魔法無効化(マジックキャンセル)-2-
青く、薄いガラスでできたような四角錐は、おびただしい光量によって明人やイザークの目から決闘者を隠してしまった。以前、トラウトが放った火球と同等数がジュゼッカになだれ込んだのである。
本来、魔導師は近接戦闘を得意とはしない。近接用の魔法も存在するが、単純な身体能力、格闘能力が最終的にはものを言うのだ。だからこそ、ノルマンは剣士であるジュゼッカ相手に先手を取ったのだ。
彼女の力量は、細部まで把握しているわけではないが、決闘の代理人を務めるほどならば相応のものであろう。懐に入られると、一瞬のうちに勝敗が決しかねない。逆に全力を叩きつけて、まだ立っているのなら、距離を取りながら「削っていく」のが得策であろう。だが、イザークには別の見解があった。
「バカめ、これではなんの面白味もないじゃないか」
しばしば、決闘は見世物の要素を含む。公式の決闘では憲兵の監察のもとに、貴族たちが魔導師の魔法合戦や剣士の鍔迫り合いに興じるのである。どのように華麗に、かつ興奮を呼び起こすかで決闘者の名誉が決まる。イザークも、自分が決闘者ならば観衆を沸かせることに注意したであろう。ただ、今回は観衆と呼べる者が当事者のイザークと明人くらいのもので、そんな配慮は無用である。決闘している本人でないから放言とも取れる発言ができるのだという側面もあるにはある。
光の次には煙が結界内を覆っている。万が一、直撃を受けたのならばひとたまりもない。
「ジュゼッカ!」
明人の声に感応したように、煙が晴れていく。鈍色の鎧を着込んだ金髪の女剣士は、なんとか立っているようである。ひとまず、安心であろう。
「(なんということだ。この男、黒髪の魔導師以上だというのか)」
彼女は、前回、トラウトに対してしたように、剣や鎧に魔力を通して防いだのである。ただ、やはり数が多すぎて対応し切れてはいない。
今回も鉄に魔力を通すことができたのは幸運といえるかもしれないが、それを無邪気に喜んでいるわけにもいかない。数こそ黒髪の魔導師と同等だが、威力がはるかに高いのだ。撃ち漏らして鎧に直撃した火球の衝撃と熱がジュゼッカの頬に汗を伝わらせる。すでに鎧が熱を帯びて、サウナ状態だ。
ノルマンはその姿を見て目を鋭く光らせた。火球から身を守ったのがどういう技か、彼は正確に見抜いていた。やはり手加減や、決闘独特の華麗さとか優雅さを求めるのは不可能である。確実に勝ちにいく。
ノルマンの周囲に火球が漂う。発射される前に距離を詰めなければならない。ジュゼッカは走り出したが、その速度はわずかに普段以下であった。火球による熱はダメージとして、体の機能を低下させていたのである。
バックステップしながら、ノルマンは腕を振るった。いくつかの火球がジュゼッカめがけて発射される。緑色の目でその軌道を見定め、剣の平を押し当てると、オレンジ色の光芒を投げかけて薄い青色の結界に衝突して消えた。
まずい、と明人は直感した。彼の素人目にも、ジュゼッカのパフォーマンスが低下していると感じたのだ。
火球をはじいたジュゼッカは一目散にノルマンめがけて走る。対照的に、ノルマンはその進行を阻みつつ、距離を取り、なおかつ戦術を組み立てている。
決闘は相手を殺すことを目的としない。むしろ、殺してしまうことは最低の不名誉なのだ。そもそも決闘などというものは貴族が始めたことで、仮にも貴族同士が殺し合うなどはナンセンスであるということだ。
ノルマンが彼自身の脳に刻み込まれている戦術をジュゼッカに叩き付けようとしているのは、要するに、喉元に剣を突きつけるためなのだ。いかに魔力を通して魔法に対する防御力を上げたところで、魔導師ではないのだから、ノルマンの魔力が尽きるのが先ということはあるまい。
ノルマンにしても、ジュゼッカの能力がいかほどであるのか完全に把握してはいないから、兎を狩るつもりで虎を相手にしているのかもしれないという懸念が存在する。慢心することなく、全能力をあげて叩き付けるべきだ。
ノルマンは巧妙であった。ただ火球を放つだけでなく、方向も、狙う部位も、それぞればらばらだ。意図的に外して注意を逸らしたり、結界の壁が火球を反発して炸裂させるのを利用して目くらましにしたりしている。このあたりの機転も、彼が魔導師として貴族と認められた所以であろう。
