場合ではない、と本来なら一喝すべきところだが、ジュゼッカは黒髪の魔導師にひるんだ様子がないことを見て取った。ここで譲歩すべきはジュゼッカにあるようだ。このまま議論を続けても時間の浪費であるし、悪くすればまた戦わねばならない事態に陥るかもしれない。ここでお互いが斃れるまで戦う必要を、ジュゼッカもまた認めなかったのである。


「わかりました。では先ほどの約定、お守りください。こちらも協会への通報はいたしません」

「ふん、貴族の誇りにかけよう」


 そう言って、黒髪の魔導師はアルザハ方面へのコースへと消えていった。ジュゼッカは彼の衣服にカイゼル家の家紋が刺しゅうされていることを知っていた。彼女の脳細胞の片隅に、魔導師としてそこそこの名門であるという刻印がなされていたのだ。それを知って、ジュゼッカは協会へ訴え出て、さらに噂を流さない代わりに、自分たちの通報も取り下げるように約したのであった。貴族社会というもの、ひいては人間というものはとにかく噂が好きなものである。魔導師が無頼の徒に負けたとあっては、噂好きの貴族や宮廷、そして市井にいたるまであっという間に広がるだろう。貴族間では面目を潰され、宮廷内では物笑いの種に、市井では普段偉そうにふんぞり返っている貴族を負かした痛快劇として語られる。彼も貴族であれば、家名を貶めることは自分一人の問題ではなくなってしまうから、そのような愚行はするまい。

 以上のような事情から、彼が嘘を吐いているとは考えられなかった。ジュゼッカはすぐに踵を返して、明人のいるだろう方角へ向かった。


                  ◇◇◇


 明人は絶望の淵に立たされていた。二時間ドラマの殺人犯のような心境で、辛うじて崖から落ちるのを防いでいるのは、足がまだ地面を踏んでいるという一事に過ぎない。少し風が吹けばバランスを崩して荒海に真っ逆さま、というような状況で、しかも明人は打開策を見いだせず、体は疲労のために持ち主の意思を無視しつつある。


「ようやく後悔してくれたかな?」


 明人を突き落とす風を容易に吹かせることのできる男は、口元を吊りあげた。


「僕に刃向かおうなんてさ。貴様を殺す理由が二つあるんだ」


 満身創痍ではあるが、軽口を言う気力は残っていて、


「是非教えてくれ」

「貴族に対しての罵詈雑言。そして抜剣。これは重罪だぞ」

「そりゃピーナッツの栽培にはルールがあるだろうけどよ、あんまり土がよくなかったみたいだな」

「貴様!僕の言っていることがわかっているのか!生殺与奪の権利は僕にあるんだぞ!!」

「だからお前はピーナッツなんだよ。人から物を盗んじゃいけません、人を傷つけちゃいけません、人に嘘を吐いちゃいけません、って教わらなかったか?」

「平民が一人前に語るな!」


 金髪の魔導師は両手に炎を閃かせた。


「一方的に殴り続けることもできるが、それじゃあ面白くない。せいぜい走り回って、目を楽しませてくれよ」


 彼は実力において明人を一方的に痛めつけることができ、正当な権利によってそれが約束されていると信じている。おそらく、この国の大部分の人間が彼らの特権を黙認し、甘受していることだろう。明人にとっては理解しがたいことだが、数百年に及んで植えつけられた意識は、そう簡単に消し去れるものではない。ここで明人が奇跡的な逆転劇を見せて彼を打ち倒しても、金髪の魔導師は反省するどころか、明人を異端者として憎み、あらゆる手段をもって排除しにかかるだろう。

 炎の塊から、小さな光弾が発射される。弾速は遅いが、それでも小学生が全力投球するほどには速度がある。明人は走りだして、しかし足がもつれて倒れてしまった。むしろそれが幸いして、明人は避けることができたようなものだった。


「ちっ」


 魔導師が舌打ちしたのは、その幸運のためだと思われた。


「立て!」


 目の前で炎が炸裂し、一瞬視界を奪われたものの、追撃はなく、急いで立ちあがったところに発射される。明人が逃げ回るさまを見たいのだろう。体力はすでに限界を超えているが、明人には逃げ続ける選択肢しか残されていない。わずかに残ったスタミナを絞りあげて、走り続けるしかないのだ。光弾は明人の脇をかすめたり、頭上を通過したり、足もとで極彩色の花を咲かせたりしている。明人が走り回っている姿を見て、金髪の魔導師はむしろ不機嫌だった。


「(なぜだ、なぜ当たらない?)」


 彼は不逞な平民が走り回る姿を見たかったわけではない。熱さと息苦しさにまみれながらもがく姿を見たかったのだ。実はこの光弾は魔力反応に呼応してその軌道を変え、自動で追尾していくのである。それをコントロールする関係上、速度は著しく遅くなるが、威力それ自体は直線的な軌道を描く攻撃魔法と変わらない。明人が火傷を負いながらも必死で逃げるのを考慮して、熱量はきわめて低下させているという趣味の悪さがあるが、問題なのは明人が「避けつづけている」という点だ。


