●森ガールがあらわれた!~騎士は、ちょっと頭が痛い。3
「あれ、ぽいちゃん、わかんないの?」
ティラミスは、ぽいに視線を向けた。ぽいは少し引きつった笑みを浮かべながら、首を振った。
「えーっと、良く、わかりません」
「そうなんだ?」
不思議そうな顔で言われ、ぽいは「ごめんなさーい……」と言って小さくなった。
「なんで謝るの? 別に、あたしはぽいちゃんには怒ってないわよ」
「う、でも、なんとなく」
そう言ってから、ぽいは尋ねた。
「あの、教えてください。今の、どういう意味が入るの?」
ああ、と言ってから、ティラミスは説明した。
「あのね。つまり……ぽいちゃんが、サー・ウィルに足を踏まれたとするでしょ」
「なに?」
いきなり名指しされたウィルフレッドが目を丸くする。ぽいは、え、と言ってから、「怪我しそう」とつぶやいた。
「たとえよ、たとえ。サー・ウィルが、ぽいちゃんの足を踏んづける。痛いでしょ?」
「痛いというか。大騒ぎすると思う。サー、からだが大きいし」
答えたぽいに、ティラミスは、そうね、と言った。
「その状態で、足をどけてもらえなくって。で、サー・ウィルから、『俺はおまえよりずっと大きな体をしているから、体の小さなおまえを踏むのは当たり前だ。大人しく踏まれていろ』って言われたら、どうする?」
「うわあ、嫌だね~……」
ぽいは顔をしかめた。
「痛いのはキライだし。その前に、足を上げてくれって思うかな。ごめんの一言もあれば良いけど……人によっては、そういうの、言わない人もいるから」
「いくらなんでも、俺は詫びるぞ」
複雑そうな顔で、ウィルフレッドが言う。
「うん、サーはそういう人だってわかってる。でも店に来るお客さんの中には、自分が踏みつけておいて、ぼ、……あたしが邪魔をしたからだって怒る人もいるんだよ」
ぽいが、ちょっと悲しげな顔で言った。
「そんなお客もいるんだ?」
「たまに」
ティラミスが問うと、店主は苦笑気味に答えた。
「えーと、それで、今のがどうつながるの?」
ぽいに質問されて、ティラミスはそちらを向いた。
「ああ、だから、そういう事よ。同じ仕事をしていて、立場が同じはずの男性が、女性に向かって、『女は男より劣った存在だから、それを認めろ』って言うっていうのは。
相手を踏みつけにしてやりたいって、そう言っているのと同じなわけ」
「極論ではないのか?」
ウィルフレッドが首をかしげる。ティラミスは首を振った。
「想像力をもっと働かせてよ、サー。男女の話だから、わかりづらいのかもしれないけれど。
サー・ウィルは騎士よね。だったら、お仕えする貴族や領主がいる?」
「おられるぞ」
「他の貴族とかにも出会う?」
「まあ、会うな」
『なりきり』設定、すごいな。とティラミスは思いつつ、言葉を続けた。
「じゃ、考えてみて。ある日、身分の高い貴族のどなたかが来て。サーに向かって、こう言うわけ。
『おまえは、俺よりも、身分が低くて卑しい存在だ。生まれついて貴族である俺と比べれば、ただの騎士であるおまえは、人として劣っているのだ。それを認めろ』」
ウィルフレッドは眉根を寄せた。
「どうする?」
「どうもせん」
ティラミスの問いに、ウィルフレッドは答えた。
「そんな貴族もいるからな」
「えー。頭に来ない?」
「腹は立つが。俺がその貴族に何かすれば、わが君や領民に迷惑がかかる」
あ、そうなの。とティラミスは思った。徹底してるなあ。
「まあ、でも、わざわざ目の前に来て言うっていうのは、かなり悪意を感じない?」
「感じるな。挑発して、争いごとを起こそうと企んでいるのかとは思う」
「それと同じよ。あたしの場合も。
劣った存在だと思っている相手に向かって、おまえは俺よりも劣っているんだって、わざわざ言いに来たのよ、その人。何のためにそんな事を言って聞かせるのって、言われた方は思うわ。
俺の方がおまえより優れた存在だって、自慢したかったの? 劣る存在であるおまえは、ひれ伏して俺を崇めよって、そう言いたかったの?
