まだ
少年、海江田雄夜
少年は名を「雄夜」(ゆうや)と言った。特に、名前を聞いたわけでもなく、ただ自己紹介のつもりなんだろう。
粟音はそれを望んだわけではない。
「君の名は何て言うの?」
唐突に聞かれ、何秒か粟音は、ただ口を開けて呆然としていた。
正気に戻ったのか小さいながらも、自分の名を述べた。
「粟音。」
ただ一言だけの、その呆気なさに雄夜と言う少年は、ただ頷くだけだった。
粟音は正直、一人で居たい、と思う人間で、あっちに行って欲しいとつつに願っていた。
「シュートはしないの?」
少年は聞いた。
「私下手だから、やっても無駄だと思う。」
粟音は返した。
粟音らしいと言うか、少年は聞いて、不可解そうな顔をする。
「俺が教えようか?」
粟音は、きっとこの手の人が、嫌いだ。
これは推測に過ぎないが、現に粟音の顔を見れば分かる事だ。
蝉が代わり、返すように鳴き続ける。粟音は少年から目をそらした。
「ちょっとそのボール貸してみ?」
少年雄夜はそう言って、粟音に手を差し出した。
粟音は仕方なしにボールをバウンドさせて少年側に投げる。
少年は依然として粟音の顔を見たまま、キャッチした。
足が構えられ、そしてスナップをきかせ走った。
わずか5メートルと言うリンクとの差が、疾走によって埋められた。一瞬の事のようだった。
少年の右手が、ボールを押し出すように、ネットへとシュートする。
わずか数秒。ボールはネットをすり抜けた。
「凄いね。」
粟音はまるで、興味がなさそうにそう呟いた。少年に、聞こえたかどうか、それさえも分からなかった。
「ほいよ」
少年は両手の人差し指でボールを押し、粟音へとパスした。
粟音は無関心にボールを受け取り、少年を見た。
少年雄夜は何も言わなかったが、その瞳に、「やってみな?」の文字が浮かんだような気がする。
粟音は少年の肩に目をやり、しばらくしてリンクの方を見た。
「決まるよ。シュート。」
倒置法の言葉を投げかけた少年の声は、確かに粟音が受け取った。
背の低い粟音は、ネットへと一心に飛び跳ねた。
「決めるよ。」
そう言って、粟音はボールを飛ばした。
ボールはリングを回り、そしてネットへと入った。
「入った!」
粟音にとって、これがバスケでの初めての喜びだった。
「やったじゃん!」
少年は拍手しながらそう一緒に喜んでくれた。
粟音が地を見て、喜び、少年の方へ顔を向けた。
だが、少年の姿はなく、あるのは蝉の声と、生ぬるい風だった。
ベンチへと駆け寄った。さっきまで少年が座っていた。
だが温もりなどは無く、ただ残り香、と、水浸しの缶ジュースがあるだけだった。
蝉が唄う。
すいません下手で(´д`;)