第五話
「神子かぁ・・・」
「なーに?カナコ様は神子に興味があるんですか?」
「ある。滅茶苦茶ある。だってさぁ、現実に『神子様』とか『選ばれし者』とか素で呼ばれてちゃってるわけでしょ、その人。絶対ウケる」
私の場合もまぁ、特殊だけど異世界トリップしちゃったと言っていい状況なわけで。
しかし、特に何かをして欲しいと懇願されることもなく、悪魔達とほのぼのと暮らしている。
かたやもう一人の異界人は来てそうそう神子として崇められ、悪魔と戦う使命があるわけでしょ。
小説みたいにこの世界の人達と様々な困難を乗り越えて絆を深めちゃったり、少女向けなら王子や王女と恋をしちゃったりして、最終的には悪魔を倒すんだよねー。
そんな王道をする人、ぜひ見てみたい。
やっぱり私みたいな凡人とは違って、漫画の主人公みたいにキラキラしている人なんだろうか。
「カナコ、そんなに興味あるなら人間界に行ってみるかい?」
「え?」
勝手にアレコレと想像していると、アスタロトが不意にそう言った。
「見てくるといいよ。そういえば、カナコはこちらに来てから一回も宮殿の外に出たことがなかったね。私としたことが、カナコと一緒にいるのが嬉しくて気付かなかったよ」
「えっ、でも・・・」
確かに、私は人間界はおろか、魔界でさえこの魔宮殿がある最下層から出た事がない。
それには理由があって、私がこの場所にいないと魔界が崩壊してしまうのだ。
天地創造の時代に、神と争った魔王サタンは地の底へと堕とされ、その時に出来た巨大な穴のような空間が魔界となったわけだが、逆ピラミッド型の最下層にサタンという神と並ぶ力を持つ存在がいなくなると、魔界は支えを失って崩れてしまうのだ。
では何故そんな魔王である私の魂が異界に行くことが出来たのか。
それは、私の目の前に座っているベルゼブブとアスタロトの存在があったからだ。
上位悪魔の中でもずば抜けて強大な魔力を持つ二人が、魔王サタンの代わりに宮殿に囚われることで魔界を支えたのだ。
「だ、駄目だよ。私が人間界に行ったら、またベルゼとアストの自由がなくなっちゃう。そんなの駄目」
一千年間、私の代わりに自由を奪われていた二人にこれ以上負担をかけることは出来なかった。
首を何度も振って人間界には行かないと言う私に、ベルゼブブとアスタロトは目元を和ませた。
「カナコ、こちらに戻ってまだ間もないそなたには分からぬであろうが、我ら悪魔の寿命は果てしなく永い。そのうちのたかが一千年を宮殿で過ごしただけのこと。それがまた二、三年のびたとて我らは気にせぬ」
「で、でも」
なおも言いよどむ私の頭をアスタロトが優しい手付きで撫でた。
「私達のことは気にせず、カナコはしたいことをして、行きたい所に行っていいんだよ。それが私達の望みでもあるんだ」
「アスト」
「創世記からずっと、それこそ私達が代わりをつとめた一千年が一瞬にも思える永き時を、サタン様はこの煉獄で過ごした。その孤独は私などでははかりしえないほど、深いものだったろう」
私のクセのある黒髪を梳きながら、アスタロトは語りかけるように言った。
「カナコ、私とベルゼブブはね、サタン様を自由へと解き放つ力が自分達にあると知った時、それはもう嬉しかったんだよ」
本当に嬉しげに、そして誇らしげにアスタロトが言うので、私はそれ以上何も言う事が出来なかった。
アスタロトやベルゼブブにこんなにも慕われている魔王サタンってどんな人だったんだろうと、ふと思った。
「アストもベルゼも、魔王が大好きだったんだね」
「もちろん、大好きだったよ」
アスタロトの、悪魔のくせに光が零れ落ちそうな笑顔に、きっとサタンもこの人達が大好きだったに違いないと確信した。
「私も・・・アストとベルゼ、大好き」
そう言って、ぎゅうっとアスタロトに抱きつくと、私よりもずっと強い力で抱き返してくれた。
「カナコ・・・我も」
両手を広げた可愛い格好でベルゼブブが言うので、もちろんぎゅうっと抱きついた。
「ズルイ・・・ボクもカナちゃまにダイスキーって抱きつかれたい・・・」
ほのぼのとした空気の横で一匹の悪魔が何かブツブツ言っていたが、もちろん無視した私であった。