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そんな理香を見ていたマリエッタは彼女にお茶を渡すと、キッチンとは逆方向へ向かった。

姿が見えなくなったが、時折がたごとと何かを漁る音がする。

物音がしなくなったと思ったらマリエッタは手に本を持ってきて、テーブルに乗せる。

ずいぶんと重たいらしく、がちゃんとティーカップが大きな音を立てた。


「マリーさんそれは?」

「どうやらアンタは何も知らないみたいだからね。世界地図だよ。これがあったほうが説明もしやすいだろう。」


そう言って本を開くとそこには見慣れない大陸が五つ描かれていて、周りの海には怪物が海を泳いでいる。

その中でも一番大きな大陸をマリエッタは指差した。


「今アンタがいるのはこのジェニシリル大陸で、ウェサニル樹海はこのあたりだね。」


ページをめくるとその大陸の拡大されたものが現れる。

大陸のおよそ三割ほどもある森が地図には描かれているが、マリエッタが指した樹海はその中の一角でしかないらしい。


「この森、とても広いですね。」

「この森は始原の森と言ってかつてこの森から全ては生まれたといわれているよ。

この世界フォルタタンは始めは一つの大樹で、そこから木の実が三つ落ちて竜と獣と人になった。

竜が火を吹いて火の妖精が生まれ、獣が駆けると風の妖精が生まれて、人が涙を流して水の妖精になった。しかし、ある日竜と獣と人間が争いを始めた。

これに怒った神は雷を落とし、大樹を五つに裂いてしまい今の世界が出来上がったと言われているよ。

だからどの大陸にも始原の森はあるのさ。」

「りゅ、竜なんているんですか?」

「もちろんいるさ。このあたりでは見かけないが王都の守備をしている飛竜の軍団は有名だよ。」


あっけらかんとマリエッタは言うが、まさか魔法に加えて竜まで存在するとは。

いや、魔法が存在するのだ、ドラゴンが存在するのはあたりまえなのかもしれない。

もう何が出てきても驚かないぞ、と理香は心に決めた。


「王都は大陸のど真ん中。ここから東に行った所だね。

アンタがこれから暮らしていくんなら治安の良い王都が一番なんだろうけど、どう見ても三歳児にしか見えないお前が一人で暮らせるワケがない。

王都といえど完全に犯罪が無いわけじゃないし、三歳児を雇うような所はあるわけないし、孤児院はそれほど期待できないよ。」


理香の心の不安を見抜いたようにマリエッタに言われて、理香は唇を噛んだ。

確かにいつまでもマリエッタの家にいるわけにもいかないし、食べるものを手に入れるには金が必要だ。

だがこの身体では働く所なんて見つかりっこないし、住む家だって無いのだから、ホームレス状態。

異世界にきてホームレスになるなど思いもしなかった。

マリエッタに言われて改めて問題の多さに気付いた理香は、頭を抱える。

そんな悩む理香を見てマリエッタはほくそ笑んだ。


「だが、アンタは運がいい。」


理香はぎょっとしてマリエッタを見つめた。

一体この状況を聞いてどう運が言いと言えるのか。


「アタシはねぇ、一度魔女を育ててみたかったのさ。」

「はぁ?」


マリエッタの思いもよらぬ告白に、理香は素っ頓狂な声を上げた。

暮らしていけないことと、マリエッタが魔女を育てたい事と一体何の関係があるというのだ。


「アタシは今まで弟子を9人とった。

けどそれは皆男ばっかりで、王都にある魔術学校でさえも女は年に一人入るか入らないかって所だ。

今の魔術界は頭の固い男連中ばっかりで、魔術の美しさなんて分かってない。

魔術は魔力の扱いひとつでどんなものにも変化する。

魔術ってのは想像なんだ!イメージなんだよ!イメージすることで自然の力と自分の魔力を融合させて時には自然の気まぐれで想像以上の結果が出たりもする。

それをごちごちの論理で固めて、ただあてずっぽうで魔力を練って、成績を付けて、宮廷魔術師にしてもらう。

馬鹿げてる!!魔術は権力を得るために習得するもんじゃないんだよ!!」


突然熱く語りだすマリエッタに、理香は思わず仰け反る。

どうやら彼女は魔術をそんなふうに使う連中を心底嫌っているらしい。

マリエッタはぎらぎらした瞳で理香をぎっと見つめると、理香の小さな手をしわしわな手でぎゅっと握った。


「リカ、アンタは見たところ魔力も澄んでいてとても素質が良いんだ。修行を積めば十分上位の魔女になれるはずさ。戸籍だってアタシの養女にすればいいことだよ。

この家に住んでもいいから、アタシの弟子になって魔女になってくれないかい?」


もう何が出てきても驚かないと決めた理香だったが、さすがにこれには驚いてしまった。

なにせエステの勧誘はあったけど、魔女に勧誘されるのは初めての事だった。






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