第十五話
とりあえず皇帝との謁見は終わった。
ラルグランが退室すると他の貴族達も解散した。
私も早くこの居心地の悪い広間から出たかったが、由梨亜の好奇心に満ちた視線にそれは叶わなかった。
それは二人の皇子も同じで。
「君は?」
ダレオンが遠慮なく聞いてくる。
私は皇帝にしたように裾を摘んでおしとやかにお辞儀した。
「初めまして、ダレオン殿下。私はカナと申します」
「失礼だが、レイヴァンとはどういう・・・?」
「婚約者です」
そう答えると、二人の皇子は驚いたように目を見開いた。
「レイヴァンに婚約者がいたとは、初耳だな。見たところ、我が国の人間ではないようだが・・・」
「はい。私は遠い東の地にあるモーゴル族という少数民族の出です。遊牧民なので草原と草原を移動し、国は持ちません」
事前に素性を決めていたわけではないが、スラスラとテキトーな身の上話が口から出てくる。
うーん、私もアモンのことを言えないな。
「貴族ではないのか。では、レイヴァンと結婚するのは大変だろう」
「というより、レイヴァンには姉上との縁談があったんじゃあ・・・?」
「えーと、ハイ。そこらへんはアイのチカラで乗り切りますんでお気遣いなく」
なんだアイのチカラって。
自分で言っててサブイボが立ってくるわ。
ハハ、と乾いた笑いを浮かべていると由梨亜がキラキラした目で言った。
「素敵です!お二人は身分の差を乗り越えて結ばれたんですね!私もお二人の恋愛を応援します」
「あ、ありがとう?」
「それに、カナさんって凄く馴染みやすいっていうか、見てて懐かしいっていうか」
そりゃ同じ日本人顔ですから。
周りが西洋人顔だらけだと、私のようなしょうゆ顔を見てホッとするのだろう。
「これから仲良くしてくれると嬉しいです」
ニコッと天使のような笑顔でそう言われて断れようか。
私は流れに逆らわず、差し出された手を握って頷いたのだった。
他の討伐隊メンバーとは明日会う約束をして、私達は帰路についた。
明日からはそのメンバー達とともに、悪魔の捜索をすることになる。
「・・・アザゼル、アザゼル・・・うーん?」
ベルフェノル邸に帰る馬車の中でしきりにアモンが首を捻っている。
「アモン、どうしたの?」
「カナ様、アザゼルという名前ですがどこかで聞いたような気がして・・・知り合いかなぁ。サーナちゃんはどう?知ってる?」
「知らぬな。上位悪魔ならともかく中位悪魔以下は数が多くて私もよく分からぬ」
「だよねぇ。気のせいかな」
結局話はそこで終わり、屋敷に着いた。
アモン達と玄関から入ると、屋敷の使用人達が出迎えてくれたが何故か空気がピリピリしているのに気付いた。
何かあったんだろうか?
「お帰りなさいませ」
ブラムだけが普段通りの礼儀正しさで私達にお辞儀した。
「ただいまー。ブラム、なんか空気悪いねぇ。どうしたの?」
アモンも私と同じようなことを感じたらしく、ブラムに尋ねた。
すると、ブラムは困ったような顔で言った。
「不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。詳しい説明はお部屋に戻られてからに致しましょう」
そう言われて、私達は部屋に向かった。
昨日から泊まっている私の部屋にはフルーレティとベレッタがいて、室内を整えていた。
「カナ様、お帰りなさいませ」
「ただいま」
帰って来た私を見て、二人は早速外出着のコートを脱がせて片付けたり、お茶の準備をしたりと動きはじめた。
椅子に座った私達にブラムが話を切り出した。
「実はフルーレティ殿とベレッタ殿のことなのですが・・・」
私達が出かけた後、二人の事でちょっとした騒ぎが起こったらしい。
これは私も失念していたことなのだが、フルーレティとベレッタの本性はインキュバスである。
淫魔は異性の性欲を否応なしに煽る。
魔力を抑えているとはいえ、淫魔特有のフェロモンむんむんな二人にこの屋敷の男達がソワソワと落ち着かない。
執事から庭師まで何かと二人に声をかけようとするものだから、今度はそれを見た女性陣達が面白くない気分になる。
中には職場恋愛をしている女性もいて、恋人がフルーレティ達に見惚れているのに気付き、嫉妬してまったのだ。
そんなこともあって屋敷の女性達の二人を見る目や態度は冷たくなっていくのだが、全く二人がそれを気にしたりしないのでますます険悪になっていくという悪循環が生まれた。
「使用人達の風紀の乱れは私の監督不行きとどきです。厳重に注意いたします」
ブラムは使用人達の気の緩みを謝罪した。
フルーレティとベレッタは淫魔なのだから、大抵の男はムラムラするのが当たり前・・・ていうか、ブラムは二人にクラッと来なかったんだ。
凄い精神力だな。
「ただ、使用人達のことでしたら私が律しますが、旦那様がお二人に気付かれると・・・」
歯切れ悪くブラムは言い淀んだが、言いたいことは分かった。
確かに、あの浮気グセの激しい好色オヤジに二人を見られると厄介なことになりそうだ。
「分かりました。二人がお義父様の目に止まらないよう注意します」
「ありがとうございます。旦那様はあまりこちらにはお顔を出さない方なので、大丈夫かとは思いますが」
いい人だ。
バルハンが無体なことを女性にしないよう気を遣っているのが分かる。
逆に言えば、それくらいバルハンの素行は悪いということなのだけど。
ブラムが出て行った後、フルーレティとベレッタに声をかけた。
「今日、大変だったみたいだね?」
「いえ、カナ様がご心配するほどのことではございません。ねぇ?ベレッタ」
「ええ、人間の女が一人『この泥棒猫!』と怒鳴り込んで来たぐらいで。可愛いものですわ」
ホホホ、と笑い合う二人。強者である。
まぁ、この二人に危害を加えることが出来る人間はこの屋敷にいないだろうけど。
しかしこのまま屋敷の雰囲気が悪くなるようなら、出ていく事も考えなくてはなるまい。
私達が出ていくとしたら、もちろんアモンも着いてくるだろうからまたエリンと揉めそうだ。
やれやれ、人間関係って面倒くさいな。
そう感じつつ、人間界滞在二日目は終了した。
・・・・・
その日の夜。
真っ暗闇の中、ふと目が覚めた。
「・・・?」
半覚醒の状態で、うっすらと窓に視線をやる。
・・・今、強烈な悪意が『発生』した。
その悪意を絡めとろうとする前に、思考がぼやけ意識が再び眠りの淵に沈み込んでゆく。
夢うつつの中、遠くで狼の遠吠えが聞こえた気がした。