●きっと、分かり合える。…たぶん。 3
「え? なにこれ」
ティラミスは目を丸くした。それはアンティークな雰囲気の金の指輪だった。大振りの台座に、形がややいびつな緑の石が、磨かれてはめこまれている。
やたら、ごつい。細工もなんとなく不格好だ。アンティークな雰囲気を出す為か、台座の色は、古びた風にくすんでいる。あちこちに傷もついていた。
石は、カボションと言うのだろうか。単に磨いてあるだけで、表面はつるりとしている。透明度のある緑は綺麗ではあるが、カットされていないので、派手に見えない。
(ガラスか、樹脂? 合成にしては綺麗ね~。デザインはおもちゃっぽいけど)
指輪を眺めながら、ティラミスは思った。
ちなみにおもちゃっぽく見えているのは、中世のころの細工だからである。現代のような工業技術のない時代。どんな細工も手作業で行われていた。
金属を加工するのも人力。磨くのも人力。
細かな細工はどうしても、現代人の目から見れば、大雑把に見える。
なお、江戸時代の日本人が作っていたような、神経症になってませんかと尋ねたくなるような匠のわざを究めた工芸品は、世界の中でもかなり特殊で、一線を画している。中世の西欧世界の工芸品は、それなりに大振りで、多少、大雑把。というデザインの物が多かった。
しかし、素材は本物である。
親から子へと渡されるような品物の場合、指輪にしろ、首飾りにしろ、一種の財産として子どもに残すからである。だから、長く残るものを素材に使った。金は、錆びも腐りもしない。そして宝石は、それらしい物を合成する技術がそもそもない。
台座に傷がついているのも、柔らかい、本物の金を使っているからだ。
ティラミスが手にしている指輪は、その意味で、本物のアンティークであったのだが、本人は気づかない。また、ウィルフレッド自身も、彼の時代ではそれなりに年代を経た物ではあるものの、それほど歴史や、価値がある品ではない。自然、扱いは軽くなる。
「俺が、母から譲られたものだ。さして値打ちのあるものではないが、売れば多少の金にはなる」
『さして値打ちがない』と言うのは、彼にしてみれば、当然の言葉だった。その分、言葉は真実味を帯びて響いた。
これを聞いたティラミスは、そうして思い込む。やっぱり、模造の宝石かと。実際には、博物館にある方がふさわしい品なのであるが。
しかし、ティラミスは、値段以外の別の所で慌てた。
「お母さんの指輪? すごく大事なものじゃない!」
ティラミスは指輪を返そうとした。おもちゃでも、メッキでも、息子に渡されたお母さんの指輪、というのは、何か思いを込めたものであるはずだ。そう思った。そんな指輪は、軽々しくもらったりできる物ではない。
「大切にしなきゃダメよ、サー・ウィル! あたし、もらえないわ」
しかし、ウィルフレッドは受け取らなかった。首を振る。
「良い。おまえが持て。
母に渡されたのだが、俺にはどうする事もできなくてな。『いざという時の為に、肌身離さず持っていろ』と言われたのだが、この程度の物では、鎧も馬も買う事はできん。
しかし母から渡された、というのが気になって、早々に売り払う事もできなかった。
おまえの役に立つなら、この指輪も満足だろう。最も、これを金に変えた所で、焼け石に水だろうが」
母親の言葉は、『いつか妻にしたい女性に出会った時、これを渡す為に、持っておくのよ!』という意味であったのだが、ウィルフレッドにそれは伝わっていない。朴念仁の面目躍如である。
「受け取れ、ティラミス。これは俺の、偽善のようなもの。おまえ一人に指輪を渡したとて、おまえの仲間の女たちには何もしてやれん。結局、俺が自己満足をするだけだ。
だが、おまえが受け取ってくれるなら、俺も少しは心が軽くなる。
おまえはローズに、俺の妹に歳が近い。どうも、捨て置けんのだ。何かできれば良いのだが……こういう物しか渡してやれん。すまない」
そう言うと、ウィルフレッドはティラミスの頭を撫でた。小さな子どもにするかのように。
(妹さんって……いくつなんだろう)
撫でられながら、ティラミスは思った。この人たぶん、あたしのこと、かなり若く見てるよね。
(って、言うか。この指輪)
手にした指輪に目線を落とす。そして思った。
(きっと、あれね。サー・ウィルお得意の『なりきり』話!)
騎士のつとめだとか何とかで、女の子に指輪を渡す。ある意味、ロマンかもしれない。
(こんな風にぽんと渡せるなんて、慣れてない? きっとあちこちで、女の子に渡してるのね!)
誤解である。
(実はすんごいプレイボーイとか? 困っている女の子にさりげなくプレゼントなんて……もう、サー・ウィルったら、やるわねえ……)
重ねて言うが、誤解である。そんなことができていたなら、ウィルフレッドも『朴念仁を究めた男』、などとは呼ばれない。
しかし、ティラミスにウィルフレッドの事情などわからない。
(この場合は、受け取らないと気の毒よね。小道具出してまで、なりきってるんだから)
演技をがんばっているらしい彼に、生暖かい気分になった。
「あの……、サー・ウィル」
しおらしい感じにうつむいて、ティラミスもがんばって『なりきり』をしてみた。
「ありがとうございます……あの。こんな大切なものを。
あたし、あたしもがんばりますから。ちゃんと、前を向いて生きていけるように、がんばりますから!」
「その意気や良し。おまえなら、必ずできる」
はい、コーチ!
思わずそう言いそうになって、ティラミスは、あー、とかえー、とか言ってごまかした。この人って結局、熱血路線なんだよねえ、と思いつつ。
「ともかくだな。そのような姿を強要するような男の元で働くのは、おまえの為にも良くない。志を高く持ち、早々に新たな仕事を見つけるのが良い」
あれ、その話続いてたの? とティラミスは思った。
「えっと、そう……なの?」
「そうだ」
「うーん、そうか」
「若い娘が、足を見せるのは良くない」
うーん、うーんと考え込んで、ティラミスはウィルフレッドの発言を、自分なりに解釈した。
キャリアアップをめざして、転職も恐れるなって助言してくれたのね! それで、足を見せるなって言うのは、
「ああ! ウィルさん、足フェチだったんだあ!」
「なに? ふぇ、ふぇち?」
相互理解への道は遠かった。