●準備しましょう。~そうしましょう。1
その後、ティラミスは、奥にある小さな部屋に案内された。そこで着替えることになる。今から長いスカートに慣れておいた方が良いと、店主に言われたのだ。
ベッドの上に、衣装が置いてある。
用意されていたのは、くるぶしまでスカートのある、長袖の黒いワンピース。衿には白いレースがついている。肩の辺りで袖がちょっとふくらんでいて、ウエストはきゅっとしぼったデザイン。
下に着るシュミーズと、ペチコートも用意されていた。ペチコートの白い布地はひらひらが段になっていて、いやん、可愛い。とティラミスは思った。かかとの低いショートブーツも用意されている。
「クラシックな感じ~。これってメイド服?」
ウィルフレッドのマントをたたんで横に置き、着ていた服を脱いで着替える。下着をつけてからワンピースをまとい、ブーツを履く。ペチコートのかさばりで、スカートのシルエットが少し広がった。白いエプロンをつけながら、ティラミスは改めて、周囲を見回した。
小さな部屋は優しい印象の木の壁に囲まれていた。壁には秋の風景を描いたらしいつづれ織りがかけられている。
古びているが、上品な印象の絨毯。部屋の壁際に、小さな暖炉。たぶん、暖炉に似せたヒーターだろう。今は暖房は入っていない。鏡のついた化粧台と、椅子が一脚。
奥にはキルトの掛け布がかけられた、寝心地の良さそうなベッド。その側には片側を蝶番で止めた、上に蓋をして閉じる形の、レトロな雰囲気の木箱がでんと置いてある。
「この部屋は初めてだけど……カワイイ。ヴィクトリア朝っぽい」
仮眠室だと言われて案内されたが、ちょっとしたホテルの部屋のようだ。
化粧台には、ブラシとピン、ヘアゴムなども置いてあった。椅子に腰かけ、鏡を見ながら髪をまとめてお団子にしようとする。できるだけきっちりした髪形を、と言われたのだ。けれど、うまくまとまらない。
「あら? あら? あー、髪がはみ出ちゃう……もうちょっと、伸ばしていれば良かった」
少し前に、切ったのだ。ボブにした髪形は気に入っていたのだが、まとめようとすると、あちこち長さが足りない。
困っていると、ノックの音がした。はーい、と返事をする。
「ティラミスさん、紅です。入っても?」
店主の声だ。「どうぞ」と言うと、扉が開いた。
「支度は終わりましたか?」
「髪の毛が、うまくまとまらなくて」
「ああ」
ぴんぴんとはねるティラミスの髪を見て、店主が微笑んだ。手伝いましょう、と言って背後に立つ。止めていたヘアゴムをはずされ、もう一度ブラシで髪をとかれた。ひょいひょい、と髪をいじられ、ゴムでまとめられ、ピンであちこちを止められる。
しばらくすると、頭の周囲に編み込みのある、きっちりとまとまった髪形が完成していた。
「うわあああ、可愛い。編み込みヘア~!」
歓声を上げたティラミスに、「これをどうぞ」と白いひらひらしたものが渡された。
「え、あ、これ、メイドさんが頭につけるやつ! つけて良いの?」
可愛い! と叫んで、ティラミスはプリムを手に取った。
「これを付けておいた方が、店のスタッフだとわかって、安全ですので」
「安全?」
「いろいろな所から、お客さまが来られるので。何か話しかけられたり、別の所へ行こうと誘われたりした時には、自分はここで働いている、どこへも行けないときっぱり断ってください。それでもごねるお客さまには、わたしが出ますから」
「あ、はーい。そっか。女の子にそういう誘いをかけてくる人もいるのね」
手にしたプリムをどうつけるのかわからなくて、頭に乗せていると、店主がピンで止めてくれた。鏡を見ると、可愛らしいメイドさんが完成していた。
「あとは、この部屋の鍵。なくさないよう、首から下げておいてください」
ひもをつけた大きな鍵が渡される。鍵もレトロで、アンティークなデザインだ。ティラミスは首から下げると、邪魔にならないよう、エプロンの下に鍵を入れた。
「荷物と今まで着ていた服は、そこの衣装箱に」
示されたのは、レトロな雰囲気の木箱。なんだろうと思っていたのだが、タンスのようなものだったらしい。上蓋を開けてみると、ふわ、とハーブの香りがした。中にはタオルやガウン、新しいシーツなどが、たたまれて入っている。
「これ、なんの香り……?」
「ラベンダーとコストマリーです。防虫効果があります」
「樟脳みたいなもの? オシャレな感じ。ここに入れたら、服に香りがつくかなあ」
「それだと困りますか?」
「ううん、うれしいかも」
タオルやシーツの間に、ラベンダー色のリボンをつけたサシェ(匂い袋)を見つけた。古びた白い布には刺繍がされている。手に取って鼻に近づけると、ふんわりと優しい香りがした。ここにハーブが入っているらしい。
「こういうの、ほっとするね……これ、ずっと使っているものなの?」
「中身のハーブは毎年、取り替えるんです。外側は……そうですね。何年も使いますね。古くなった服の端切れとかで作るんですが」
「こういう手作り品って、けっこう好き。目に見えない所にも可愛らしさを持っておくの、得した気分って言うのかな。女の子の特権だよね。さり気なく良い気分」
紅さんが作ったの? とたずねると、いいえ、と返事があった。
「お店の手伝いを頼んでいる方で、こういう手作り品を得意とされる方がいまして。色々と作ってくださいます」
「そうなんだ」
ティラミスは、裁縫や刺繍が得意な、上品なおばあさんを想像した。日溜まりの中で椅子に座って、編み物をしたり、ちくちく小物を作ったり……わあ、良い感じ。
「そこのベッドカバーのキルトも、彼の作品です」
「そっか、彼……彼?」
作っているのは、男性だったらしい。
「ええと、日溜まりの似合うおじいさん……?」
「若いですよ。どちらかと言うと、闇夜が似合います。こういう方面に才能を発揮するとは、わたしも思っていませんでした」
若いらしい。闇夜って、えーと。
「貴重品は、身につけておいてください。このポーチに」
そこで差し出されたのは、ぽいもベルトにつけていた、可愛い感じのポーチだった。革製で、しゃれた感じの模様が刻まれている。




