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エドガーが目を開くと、そこは見慣れた自室ではなく、彼の師匠が暮らしている本だらけの部屋だった。

迷うことなくその部屋を出て、マリエッタのいるであろう部屋へまっすぐ向かう。

彼女のいるダイニングへ続く扉の前に立ち、彼がノックもなしに勢いよく開けると、そこにはマリエッタが寝酒を楽しみながらのんびり本を読んでいた。


「師匠!あの手紙はなんですか!?」

「こら、静かにおし。リカが起きるだろう。」


マリエッタはエドガーの質問に答えるどころか、例の娘の睡眠を心配してエドガーを叱り付けた。


「だいたいなんだい。ノックも無しにレディの部屋に入り込むとは。アタシはアンタをそんな大人に育てた覚えはないよ!」

「そんな事はどうでもいいのです!それよりも私の質問に答えてください。森で娘を拾った挙句、養女にして貴方の跡継ぎにするとは本気ですか!!」

「アタシがいつ冗談をいった?」


これには流石に堪忍袋の尾が切れたエドガーはつかつかとマリエッタの目の前まで来ると、彼の生徒であれば泣いて逃げるような眼光で彼女を見下ろした。

だがマリエッタは怖がる所か、ため息をつきながら駄々をこねる子供を見るような生暖かい目で見てくる。

あまりの身長差に首が痛くなりそうだ。


「貴方はただの年寄りではない!いいですか。貴方はとんでもない権力を持った年寄りなんですよ!いままで貴方の弟子たちは大人しかったが、その娘を貴方の後継者とするなら、容赦なくその娘を殺すでしょう。」

「アタシはまだそれを許すほど年老いちゃいないよ。」

「それでも、どこの馬の骨とも知らぬ娘を魔女にするなどとんだ大博打ですよ!」

「お前はあの娘がどこにいたかわかるかい?」


マリエッタは突然静かな瞳で、エドガーの瞳を下から覗き込んだ。

これは彼が小さいときから師匠が良くやる仕草で、そうやって覗き込まれると心の内までその青い瞳で覗き込まれそうな気持ちになる。

突然の師匠の変化に、エドガーはうろたえ、目を逸らした。


「知りませんよ、この森の辺りとしか手紙には書いてなかったでしょう。

大方、食うのに困った猟師の親が口減らしに捨てたのではないですか。このご時勢珍しいことではないでしょう。」

「そんな小娘はすぐに森の獣に食べられちまうよ。……あの子はね、大樹の結界の奥から歩いてきた。」

「!?」


エドガーが驚くのも無理は無い。

始原の森のその奥に誰も入り込めない空間があり、それは大樹の結界と呼ばれている。

マリエッタほどの魔術師でも入り込めない、古い結界が生きているのだ。

マリエッタの人生最後の研究課題でもある太樹の結界は、昔から魔術師達が調査をしたものの、未だにその中には何があるのか分かっていない。

古い伝承には、世界の始まりである大樹が生きており、そこには何万年と昔の遺跡が手付かずのまま残されているという。


「それだけでも興味深いんだけどね…。これは見れば分かるだろう、おいで。」


そう言ってマリエッタは部屋の奥へとエドガーを誘った。

どうやら件の娘を見せてくれるらしい。

彼女は既に就寝していて、ずいぶん疲れたようだから起こさないよう細心の注意を払うようにと釘を刺された。

そして着いたマリエッタの寝室の扉。

その前に立ったとき、エドガーは異変に気がついた。


「…これは」


扉越しにも感じる強い波動。

魔力とさらに自然の力をめちゃくちゃにまぜこんで出来た波に飲まれそうになり、じっとりと手のひらに汗が滲む。

マリエッタがゆっくりと扉を開けると、そこは見慣れた師匠の寝室であったが、そこに見慣れないものもいた。

小さな少女がくうくうと寝息を漏らしながら布団に埋もれるようにして眠っているのが見える。

しかし、それだけではない。

彼女の周りに無数に飛ぶ光源。

それはこの森に住む精霊の雛達だった。

生まれたばかりの精霊の雛は本能のままに力の大きなものにひきつけられ、そのおこぼれをもらって成長する。

彼でも二、三匹ほどまとわりつかれることもあるが、これほどまでに集まってくるのは見たことがないし、マリエッタだって見たことがなかった。

精霊たちが好むのは魔力の大きさも大事だが、それよりその魔力の純度のほうが大切な要素となっているのは最近の研究で分かってきたことだ。

ということは彼女はそれほど精霊たちが好む清らかな魔力を宿しているのだろう。

群がる精霊の雛達の明かりが邪魔して、娘の顔が良く見えない。

エドガーが無意識に寝室に足を踏み入れると、違う魔力を感知した精霊が彼女の周りからひいていき、少女の顔がようやく見えた。


夜空の様な漆黒の髪が縁取るのは、象牙色のふくふくとした顔。

薔薇色の頬に、赤く色づいた果実のような唇は薄く開いて小さな歯が覗いているが、それが可愛らしさを損なうことは無いし、長いまつげに縁取られた瞳は、一体どんな色をしているのだろうかと興味をそそられる。

あまりの愛らしさにベッドに覆いかぶさるように覗いていたエドガーだったが、マリエッタの杖による強烈な打撃により、無理やり少女から引き剥がされた。

マリエッタいわく、


「弟子が道を踏み外そうとしたら、止めるのも師匠の役目だよ。」


だそうだ。

彼女から見て、エドガーは変質者にしか見えなかったらしい。




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