●きっと、分かり合える。…たぶん。 1
『秋分の集い 招待状 『ただの茶屋』店主 紅』
次の日の夕方。会社での業務を追えたティラミスは、渡された招待状のカードを手にして、『ただの茶屋』を探していた。
「いっつも迷うのよねえ。どうしてこう、方向音痴なんだろう、あたし」
うろうろしていると、通りがふっ、と薄暗くなった。あれ。と思った時、目の前に見知った人物の背中が見えた。
「あれ? あのマント……」
くすんだ金髪に、がっしりした体格。やたらリアリティあふれる中世の服装を身にまとい、たぶん自作しているのだろう剣をぶらさげて歩く、自分は騎士だと言い張る『なりきり』ちゃん。
サー・ウィルフレッド・ホーク。
なりきるのは良いが、マントも衣服も汚れすぎていた。そればっかり着ているらしい。それがどうにも耐えられず、ひったくったマントを洗濯し、繕ってやったのが、夏のころ。
手にしたマントは、化繊ではないようだった。いきなり洗濯機もまずいかと、バケツに洗剤を入れてつけおきしてみたところ、水が泥のように濁った。何度、水を変えても汚れが出てくる。なんだこの悪夢。とティラミスは思った。
しまいには意地になって、絶対きれいにしてやる! とばかりに洗いまくった。
結果、マントは真っ白になった。灰色だと思っていたら、白いマントだったのだ。どれだけ汚れていたのだ。
なお、紅さんに尋ねてみたところ、天然のウール素材だったらしく。洗濯機で回していたら、大変なことになる所だった。縮んで元の形には戻らなくなっていただろう。
おしゃれ着洗いの液体洗剤で仕上げてやり、フローラルの香りを漂わせるマントを、紅さん経由でウィルフレッドに返したのだが……、
どうやら彼は、そのマントをまとっているようだ。自分で言うのもなんだが、白さが輝いて見える。良い仕事したわね、あたし! とティラミスは思わず自画自賛した。
「サー・ウィルフレッド!」
声をかけると、強面の男性が立ち止まり、振り向いた。相変わらず、苦虫を噛みつぶしたかのような表情が標準装備だ。
ぱたぱたと駆け寄ると、騎士を自称する男はティラミスの姿を上から下まで見、スーツのスカートからのぞく足から目をそらした。
「良かった、お店に行くんですよね。ご一緒して良いですか? あたし一人だと迷っちゃうんで」
そう言うと、「ああ」という返事がかえってきた。それから彼は、マントを肩からはずした。無言でティラミスに差し出してくる。
「え、なに……」
「何度も言うが、足を見せるな。年ごろの娘が」
ああ、中世の騎士ルールが発動中なのね、とティラミスは思った。と言うか、彼がどこの国の人間なのか、良く知らない。見かけはヨーロッパぽいのだが。
「巻けば良いの?」
「足を見せるな」
「えーっと、でも、まだ店に入ってないから……人目もあるし」
だれが通りかかるかわからないこんな場所で、マントを腰に巻き付けながら歩く、会社帰りの若いOL。
変な人だと思われる。
「足を、見せるな」
しかし、そんなティラミスの思いも、サー・ウィルの中世騎士ルールの前にはないも同然だったらしい。繰り返されて睨まれた。あたしの足、そんなに不格好ですか? と、やさぐれた気分でティラミスは思った。
「人目があるからこそ、隠すべきだろう」
そこで思い切り断定された。えっ、隠さなければならないぐらい、見苦しいんですか? 太いんですか!?
「あの、そんなに、あたしの足って太い? あの、見苦しい……?」
衝撃を受けつつ恐る恐る言うと、怒られた。
「そういう問題ではない! 若い娘がそういうことは口にするな!」
なぜに。
「そういうものは、夫となる相手にだけ見せろ!」
手にしたままのマントをひったくられたかと思うと、ぐるぐると腰に巻き付けられる。
「えっ、ちょっ、歩きにくい……って、ちょっと! 触るのはOKなわけ、サー・ウィルってば、えっちっ!」
「うるさい、とにかく見せるな! どうしてそういう服装ばかりをする! この先に差し支えたらどうするんだ。親御さんに申し訳ないと思わないのか!」
きゃー、とふざけた感じで言うと、本気で怒られた。なりきりちゃんの基準が良くわからない! とティラミスは思った。
「えっと、でも、あたし仕事帰りなんで……この服しかないんですよ~」
困ったなあ、と思いつつそう言うと、サー・ウィルは「仕事?」と言って眉をひそめた。
「仕事で、そういう服装をするのか」
「あ、はい。だって、みんなそうでしょ?」
「みんな?」
ウィルフレッドの眉間のしわが深くなった。何か考え込むような顔をすると、ティラミスを見下ろすようにする。
「確認するが。そのような、その。おまえのような、姿をした、若い娘たちが。働いているのか? おまえの、仕事場では」
低い声で尋ねられる。
「もちろんよ」
働く女性が、スーツを着ているのは当たり前だ。何を今さら、という気分で答えると、ウィルフレッドは低くうなった。
「なんという……。なぜ、そのような仕事を」
「え? だって、えーと。あの、自立したかったし。手に職をつけるのって、大事だと思うのよ。そりゃ、あの、お父さんやお母さんには、まだまだ迷惑かけちゃってるけど……」
会社でパソコンいじっているだけで、手に職って言うのかなあ。と思いつつ、ティラミスは言った。あ、でも、簿記の三級は取った!
「自立だと」
「そうよ。働いて、お金をかせいで、一人でも生きていけるようにならなくちゃ。今の仕事、見つかって良かったと思ってるの。あたし、仕事を探していた時、どこも見つからなくて。いくつも会社を回ったの。なんだかね、女の子は雇ってもらえないみたいだった。友だちもそうだった。
やっと見つけたのよ。今の職場。そりゃ、いろいろあるけど。でも、働けるのはうれしい。お給料をもらうのも、すごくうれしい。なんだか、自分が認めてもらえたって気になるの」
ちょっと恥ずかしかったけれど、ティラミスは言った。短大を卒業した後、就職活動をがんばったのだが、どうにもぱっとしなかった。自分が卒業した年は、就職難と言われる時代だったのだ。
あちこち回ってようやく内定が取れた時には、涙が出た。
そう思いながら言った言葉には、それなりに真実味があったらしい。ウィルフレッドはまじまじと、ティラミスの顔を見た。
「母御や、父御は。知っているのか。おまえの、その、仕事とやらを」
何かを耐えているかのような、静かな声で問われる。
フローラルな香りのウィルフレッド。
文字にすると違和感がハンパない。