あの人、仕事ではやたらミスばっかりなんだけど。それでも男である限り、どんな女よりも崇高な存在であり、あたしを踏みつけにする権利があるんだって、そう言いたかったんですかね!?」
「ティラミスさん、少し落ち着いて」
ふーふー言っているティラミスに、店主が声をかけた。
「あー、ごめんなさい。なんか、話してるうちに怒りが込み上げて」
「いえ、まあ、いますよね。そういう困ったちゃんな人」
「いますよね~……」
疲れた風にティラミスが言った。そこでウィルフレッドが咳払いをし、「すまん」とわびる。ティラミスがきょとんとした顔になる。
「どうしてサー・ウィルが謝るの」
「いや、俺が言うのもなんだが……出来の悪い同性というのは、同じ男としてどうも……ともかく、すまん。
聞いていて良くわからない所もあったのだが。おまえのたとえは良くわかった。確かに、目の前に来てわざわざ、自分ではどうにもできない生まれや育ちを指摘するような真似をする輩は、悪意があると取られても仕方がない」
「えーと、でも、なんにも考えてない人だったのかもしれませんよ。男同士でやる雑談のつもりで、ついうっかり言っちゃったのかも…」
そこで、ぽいが言う。ティラミスはため息をついた。
「そうね。あの人の場合、その可能性は高いわ。でもね、ぽいちゃん。その場合は、もっとたちが悪いわ」
「もっと?」
「ええ、もっと。
相手を傷つけたくて、悪意を持ってやっているのなら、それはちゃんとわかった上でやっているの。最低な人間ではあるけれど、自覚がある分、対応はできるし、止めようもあるのよ。この人はこういう人なんだって、最初から知っていれば、身構えようもあるじゃない。
でもね。自分が何を言っているのか、良くわからないまま言葉を口にしている人って言うのは、自覚がないのよ。それって、本当、どうしようもないの。
理解もしていないし、自覚もないから、どこででも、誰に対してでも、ぽろっと言っちゃうわけ。致命的な一言を。
それで人を傷つけたり、騒ぎを起こしたりするんだけど。自分は悪くないと思っているから、何度でも同じことをするわ。そうして、どうしてこうなったのか、わからないって言うのよ。
理解していないから、反省もないのよ」
そう言ってからティラミスは、ふっ、と笑った。そうして、「ハゲろ。ハゲてしまえ。もう、ツルッツルになってしまえ~」と繰り返した。よほど頭に来ているらしい。
ウィルフレッドがもう一度、咳払いをした。
「あ~、まあ……その。すまん。言われて思ったのだが。俺にも、同じような所があるやもしれん。どうもな。女性というものは、俺には良くわからなくてな。つい、及び腰になる。
だが、おまえの怒りは最もに思う。俺も女性に対する時には、今のおまえの言葉を思い出すようにして、気をつけよう。その、だからな」
ウィルフレッドは困ったような顔になった。
「ハゲろとか言うのは、ちょっとやめてくれないか」
え、そこ? とその場にいた三人は思った。
「ひょっとして気にしてるの、サー?」
「いやそれ、何げに失礼ですよ、ティラミスさん。サーの頭はまだ、フサフサしてるじゃないですか! 遺伝とかあるから、この先はわかりませんけど!」
「あなたも大概、失礼な事を言っていますよ、ぽい」
ティラミスの言葉に慌てた様子でぽいが言い、店主がそれをたしなめた。
「この先は、わからんか……」
遠いまなざしで、ウィルフレッドがつぶやいた。
「あう、いえ、サーはいつまでもフサフサですっ」
「気にせんでくれ。そうなったら、その時はその時だ」
慌てたぽいがフォローしようとするが、フォローにならなかったようだ。
「男の人って、そんなに髪の毛が気になるんだ?」
「結構、繊細なんですよ、男心も」
こそこそとティラミスが言うと、店主も小さな声で返した。
「ちょっと悪かったかな。えっと、髪に良いのって海藻類だっけ? コンブとかワカメとか」
「サー・ウィルのお国では、海草類を食べる習慣がなかったと……」
「あら。じゃあ、みんな年齢が高くなるとツルツル?」
「聞こえているぞ。まあ、大抵の男は頭が薄くなるな」
ウィルフレッドがため息混じりに言った。
「髪に良いのって……他に何かあったっけ」
「ヤマノイモとか。あ、でも、サーの国には芋類も確かまだ、」
「お芋もないの? ううーん」
「女性の場合は、月見草の種から取る油でホルモンのバランスを取るので、それが髪に良かったりもするんですが……」
うーん、とうなってからティラミスは、ウィルフレッドを見上げた。そして言った。
「きっとサー・ウィルは、ツルッツルになっても、渋くて良いオトコだと思うわ!」
ウィルフレッドは、なんとも言えない微妙な顔をした。
「俺がツルッツルになるのは、おまえの中では確定なのか……?」
「いや、えと、あたし、ハゲてる頭って、大好きよ! 触りたくなっちゃう」
いやそれ、とどめをさしてるから。と、聞いていた店主とぽいは思った。
封建制度真っ盛りの時代に生きるウィルフレッドには、ティラミスの話を聞いても理解に限界があります。がんばってはいますが。