●準備しましょう。~そうしましょう。2
「身につけるって、どうやって?」
「ベルトに通してぶら下げます。携帯は、いやがるお客さまもいるので。電源を切っておいてくださいね」
「はーい」
ティラミスは、電源を切った携帯と、財布をポーチに入れ、ベルトに通して腰につけた。
「終わるのは、かなり遅くなります。お家の方には連絡してありますか?」
店主に言われ、前回の醜態を思い出したティラミスは、苦笑いをした。
「言ってあります~。前に迷惑かけた分、しっかり手伝って来いって言われマシタ。明日は祭日でおやすみだから、どれだけ遅くなっても平気だよ?」
「そうですか。なら、良いのですが。終わるのは、夜中の三時ごろになるかな……」
「そんなにみんな、遅くまでいるんだ」
「なんだかんだ言って、騒ぐのが好きなんですよ。でも、適当な所で終わりにするって言いますから。そうしたら、この部屋に戻って寝ちゃってください」
言われて、ティラミスはうなずいた。そこで、ポーチにひっかかって抜けそうになった指輪に気づく。
「あ、これ。この指輪入れた方が良いわね。落としそう」
受け取ってからなんとなく、指にはめていたウィルフレッドの指輪に、ティラミスは手で触れた。ごつい指輪は中指でも大きくて、くるくる回ってしまう。
「それは……あの。もしかして、サー・ウィルが?」
ティラミスの指にあるそれに、実は当初から気がついていた店主だったが、言い出しにくかったらしい。ためらいがちに尋ねてきた。
「違っていたら、すみませんが……」
「くれたのはサー・ウィルよ」
「そうですか」
まばたいてから、店主はどうしよう、という風に首をかしげた。ティラミスは続けた。
「うん、なんかね? 良くわかんないけど、あたしが前向きに生きてゆくための? 記念にしてくれって事みたい。焼け石に水ってなんのことかわかんないけど」
沈黙が落ちた。
店主は指輪を見てからティラミスを見つめ、もう一度指輪を見つめた。
「あの」
「なに?」
「そう、ですか?」
「なにが?」
きょとん、とするティラミス。店主は言葉を選びながらという風に、言った。
「いえ。あの。男性が女性に指輪を渡す、というのは。普通は、特別な意味があったり、するのですが……」
ティラミスは、ああ、と言った。
「そうね。あたしもいきなり渡されたら、誤解するかも。でも、サーの国では、女性に指輪を贈るのって、あんまり意味がないみたい」
「え、そうですか?」
違う。
「お母さんからもらった指輪って聞いたから、ちょっと焦ったけど」
「お母さまから……それはやはり、そういう意味で渡されたのでは?」
「そういう意味って?」
「えーと、こん、……えー、交際の申し込み、とか?」
「えっ、違うわよ。あの感じじゃ。なんか、売り払って馬とか鎧とか買いたかったみたいな事言ってたし。サーの国では、指輪って、そういう意味にならないんじゃない? ほら、文化の違いで」
確かに文化は違っているが、ウィルフレッドと同郷、同時代の男性にとって、女性に指輪や首飾りなど、身につける品物を渡すということには、かなり大きな意味合いがある。
「でも安物だから、売ってもそんなにお金にならないし、だったらあたしにあげるって、そんな感じだったよ」
「安物……サーがそう言われましたか」
「うん」
ウィルフレッドが言ったのは、彼の視点での『さして(歴史的な)価値はない(あるのは、材料の持つ価値ぐらい)』という発言であり、この指輪が安価な品物であるという意味ではない。
「ですが、男性が身につける品を女性に贈るのって、どう考えても……」
「だって全然、そういう雰囲気じゃなかったわよ。サーの国では、他の男の人も、指輪とかじゃなくて、別の物を贈るんじゃない? そういう時には」
「そうなんですかねえ」
「そうよ。あの見かけだからばりばりの西洋人って思っちゃうけど、世界にはいろんな文化の国があるんだし。指輪を贈る以外で、女性に交際の申し込む文化って、ない?」
「手紙や歌を贈ったり……は、申し込みの前の段階になりますかね。身につける品物、というのが、どこの文化でもキーワードになっている……のでは」
「身につける品物?」
「いつも身につけて、自分のことを思って欲しい、という意志表示ですからね。指輪でないにしろ、装身具が多くなります。でも確か、小刀とかの、道具類を贈る所もありました」
「ああ。確か、武器とか大切にしてた……じゃあ、サーの所も、交際を申し込む時には、武器を贈るのかな。なんか物騒ねえ」
「そ、……そう、なんでしょうかね……」
ウィルフレッドの朴念仁さと、ティラミスの勘違いにより、ミストレイクの文化はかなり、残念な誤解を受けていた。