ジュゼッカは直撃こそしないものの、その進行速度は著しく減退している。魔導師との戦闘はこれで二度目だが、やはり苦しいものがある。懐に入りさえすればあとはジュゼッカの独壇場だが、それを承知での対剣士戦闘を行っている魔導師にとって、剣士を無力化する方法はいくらでもあるのだった。
こうなってくると、少しでも魔法の鍛練をしておくべきだった、との後悔が胸の裡に広がっていくのだ。彼女も火の魔法は扱える。だが、たった一発の火球が勝敗を決するほど均衡した戦いではないのだ。相手のペースを乱すことが、まず第一である。
「!!」
火球が左右、頭上の三方向に三発ずつ繰り出された。軌道は曲線を描き、しかしそのパターンは単純であった。いかに魔術師とはいえ、決闘という実戦で慣れていないものと思われた。
ジュゼッカはここを好機と見た。彼女は、トラウトとの戦いで見せた捨て身の戦法に出たのである。火球を回避せず、最小限の防御のままにまっすぐに突っ込んでノルマンの懐に入り込み、鈍色の剣を振り下ろす!
「むう!?」
ジュゼッカは目を疑った。光りを増したノルマンの両手が、振り下ろされんとしたジュゼッカの剣を掴んでいる。白刃どりではない。確かに掴み取っているのだ。
鉄は魔力を通しにくい。それはある程度、反発してしまうからだ。ノルマンはその性質を利用して、高濃度の魔力を両手に集中させて、魔力の手甲としたのである。
魔導師は魔力を体に帯びさせることで剣士への防御とする。これは前回、トラウトがしたことと同じことだ。これはただの魔力であり、魔法ではないために鉄でできている剣は反発してしまったのだ。
掴んだ剣をねじり上げ、逆に懐が空いたジュゼッカの体に、火球を叩き込む。瞬時に鎧に魔力を通したジュゼッカであったが、充分ではなかった。
「ううっ!!」
すぐさま、胸を覆っている鎧を取り外す。地面に生えている芝が、熱によって焦がされていく。
これは多大なる隙であったが、いかに高濃度の魔力で防護していても、すべての衝撃を抑えうるわけではない。腕の痺れと、急激な魔力放出を行ったために、体力の消耗を強いられたのだ。魔導師の動きが止まってしまったのも無理はない。
「(トラウト・カイゼルは魔力そのものを放出したが、彼はそれを腕だけに集中させた。技術も彼のほうが上か)」
魔力を放出するだけなら魔導師であれば簡単だ。しかし単純にそれを行った場合、拡散してしまって、保有する魔力の大部分を使ってしまう。それによってトラウトはジュゼッカに敗北を喫することになったのだ。魔力の密度そのものは大したものだが。
「(いずれ成り上がってくるかもしれないな)」
一介の剣士が騎士並みの技術を持っていることについて、ノルマンは自分と同じ匂いをジュゼッカに感じたのであろう。鉄に魔力を通すなどという技術は、そうそうお目にかかれるものではない。力を持つ者は、いずれそれに相応しい地位と立場に置かれるものだ。そしてジュゼッカに対する称賛は、それを重用している主である明人に対しての称賛でもある。このコンビはそのうち、宮廷内で出会う気がするのだ。
「ノルマン!構わんから叩きのめせ」
当初の余裕も消え失せて、イザーク・ウォーデンは叫んだ。彼なりにジュゼッカらの危険性を察知しているのだろう。彼らがいずれ高みに上り、騎士なり貴族なりに名を連ねたとして、万が一決闘に敗れれば家門はともかく、イザーク個人としては彼らの後塵を拝すことになる。そんな不名誉きわまりないことは絶対に許せないが、彼らが人目を避けるべき理由があるお尋ね者であることを知っている。当然、貴族や騎士となることに猛反発するにしても、ここで出る杭は打っておくべきであろう。
いかに称賛を惜しまずとも、これが決闘である以上は代理人である手前、相手を打ち倒さねばならない。ノルマンはイザークの心情をなんとはなしに理解して、ため息をつかん思いだったが、彼の戦術コンピュータは稼働を再開した。
