違い
夕陽が差した。影が伸びた。蝉が鳴いた。
夏の風景。そこに、私がいた。
あれから、雄夜と言う少年は、姿を現さない。故に、顔を忘れかけている。
もう一度、会いたい。そんな願いを無視するように、神は意地悪だった。
でも、そんなこの世に慣れてしまった。と、悟った。
響き渡る物があった。それが何なのかは知らない。
それより、あの少年は、今どうしているんだろうか。
残像、だったのだろうか。
「存在しないのか。」
廊下に、ただ虚しく響いただけだった。
「どうしたの?」
廊下に、もう一つ、響いた気がした。
私はその声に聞き覚えがあるような気がして、そして期待した。
後ろにふり返る。が、そこにいたのはあの時の少年ではなかった。
私の背を、はるかに上回り、そして、声も大分、低くなっていた。
「あの時の・・・」
少し裏返ってしまった私の声に、返答こそ無かったが、それでも、私の胸の内に何かが広がった。
「久しぶり。バスケはその後どう?」
バスケに、興味が無い私は、あの時だけ少しだけバスケが好きだった。
それも、この少年のせいかも知れない。
「何度かシュートしたら、何度か入ったよ。」
何度か、この曖昧な言葉は、私がよく使う言葉で。
「そっか。良かったよ。」
「ところで、君はバスケ部なの?」
「うん。バスケ部。だから正直、粟音の言ったことが気に入らなかったんだ。」
いきなりの呼び捨ては、男子が大抵そうであるから、もう慣れっこだった。
あの時の言葉、思い出してみると何か気に障る事を言った気がする。
あの時の少年が、不可解な顔をしたときのように。
「でも君はさ、バスケ部のように廊下を走ったりしないんだね。」
私は放課後、憂鬱に枯られながら夕陽と過ごしている。
そして、決まって男子バスケ部が廊下を走っている。
だが私の脳裏に、少年の顔など無かった。
「ちょっと走るのが面倒くさくて。」
「・・・・そう。」
雄夜がそう言った。でも私は理解し難い事だったような気がする。
「走るのが、面倒、くさい、んだね。」
「何強調してんの?」
私はわざと強調性を建ててそう言い放った。
少年は不審に思っただろうか。
「ごめん。私、きっと迎え来てると思う。だから、また今度ね。」
「そっか。また、ね。」
私は手を小さく振り、少年の隣を通って背を向け合う。
少年も前進し、廊下に二人の靴音が響いた。
影が離れ、そして夕陽が云う。