 魔力反応を追いかけていく、ということで、魔力反応が著しく小さい明人には追尾が十全に機能しているとはいいがたい。とはいえ、どんな人間でもある程度の魔力源にはなるわけで、一度も被弾しないということはありえないのだ。金髪の魔導師はある懸念を抱いた。この少年は本当に、魔力反応を抑えることができるのではないか。だとするならば、この平民は高位の魔法使いなのではないか。


「隠し玉を持っているらしいな。見せてみろ」

「(なんだ?なにを言っている?)」

「僕に魔力を消費させて、逆転を狙っているのか?」


 このとき魔導師は、初めて「平民」の顔をしっかりと見た。

 短めの黒い髪にまだ幼い顔つき、奇怪な白い上着と洗練されているズボンに見たこともない靴を履いて、警備兵が装着する簡易的な鎧を身につけている。胸の装甲や剣は大したことではない。問題は服装だ。あのような格好を貴族の間でも見たことがない彼には、とんでもない技術で作成されたもののように思えた。あるいは、あれがなんらかの加護を受けたものなのかもしれない、とジュゼッカと同じ発想にいたった。


「なんだ、どうしたんだ」


 明人にしてみれば、魔導師が逡巡しているのは喜ばしいことであるのだが、急に攻撃をやめられると不審に思う。


「どうした、かかってこい。それとも、迎撃専用の魔法なのか」


 などとわけのわからないことを言っている魔導師が、明人にはかえって不気味だ。それは魔導師のほうでもそう感じていて、それほどの実力者がなぜまったく魔法を披露しないのか、警戒すべきだった。


「うおおおおおお!!」


 奇妙な膠着状態は、しかし一人の女性によって打ち砕かれた。ジュゼッカであった。

 彼女は魔導師の背後に回ったと悟るや、木々の間から躍り出て好機とばかりに飛びかかった。鋼鉄の剣が振り返った金髪の魔導師を捉える。明人に意識が向いていただけ、反応が著しく遅れたのだ。磨き抜かれた白銀が、膠着状態とともに金髪の魔導師の左鎖骨を粉砕した。


「うぎゃあああああああ!!!」


 盛大に叫んで、転げまわる魔導師。その姿にもはや貴族の誇りなどなく、彼が普段嫌悪している「下賤な平民」が彼によって苛められた際の反応そのものだった。


「アーキット殿、お怪我は!?」


 ジュゼッカは転げまわる魔導師から目を離さず、明人に背中越しに確認した。明人は茫然と頷くだけだった。


「安心なさい。骨を砕いただけだ。魔導師ならば三ヶ月ほどで完治するでしょう」


 おや、とジュゼッカは向けた剣を見て意外な顔を見せた。血がついていたのだ。剣は切り裂くというより、殴り殺す武器といったほうがよい。特に剣士や騎士同士の戦いでは鎧を身につけているのがほとんどで、そこに刃を立てると簡単に刃こぼれしてしまう。だからあえて刃をある程度潰し、打撃武器として使用するのが通例であった。いかに鋼で守られているとはいえ衝撃は相当なものだから、それで殺傷性は充分だった。ジュゼッカもそれにならっていたのだが、力が入りすぎて肉まで切り裂いてしまったようだ。


「失礼、四ヶ月ほどでしょうか」


 そう訂正、保証してから、ジュゼッカは魔導師に詰め寄る。


「あああ、痛い、痛いいいい!!」

「あなたと一緒にいた魔導師は倒しました。無益な戦いはやめて、首都へお帰りなさい」

「へ、平民め、殺してやる」


 ジュゼッカはむしろ冷淡に魔導師を見ている。


「……今回の一件であなたにも命を粗末にするべきではない、というのがわかったはず。人道というものがあることを知ったはずです」

「人道だと?まさか説教する気か、平民が」


 ジュゼッカは体全体でため息をつきたい気分だった。


「別に説き伏せる気はありません。私にそれが可能かどうかはわかります。ただこの場で重要なのは……」


 美しい女兵士は息を大量に吸い込んだ。


「とっとと失せろ!!我らを阻むな、下種が!!」


 魔導師は忌々しげにジュゼッカをにらみ、ふらふらと退散していった。彼にしても、片腕が使えない状況でまさか本当に彼女たちを殺せるとは思っていなかった。

 明人は若く美しい女性剣士が、意外に口が悪いことを知った。


「アーキット殿、よくぞご無事で……私を信じていただけたこと、嬉しく思います」


 ジュゼッカが小走りに近寄ってくる。手には収められていない、血が滴っている剣。明人の視線に気づき、ようやく剣を鞘に収めて、ジュゼッカは明人の体を診ようと手を伸ばす。


「……火傷も負っていないようですね。さすが、この衣服の加護のおかげでしょうか」

「あ、あはは」





 二人はすぐに森を出ようと出発した。魔導師どもを追い払ったとはいえ、すぐに首都に赴いてツキミに出会わなければならない。もし約束を違えて警備隊に通報されでもしたら、疲弊しきったところをあっという間に包囲されてしまうだろう。

 ただ、明人を診ようと手を伸ばしたとき、一瞬だけたじろいだ表情を見せられたのが、ジュゼッカはなんとはなしに悲しかった。

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