トラウトにしてみれば、ジュゼッカの技量と勇気はすでに知るところであるから、彼女が採った戦法になんの不思議も抱かない。もし、ジュゼッカともう一度対戦することがあれば前回に比べて、もう少し有利な状況にあったであろう。しかしながら、ノルマンは最小限度の魔力でジュゼッカの戦法を打ち破っており、助言するまでもない。とはいえ、彼は現在、立会人であり、助言したりすることはできないのだが。
明人の握られた手は汗が滴らんばかりだった。ジュゼッカがトラウトと戦って勝ったことは知っている。そして、明人にはどういう原理かわからないが、火球をはじいて突進し、斬撃を加える、というのは彼女の得意とする戦法なのだろう。しかし、それは破られた。
もうよいのではないか。これで我々が負けたところで、なんの不名誉ではない。そもそもこれは彼らの言いがかりであるのだし、それよりも、生命が脅かされることのほうが幾万倍も問題ではないか。
「ジュゼッカ!」
「アーキット殿!」
もういい、とまで言わせないジュゼッカであった。汗が顎から滴って、彼女の足下に溜まり始めている。熱と、魔力の費消によって、体力までもが著しい消耗を強いられているのだ。足を止めてしまうことは、敗北に直結するとわかっていても、息を整えるのに精いっぱいだ。
金髪の魔導師は勝利を確信して、頬を吊り上げた。
「(まずいぞ、とてつもなくやばい気がする)ジュゼッカ、もういいだろう!」
「アーキット殿、お平らかに」
ジュゼッカはまだやる気だ。なんとかして割って入り、力ずくでもジュゼッカを引っ張ってこなければならない。
明人は結界に触れようとして手を伸ばした。
「(アーキット殿は中断させようとしているのだろうが、私が負ければ、彼らは私たちを憲兵に引き渡すだろう。我々は彼らのアキレス腱になりつつあるのだ)」
少なくとも、トラウトはジュゼッカに敗れたのだし、ケレンの森で「狩り」をしているところを目撃されている。そんな危険な二人を野放しにしておくはずがない。
ジュゼッカは意を決して、剣を構えなおしたが、ノルマンのほうが早い。すでに火球がジュゼッカに向けて発射されていた。
「うっ!?」
避けようとしたそのとき、地面を蹴るはずだった足が滑り、無様にも倒れ込んでしまった。それでも剣だけは掲げて見せるが、火球を捌き切れる力強さが、そこにはなかった。
金髪も、黒髪の魔導師も勝利を確信する。しかし、驚くべき光景を目の当たりにした。
「アーキット殿……!?」
「なに!?」
明人であった。彼はジュゼッカをかばうようにして、身を投げ出している。火傷は?
「な、なんてことを!」
抱かれた肩を振り切って、明人の背を診る。ない。焼けただれているべき肌も、服も、そこにはなかった。きれいなものである。
「ジュゼッカ、大丈夫なのか」
大丈夫か、と問いたいのはジュゼッカのほうである。いや、それ以前に、どうして結界内に侵入できているのか。
「どうしてと言われても……」
結界に触れようと手を伸ばしたとき、起こるべき反発が起こらなかったのである。空気のヴェールでもあるかのようにさしたる感覚もなく、身を滑り込ませることができたのだった。
最も混乱しているのはトラウトである。
「(あの少年、カイゼル伝来の結界を破ったのか?さしたる魔法も行使した痕跡なく、か?)」
結界を破る方法は三つ。術者であるトラウトをどうにかするか、賢者の原石を破壊してしまうか、より強い魔法で結界自体をかき消してしまうか。
トラウトは五体満足であるので、一つ目は除外。二つ目も同様であるし、そもそも結界発動中の賢者の原石はおびただしい魔力の塊であるので、並大抵では触れることができない。三つ目にしても、なんの魔法も使われていないのだ。
アーキット・シーイングとかいう少年、もしかしたらとんでもない逸材かもしれない。彼は結界を無効化する特殊な魔法を知っているのか。
「頼む、トラウト……えー……」
「アーキット殿、いけない!」
「ダメだ!!」
このとき、明人には美しい剣士を引き下がらせる迫力があった。
「トラウト……トラウト……えーと」
もはや閉口したジュゼッカに「カイゼル」と補足されて、明人は決闘の破棄を申し入れた。
「もう、そっちの勝ちでいいだろう」
「いけません、アーキット殿。彼らに負ければ、我々は憲兵に引き渡されます」
「え?」
「彼らの愚行の目撃者です。円満に終わるわけがない」
