第十六話
翌日。アモンとサタナキアと一緒に再び皇城を訪ねると、今度はあの金ピカの間ではなく会議室のような円卓が置かれた部屋に案内された。
そこにはすでに由梨亜とミリアン、他に見知らぬ三人の男女が円卓に座っていた。
「カナさん、レイヴァンさん!」
部屋に入ってきた私達に気付いた由梨亜がパッと立ち上がって、駆け寄ってきた。
「すいません。お待たせしました?」
「ううん、みんなも今来たところなの。あ、この方は?」
サタナキアを見て小首を傾げる由梨亜。
「由梨亜さん、こちらは私の護衛をしてくれているサタナキアです」
紹介すると明るい声で由梨亜が初めましてと言ったが、サタナキアは軽く会釈するだけだった。
物凄くフレンドリーな由梨亜とやりとりした後、私達三人は円卓に座った。
恐らく討伐隊の人達であろう三人の男女が、私達のことを興味深く観察しているが分かる。
意外と仕切り屋なのか、由梨亜がテキパキと初対面の私達を紹介しだした。
まず、向かって右側のいかにも騎士らしい逞しい身体つきの男がジェラルド・イース。
歳は三十前後と若いが、近衛騎士団の団長さんをつとめているんだって。
次に真ん中に座っている男がエリク・カラ。
神官だという事だが、隣にいるジェラルドと比べるとひょろっとしていて、おどおどした態度がかなり頼りない印象をうける。
最後に紹介されたのは術師のカレン・ルドリッジ。
知的な雰囲気の美しい女性で、ツンとした表情がプライド高そうに見える。
三人ともそれぞれ生業は違うが、名前で分かる通り皆貴族だ。
一通り紹介が終わった後、早速騎士のジェラルドが身を乗り出して尋ねてきた。
「レイヴァン殿、貴方のお噂はかねがね聞いております。して、どうなのであろう?悪魔アザゼルの消息は掴めそうですか?」
皆もまずそこが知りたいのであろう、真剣な面持ちでアモンを見つめている。
「ーーー結論だけ言うなら、現段階では無理って感じかな」
皆の期待のこもった眼差しをアモンはあっさり裏切った。
「そなたでもやはり分からないか」
ミリアンがガッカリしたように言った。
「帝国中に気を張り巡らしてみましたが、悪魔の気配は全く感じませんでした。恐らく自ら魔力を封じ、本性を隠していますね」
つまり、アザゼルは今の私と同じ状態で帝国に潜伏しているというわけだ。
魔力のない普通の人間の姿で。
「襲われた街へ行って魔力の痕跡を辿っても、途中で途切れているでしょうね。もしかして、もう試してみました?」
アモンの問いにミリアンが苦々しげに頷いた。
その表情を見るにアモンの言った通り、結果は良くなかったのだろう。
アモンが再び口を開きかけた時、嘲るような女の人の声がそれを遮った。
「帝国一の術師ともてはやされても、結局はその程度ですか」
術師のカレンだった。
どこか挑戦的な目でアモンを睨んでいる。
その突き刺すような視線を受けた当の本人は首を傾げた。
「君、誰?」
おいおい、さっき紹介うけたでしょう。
どんだけ人の話聞いてないんだ、この男は。
カレンさんも驚いて目を剥いているではないかーーーと思ったが、彼女が目を剥いたのはそれが理由ではなかった。
「あ、あ、貴方っ、私を忘れたんですかっ?」
「え?知り合い?ますます分かんないんだけど」
パチクリとしたアモンの表情に、本当に分かってないと思い知ったカレンはワナワナと震えだした。
「お、同じ『学院』の卒業生でしょう!八年間同じクラスだった!」
それは所謂、幼なじみとか同級生とかいう間柄では・・・アモン、そこは覚えておこうよ。
そりゃ怒るよ、カレンさんも。
「えー、同じクラス?・・・うーん・・・あっ、もしかして万年二位のカレンちゃんっ?」
カレンの言葉で思い出したのは良かったものの、思い出し方が最低じゃない?
火に油どころか、爆弾を投下したようなものだ。
「信じられないっ!首席の座を八年間も争った私を忘れるなんて!その無神経なところ、全く変わってないっ」
「え〜、でも卒業して五年ぐらい経つし、忘れちゃうよ」
いや、忘れないでしょう普通。
アモンの性格がいい加減なのか、よっぽど興味がなかったのか・・・多分、両方だろう。
「それにしてもカレンちゃんってまだルドリッジなんだねぇ。貰い手つかなかったの?」
「〜〜〜っ!!」
カレンの白い顔が怒りのあまり真っ赤に染まる。
レイヴァンと同級生ならカレンは二十一歳、いや、アモンは歴代最年少入学者だったというからもしかしたら二、三歳年上かもしれない。
平均結婚年齢が十七、八歳のこの世界では確かに嫁き遅れの部類に入ると言える・・・だけど、そんな繊細な事をハッキリ聞かなくても。
「私は術師としての道を究めようと、わざと結婚してないんです!決して貰い手がいなかったわけじゃ・・・」
「カ、カレンさん、落ち着いて下さい。今は悪魔討伐の話でしょう・・・?」
隣に座っているエリクがおどおどとカレンを宥める。
それにハッと我に返ったカレンは忌々しげにアモンを睨んだ後、取り繕うようにツンと座り直した。
「えーと、それでレイヴァンさん、探索は諦めるにしても何か方法はないものでしょうか?また街が襲われるのを黙って見過ごすわけにはいきません」
エリクがアモンに尋ねた。
「方法はあるよ。要するにアザゼルが本性を現した時に捕まえればいいんだから」
「本性を現す・・・?それはアザゼルが街を襲う時、というわけですか?」
「そう」
アモンが頷くと、円卓に座る面々が戸惑ったような顔した。
「でも、今まで襲われた街に駆け付けても手遅れで・・・」
「ミリアンデンカ、それは来襲に気付くのが遅かったうえ、駆け付けるのに時間がかかったからでしょう?ボクなら帝国のどこにアザゼルが現われようとすぐに分かるし、転移術も使えるから虐殺が始める前に駆け付けることが出来る」
「転移術!しかし、我々全員を転移させるのはさすがに無理ではないか?」
ミリアンは半信半疑だ。
てか、転移術って人間にとってはそんなに難しい術だったんだ。
アモン達がポンポン使うから簡単な術に見えたんだけどな。
何もない空間から物が出てくるのも転移術の一種らしいし。
「大丈夫ですよ、それくらい。・・・ていうか、全員行かなくてもボクとカナとサーナちゃんだけで充分なんだけどな」
アモンがボソッと呟く。
確かに、アモンとサタナキアがいれば中位悪魔を一匹始末するぐらいは簡単だろう。
でも私達は基本的に傍観者ですから、そこは神子と人間に頑張って貰いましょうか。
アモンは魔宮殿の地下にあった転移陣のような紋様が描かれた札を討伐隊メンバーに配った。
執務中でここにはいないダレオン皇子の分は由梨亜に預けておく。
札を配るに当たって、アモンは一つ注意事項を皆に伝えた。
「アザゼルの気配を察知したらすぐに術を発動させるからねぇ。肌身離さず持っているように。お風呂の中でもだよ」
「!!」
アモンの言ってる意味が分かったのか、由梨亜とカレンの顔が真っ赤になった。
裸の時に転移されてしまったらと想像したのだろう。
アモン、せめて五分くらいは待ってあげようよ。
由梨亜とカレンなら男性読者期待のドッキリハプニングになるけど、ジェラルドみたいな筋肉隆々マッチョ男のマッパはさすがに悲惨なことになると思うよ。