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一夜の魔法亭 2 ~秋分の夜の出来事。  作者: ゆずはらしの
それは、秋分の夜の出来事。
11/11

●準備しましょう。~そうしましょう。2

「身につけるって、どうやって?」


「ベルトに通してぶら下げます。携帯は、いやがるお客さまもいるので。電源を切っておいてくださいね」


「はーい」



 ティラミスは、電源を切った携帯と、財布をポーチに入れ、ベルトに通して腰につけた。



「終わるのは、かなり遅くなります。お家の方には連絡してありますか?」



 店主に言われ、前回の醜態を思い出したティラミスは、苦笑いをした。



「言ってあります~。前に迷惑かけた分、しっかり手伝って来いって言われマシタ。明日は祭日でおやすみだから、どれだけ遅くなっても平気だよ?」


「そうですか。なら、良いのですが。終わるのは、夜中の三時ごろになるかな……」


「そんなにみんな、遅くまでいるんだ」


「なんだかんだ言って、騒ぐのが好きなんですよ。でも、適当な所で終わりにするって言いますから。そうしたら、この部屋に戻って寝ちゃってください」



 言われて、ティラミスはうなずいた。そこで、ポーチにひっかかって抜けそうになった指輪に気づく。



「あ、これ。この指輪入れた方が良いわね。落としそう」



 受け取ってからなんとなく、指にはめていたウィルフレッドの指輪に、ティラミスは手で触れた。ごつい指輪は中指でも大きくて、くるくる回ってしまう。



「それは……あの。もしかして、サー・ウィルが?」



 ティラミスの指にあるそれに、実は当初から気がついていた店主だったが、言い出しにくかったらしい。ためらいがちに尋ねてきた。



「違っていたら、すみませんが……」


「くれたのはサー・ウィルよ」


「そうですか」



 まばたいてから、店主はどうしよう、という風に首をかしげた。ティラミスは続けた。



「うん、なんかね? 良くわかんないけど、あたしが前向きに生きてゆくための? 記念にしてくれって事みたい。焼け石に水ってなんのことかわかんないけど」



 沈黙が落ちた。


 店主は指輪を見てからティラミスを見つめ、もう一度指輪を見つめた。



「あの」


「なに?」


「そう、ですか?」


「なにが?」



 きょとん、とするティラミス。店主は言葉を選びながらという風に、言った。



「いえ。あの。男性が女性に指輪を渡す、というのは。普通は、特別な意味があったり、するのですが……」



 ティラミスは、ああ、と言った。



「そうね。あたしもいきなり渡されたら、誤解するかも。でも、サーの国では、女性に指輪を贈るのって、あんまり意味がないみたい」


「え、そうですか?」



 違う。



「お母さんからもらった指輪って聞いたから、ちょっと焦ったけど」


「お母さまから……それはやはり、そういう意味で渡されたのでは?」


「そういう意味って?」


「えーと、こん、……えー、交際の申し込み、とか?」


「えっ、違うわよ。あの感じじゃ。なんか、売り払って馬とか鎧とか買いたかったみたいな事言ってたし。サーの国では、指輪って、そういう意味にならないんじゃない? ほら、文化の違いで」



 確かに文化は違っているが、ウィルフレッドと同郷、同時代の男性にとって、女性に指輪や首飾りなど、身につける品物を渡すということには、かなり大きな意味合いがある。



「でも安物だから、売ってもそんなにお金にならないし、だったらあたしにあげるって、そんな感じだったよ」


「安物……サーがそう言われましたか」


「うん」



 ウィルフレッドが言ったのは、彼の視点での『さして(歴史的な)価値はない(あるのは、材料の持つ価値ぐらい)』という発言であり、この指輪が安価な品物であるという意味ではない。



「ですが、男性が身につける品を女性に贈るのって、どう考えても……」


「だって全然、そういう雰囲気じゃなかったわよ。サーの国では、他の男の人も、指輪とかじゃなくて、別の物を贈るんじゃない? そういう時には」


「そうなんですかねえ」


「そうよ。あの見かけだからばりばりの西洋人って思っちゃうけど、世界にはいろんな文化の国があるんだし。指輪を贈る以外で、女性に交際の申し込む文化って、ない?」


「手紙や歌を贈ったり……は、申し込みの前の段階になりますかね。身につける品物、というのが、どこの文化でもキーワードになっている……のでは」


「身につける品物?」


「いつも身につけて、自分のことを思って欲しい、という意志表示ですからね。指輪でないにしろ、装身具が多くなります。でも確か、小刀とかの、道具類を贈る所もありました」


「ああ。確か、武器とか大切にしてた……じゃあ、サーの所も、交際を申し込む時には、武器を贈るのかな。なんか物騒ねえ」


「そ、……そう、なんでしょうかね……」



 ウィルフレッドの朴念仁さと、ティラミスの勘違いにより、ミストレイクの文化はかなり、残念な誤解を受けていた。



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