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理香は目の前の超常現象に頭が付いていかないながらも、なんとなく納得している自分がいることに気がついていた。
確かに目覚めた場所は明らかにアパートのあった所とは違うし、自分の身体が縮んでしまったのは事実だ。
それに人間に懐く狼なんてものも見たことがない。
それになによりマリエッタは海外の人にしか見えない。
興味深そうに理香を見つめる瞳は真っ青だし、白髪にしてはきらきらしい髪は若いころはプラチナブロンドの髪だったのだろう。
しかし、マリエッタは英語を話すどころか流暢な日本語を話すではないか。
これはもうドッキリの域をこえている。
そう理解すると、次から次へと疑問が頭に浮かぶ。
「どうやらアンタもあんまり理解できていないようだね。
それにアンタから不思議な魔力を感じるよ。今まであったこともない魔力だね。森が騒いでいたのもアンタの魔力に反応してたんだろうけど、お祭りみたいな騒ぎだよ。
こんなの生きてきた中で始めてだ。」
「おばあさん」
「こらこら、アタシは名乗っただろう。きちんと名を呼びな。マリーばあさんとでも呼びな。」
「マリーさん、…あの私もまだ良く理解できてないんですけど、ここは何処なんですか?」
「ここかい?」
マリーさんはそんなことも分からないのかと言いたげに眉をしかめた。
「ここは始原の森のウェサニル樹海だよ。そんな事も知らないって事はアンタやっぱりワケありみたいだねぇ。」
ふむ、とマリエッタは考え込む。
そんな横文字の名前の森なぞ知るはずも無く、理香はマリエッタの様子を伺った。
「とにかくアンタの話を全部聞かせておくれ。考えるのはそれからにしよう。」
マリエッタにどこまで話してよいか分からないが、理香ははじめから身に起こったこと全てを話してみるのだった。
理香が全てを話し終えるころには陽は沈み、月が覗いている。
マリエッタは理香の話を聞き終えると、大きくため息をついて椅子にもたれかかった。
「それじゃあ、アンタはそんなちまい身体なのに、中身は立派な大人なんだね。」
「はい、どうしてこんなことになったのでしょう?」
「ふん…。ひとまず夕食にしよう。腹も減ってきたしね。」
マリエッタは話を中断し、椅子から立ち上がるとそのまま奥のキッチンに進む。
そこには小さな鍋が暖炉にかけてあった。
どうやら既に夕食が準備してあったらしい。
理香も緊張がとけたせいか、思い出したように腹が鳴った。
マリエッタは木の器にシチューをよそうと、戸棚からパンを取り出し数枚に切り分け、テーブルの上に置いて自分も席に着く。
「さあ、お食べ。お腹が空いてたんじゃ碌な考えも浮かばないよ。」
理香はマリエッタの言葉に甘えて、パンをちぎって口の中へ放り込んだ。
パンの香ばしい香りが口いっぱいに広がり、理香は夢中で食べた。
パンの中には木の実と干しぶどうが練りこまれていて、シチューも見たことのないきのこが入っていたが、それがまたいい味をしている。
あっというまに夕食を平らげた理恵をマリエッタは嬉しそうに眺めているのに気がついて恥ずかしくてうつむくと、彼女は声を上げて笑った。
「すまないねぇ、なにせ一人分しか用意してなかったものだから。」
「いえ、十分です。ご馳走様でした。」
マリエッタが食器を片付けるのを見て理香が洗うと言ったが、この身体の大きさではたいした役には立たないと気がついて、理香は少し落ち込んだ。
後片付けをさせたばかりではなく食後のお茶まで入れてもらい、理香はいたたまれなくなる。
こんな身体では仕事もできないし、暮らしてゆくこともままならない。
子供の身体をしているからと言って、保護者がいるわけではないのだ。
自分はどうやって生きていったらいいのだろう。
理香は途方にくれてしまった。