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おっさん視点です
王都の中心に位置する魔術学校。
その歴史は古く、創設は1000年以上も前だといわれている。
その古めかしい建物は生徒、もしくは学校関係者以外は入ることを禁止され、一度入学すれば春と冬の祝日以外は出ることを許されない牢獄でもあった。
その魔術学校の一番高い塔。
それは代々の魔術学校校長のみが住まうことを許されている部屋。
そこで一人の男がもくもくと紙に文字を綴っていた。
蝋燭に照らされている所々白髪の目立つ銀の髪は、うつむいた彼の頬を優しく撫でていた。
文字を追ってせわしなく動いている空色の瞳は若いころは見つめられれば娘が失神する事件があったほど鋭く色気があったが、いまでは目じりの皺が幾分かそれを和らげている。
椅子から立ち上がれば見上げるくらいには体格が良い。髪と同じ色の髭が几帳面に逆三角に切りそろえられていた。
そして生徒が何よりも彼のトレードマークだと思っているのが眉間の皺だった。
彼はいたって普通の顔をしているつもりなのだが、眉間にはいつでも深い皺が寄っている。
それは彼が機嫌が良い日ほど眉間の皺は深くなることは生徒は誰も知らない事だし、教師連中も数人しか知らない彼の生まれつきの癖の様なものだった。
今は亡き父親にはよく言われたものである。
「お前は母親の腹の中に笑顔を忘れてきてしまったのだな。」
余計なお世話である。
いつものように眉間に皺をよせ、上機嫌で論文を書いていたエドガー・グロスハイムは窓から入ってきたふくろうに、論文を書く手を止めた。
それは彼の師匠の手紙を持ってくる、ふくろうのリッキーであるのはすぐに分かった。
それに彼の張った学校中の結界を通り抜けられるのなんて、彼の中ではマリエッタと今は亡き彼の祖父だけだ。
リッキーは部屋に設置してあった止まり木に降り立つと、エドガーに向かって手紙のくくりつけてある足をさあ取れといわんばかりに持ち上げた。
慎重にリッキーの足から手紙を受け取り、夜食に食べていた肉をちぎって与えると、リッキーは嬉しげにそれを平らげる。
エドガーは手紙の封を破ると、久々の師匠の文字に目を通すが、それが下へ下へと行くごとにエドガーのこめかみに血管が浮き出た。
手紙にはとんでもない師匠の思いつきが書いてあったのだった。
エドガーは師匠の手紙を読み終えるなり、部屋の入り口に引っ掛けてあった魔術教師専用のローブを引っつかむと転送陣へと足を向けた。
もちろん行き先は彼の師匠である。
エドガーの師匠マリエッタは、国でも指折りの魔術師であり、数多くの有能な魔術師を生み出した凄腕の教師でもある。
そんな彼女がもう弟子は取らないと言って、始原の森の調査という隠居生活を始めたのは10年以上前のことだ。
しかし、先ほど来た手紙の内容には、始原の森で娘を拾ったので自分の跡取りとして育てる、とそんな感じの事が書いてあり、彼女は身よりもないのでマリエッタの養女にする手続きをしておけとも書いてあった。
マリエッタの後継になりたいものは魔術師ならばごまんといるのに、そんな連中を差し置いて、身寄りの無い娘を跡継ぎにしようというのだ。
とんでもない騒ぎになるのがエドガーにはすぐに予想できる。
無駄な争いが起こる前に、マリエッタを説得しなくてはなるまい。
その娘に身寄りがないというならば、彼の投資している孤児院で引き取らせるし、最悪の場合はエドガーが引き取ることも考えてる。
彼はとにかく急ごうとマリエッタの家へと繋がる魔方陣に魔力を注ぎ、転送の力に身を委ねると彼の身体は掻き消えてしまった。
「あーあ、めんどくさいことになったぞ。」
部屋に残ったのは彼の夜食を食い荒らすリッキーのぼやきだけだった。