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一夜の魔法亭 2 ~秋分の夜の出来事。  作者: ゆずはらしの
それは、秋分の夜の出来事。
10/11

●準備しましょう。~そうしましょう。1

 その後、ティラミスは、奥にある小さな部屋に案内された。そこで着替えることになる。今から長いスカートに慣れておいた方が良いと、店主に言われたのだ。


 ベッドの上に、衣装が置いてある。


 用意されていたのは、くるぶしまでスカートのある、長袖の黒いワンピース。衿には白いレースがついている。肩の辺りで袖がちょっとふくらんでいて、ウエストはきゅっとしぼったデザイン。


 下に着るシュミーズと、ペチコートも用意されていた。ペチコートの白い布地はひらひらが段になっていて、いやん、可愛い。とティラミスは思った。かかとの低いショートブーツも用意されている。



「クラシックな感じ~。これってメイド服?」



 ウィルフレッドのマントをたたんで横に置き、着ていた服を脱いで着替える。下着をつけてからワンピースをまとい、ブーツを履く。ペチコートのかさばりで、スカートのシルエットが少し広がった。白いエプロンをつけながら、ティラミスは改めて、周囲を見回した。


 小さな部屋は優しい印象の木の壁に囲まれていた。壁には秋の風景を描いたらしいつづれ織りタペストリがかけられている。


 古びているが、上品な印象の絨毯。部屋の壁際に、小さな暖炉。たぶん、暖炉に似せたヒーターだろう。今は暖房は入っていない。鏡のついた化粧台と、椅子が一脚。


 奥にはキルトの掛け布がかけられた、寝心地の良さそうなベッド。その側には片側を蝶番で止めた、上に蓋をして閉じる形の、レトロな雰囲気の木箱がでんと置いてある。



「この部屋は初めてだけど……カワイイ。ヴィクトリア朝っぽい」



 仮眠室だと言われて案内されたが、ちょっとしたホテルの部屋のようだ。


 化粧台には、ブラシとピン、ヘアゴムなども置いてあった。椅子に腰かけ、鏡を見ながら髪をまとめてお団子にしようとする。できるだけきっちりした髪形を、と言われたのだ。けれど、うまくまとまらない。



「あら? あら? あー、髪がはみ出ちゃう……もうちょっと、伸ばしていれば良かった」



 少し前に、切ったのだ。ボブにした髪形は気に入っていたのだが、まとめようとすると、あちこち長さが足りない。


 困っていると、ノックの音がした。はーい、と返事をする。



「ティラミスさん、紅です。入っても?」



 店主の声だ。「どうぞ」と言うと、扉が開いた。



「支度は終わりましたか?」


「髪の毛が、うまくまとまらなくて」


「ああ」



 ぴんぴんとはねるティラミスの髪を見て、店主が微笑んだ。手伝いましょう、と言って背後に立つ。止めていたヘアゴムをはずされ、もう一度ブラシで髪をとかれた。ひょいひょい、と髪をいじられ、ゴムでまとめられ、ピンであちこちを止められる。


 しばらくすると、頭の周囲に編み込みのある、きっちりとまとまった髪形が完成していた。



「うわあああ、可愛い。編み込みヘア~!」



 歓声を上げたティラミスに、「これをどうぞ」と白いひらひらしたものが渡された。



「え、あ、これ、メイドさんが頭につけるやつ! つけて良いの?」



 可愛い! と叫んで、ティラミスはプリムを手に取った。



「これを付けておいた方が、店のスタッフだとわかって、安全ですので」


「安全?」


「いろいろな所から、お客さまが来られるので。何か話しかけられたり、別の所へ行こうと誘われたりした時には、自分はここで働いている、どこへも行けないときっぱり断ってください。それでもごねるお客さまには、わたしが出ますから」


「あ、はーい。そっか。女の子にそういう誘いをかけてくる人もいるのね」



 手にしたプリムをどうつけるのかわからなくて、頭に乗せていると、店主がピンで止めてくれた。鏡を見ると、可愛らしいメイドさんが完成していた。



「あとは、この部屋の鍵。なくさないよう、首から下げておいてください」



 ひもをつけた大きな鍵が渡される。鍵もレトロで、アンティークなデザインだ。ティラミスは首から下げると、邪魔にならないよう、エプロンの下に鍵を入れた。



「荷物と今まで着ていた服は、そこの衣装箱に」



 示されたのは、レトロな雰囲気の木箱。なんだろうと思っていたのだが、タンスのようなものだったらしい。上蓋を開けてみると、ふわ、とハーブの香りがした。中にはタオルやガウン、新しいシーツなどが、たたまれて入っている。



「これ、なんの香り……?」


「ラベンダーとコストマリーです。防虫効果があります」


樟脳しょうのうみたいなもの? オシャレな感じ。ここに入れたら、服に香りがつくかなあ」


「それだと困りますか?」


「ううん、うれしいかも」



 タオルやシーツの間に、ラベンダー色のリボンをつけたサシェ(匂い袋)を見つけた。古びた白い布には刺繍がされている。手に取って鼻に近づけると、ふんわりと優しい香りがした。ここにハーブが入っているらしい。



「こういうの、ほっとするね……これ、ずっと使っているものなの?」


「中身のハーブは毎年、取り替えるんです。外側は……そうですね。何年も使いますね。古くなった服の端切れとかで作るんですが」


「こういう手作り品って、けっこう好き。目に見えない所にも可愛らしさを持っておくの、得した気分って言うのかな。女の子の特権だよね。さり気なく良い気分」



 紅さんが作ったの? とたずねると、いいえ、と返事があった。



「お店の手伝いを頼んでいる方で、こういう手作り品を得意とされる方がいまして。色々と作ってくださいます」


「そうなんだ」



 ティラミスは、裁縫や刺繍が得意な、上品なおばあさんを想像した。日溜まりの中で椅子に座って、編み物をしたり、ちくちく小物を作ったり……わあ、良い感じ。



「そこのベッドカバーのキルトも、彼の作品です」


「そっか、彼……彼?」



 作っているのは、男性だったらしい。



「ええと、日溜まりの似合うおじいさん……?」


「若いですよ。どちらかと言うと、闇夜が似合います。こういう方面に才能を発揮するとは、わたしも思っていませんでした」



 若いらしい。闇夜って、えーと。



「貴重品は、身につけておいてください。このポーチに」



 そこで差し出されたのは、ぽいもベルトにつけていた、可愛い感じのポーチだった。革製で、しゃれた感じの模様が刻まれている。


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