「いや、しかし君をこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない」
二人に割って入ったのはトラウトである。
「決闘の破棄は認められない。どちらかが倒れるまで行われる。が、特例として、代理人ではなく当事者である君が交代することを許可しよう」
「なに!?」
聞き捨てることができないのはイザーク・ウォーデンであった。このままなら確実に勝利は疑いないのに、なぜそんなことをしなければならないのか。
「そもそも魔導師と平民の剣士との決闘自体が公平ではない。大魔法を禁じたからといってノルマンは魔導師、それで互角であるとは、考えてみればあまりに彼に失礼だろう」
一理ある、とはイザークには思われない。
「めちゃくちゃな!君は決闘を監督する立場だろう」
「そのとおり。だから当初、思い至らなかったものを正したのだ」
「トラウト!」
「イザーク、この際、はっきり言っておくが、幼友達だからこその都合を正してもいいんだぞ」
イザークは反論を封じられてしまった。
「都合」とは、ウォーデンがカイゼルに借りている金のことだ。賢者の原石が発掘される鉱山の採掘権をめぐって、ウォーデンは宮廷に工作をしていたのである。それには莫大な金が必要であり、息子の幼友達のトラウトを介して、資金豊かなカイゼルに援助を請うたのである。むろん、見返りとして利益の半分を譲渡することになっている。
その返済がまだ済んでいないのだ。ウォーデンは、トラウトの父であるボウマンが病気がちであるのにつけこんで、返済を滞らせている。万が一、ボウマンが死に、トラウトが跡目を継げば、イザークとのよしみをいいことに踏み倒す気なのかもしれない。もっとも、幼友達のほうにその気がないことは、トラウトもわかっている。
「イザーク、貴族として胸を張るんだ。まともにやりあえばノルマンが負けることがないのは証明されている」
イザークは引き下がらざるをえなかった。
「どうだ、アーキット・シーイング」
「いけません、どうか私に……」
「わかった。選手交代だ」
「アーキット殿!」
明人はジュゼッカに手を差し出した。彼は剣を携行していなかったので、よこせと言っているのだ。
主の瞳に退けがたい光を見出すと、ジュゼッカは観念して剣を手渡した。
「ノルマンもそれでよいか」
「ご随意に」
平民から成り上がった貴族は、このとき仰々しい礼をとってみせた。立会人への単純ならざる感情を隠すためにはそうせねばならなかった。実際、トラウトがなにを考えているのか、彼にはわかっていた。
一時的に結界が解放され、ジュゼッカが外に出ると、再び四角錐が形成される。このとおり、結界は十全に機能している。トラウトは明人を観察した。
「(剣?魔導師ではないのか。いや、もし予想どおりなら関係ないか)」
ジュゼッカも、なんの考えもなしに明人にバトンタッチしたわけではない。火球を生身で受けて火傷ひとつ負っていないのは、あの珍妙な服のおかげか、あるいは明人自身が魔導師レベルの魔法使いかのどちらかだ。カイゼル特製の結界にわけもなく入り込んでもいる。なぜそれを隠していたのか、もしかしたらツキミのためかもしれないが、とにかく、やはり明人がただ者ではないことは確かなのだ。
そしてトラウトは、それを確かめようとしている。自分にとって有用な人物であるかを見定めようとしているのだ。
「(なにが選手交代だよバカめ。勝算はあるのか、敵の弱点は?前とは違って、フィールドは限られてるんだぞ)」
ただ者ではないはずの「アーキット・シーイング」は冷や汗が滝のように流れ出している。
戦場の範囲が限られているのに加えて、遮蔽物もない。身を隠すことができないということは、純粋に魔法をどうにかしないとならないのだ。ジュゼッカのように鉄に魔力を通すなどという芸当も持たず、そもそも魔力そのものが彼には存在しない。
自殺行為だ。明人はそう思った。しかし、ジュゼッカが傷つくのを、黙って見ているわけにはいかなかったのだ。
「(とにかく、逃げ回ろう。魔力だって無限じゃないんだ)」
また体力勝負か、と気が萎えそうになるが、やるしか道はない。
「再開せよ!」




