第十四話
最初に悪魔の被害が王都に報告されたのは、今年の雪解けが終わる頃。
人々が春の訪れを喜んでいる時だった。
旧キルテン王国領との国境にある大きな街、レレントが一瞬にして廃墟と化したのだ。
レレントは帝国軍の重要な要塞基地でもあり、数ヶ月前に植民地化し紛争が未だに絶えない旧キルテン王国領に睨みをきかす為にも多くの兵士が駐屯していた。
その街が兵士や市民もろとも一夜にして虐殺されたのだ。
一部の市民と共に命からがら逃げ延びた兵士数名の証言によると現れた悪魔は人型でたったの一体だった。
その悪魔が最初に襲ったのはレレントにある神殿。
礼拝の為集まっていた神官達だった。
悪魔がそこで神官達に何をしたのかは分からない。
ただ異変に気付いた兵士達が礼拝堂に駆け付けた時には辺りは悲惨なことになっていた。
数刻前までは人の形をしていたであろう肉の塊がそこらじゅうに飛び散り、原型を留めている死体は一つもなかった。
酷い血臭が充満している中で、全身を真っ赤にさせたまがまがしい姿で男が一人立っていた。
血に塗れて相好の判別はつかなかったが、駆け付けた兵士達を見てその男はニィと笑った。
「・・・テイコクに伝えろ。これよりアザゼルが参るとな」
そう告げた男は礼拝堂のステンドガラスを破って外へと飛び出し、街にいたほとんどの人間を一瞬で血祭りに上げた。
そして、悪魔から一方的に伝言を持たされた兵士達と一部の逃げ延びた市民だけが生き残ったというわけだ。
それから、アザゼルを名乗った悪魔は帝国内にたびたび現れ、街を滅ぼした。
襲われる街がだんだんと王都に近くなるのがまた嫌な感じだ。
国民の恐怖をわざと煽っているように思える。
襲われた街へ軍や術師団を送ってもすでに手遅れ、悪魔は姿を消し山と積まれた死体だけが残されていた。
「そんな惨事が続き、情けなくも悪魔の尻尾さえ掴む事が出来ない我々は神へおすがりする事に決めた」
それが神子召喚だったというわけだ。
召喚された神子は神に選ばれし者だ。
人間にも悪魔にもない神力、もしくは神通力とも呼ばれる力が備わっている。
悪魔をも倒せる神の力だ。
「ユリアはまだ召喚されたばかりで神力を完全に使えるわけでない。今は神官や術師から力の扱い方を学んでいるところなのだ。ユリアの修行がある程度終わるまでは軍と神官、そしてレイヴァンら術師達で悪魔の阻止をお願いしたい」
ダレオンがそう言うと、由梨亜が申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。私がまだ未熟なせいでいろんな人に迷惑を・・・」
「ユリアのせいではない。そもそも国に降り掛かった災難を払えなかったのは我々の力不足だ」
「ダレオン・・・」
しばし見つめ合う二人。
何だ、そのイイ雰囲気。
ダレオン皇子も神子にホの字というわけなのね。
さすがヒロイン、いくつもフラグが立っているみたいだ。
しかしそれにしても、由梨亜ちゃんはいい子だな。
ダレオンが言った通り、彼女はこの国の災難に巻き込まれた形なのに、逆に自分の力不足を謝るなんて。
普通は兵士でもましてやこの国の人間でもないのだから悪魔と戦えなんて言われたって嫌だ無理だと反発するものだろうに。
よっぽど正義感が強いか、お人好しかのどちらかだろう。
まぁ、そういう善人だからこそ神子に選ばれたのかもしれないが。
「レイヴァンには悪魔の探索をしてもらいたい。今、帝国術師団に探させてはいるが一向に網に引っ掛からないのだ。君なら何か分かるかもしれぬ」
やっと由梨亜と見つめ合うのをやめたダレオンがアモンに言う。
しかし、皇子の頼みなんて屁とも思ってないアモンは首を縦には振らなかった。
「デンカ、ボク忙しいので他の人に頼んでもらえませんか」
「なっ」
まさか断わられるとは思っていなかったのだろう、ダレオンの顔が固まった。
代わりに激昂したのはミリアンだった。
「お前は兄上の話を聞いてなかったのか!?すでに何千人もの死者が出ているのだぞ!それを哀れだとは思わないのか・・・っ」
「別に?戦争ではもっとイッパイの人が死んでるでしょう?何千人なんて可愛いものじゃないですか」
「っ」
ミリアンが絶句する。
確かに、アモンの言う事は非常識だけど正論だよねぇ。
自分達は戦争で何十万という死者と奴隷を出しているのにそれは哀れじゃなくて、悪魔が人を殺したら哀れになるんだ?
人間の理論って面白いね。
「皇帝の命に従うのは臣下としての義務でしょう?」
今度はマーレイがアモンを説得しだした。
「臣下なのはチチウエであってボクじゃないですし。ああ、貴族は皇族に従うべしって言うなら家名を捨てて国を出ればいいだけですから」
「・・・」
マーレイも黙ってしまった。
あまりの傍若無人さに見てるこっちが不敬罪で牢屋にぶち込まれないか心配になってしまう。
「・・・では、どうすれば悪魔討伐に力を貸すのだ?レイヴァン」
今まで黙って息子達とのやり取りを見ていたラルグランが口を開いた。
相変わらず表情は読み取れない。
「そうですねー。カナが良いって言うなら手を貸してもいいですよ」
・・・そこで私に話をふるのか。
空気読め、このバカ。
「カナ?」
私の紹介をまだされてない皇子二人が首を傾げ、ラルグランとマーレイがこちらに視線を向けた。
「娘、レイヴァンはこう言っているがどうなのだ?」
どうって言われましても。
困った私の顔をアモンが覗きこんだ。
「カナ、悪魔討伐なんてしてたら王都観光出来なくなっちゃうから断わった方がいいよ?」
おい、悪魔討伐を頼まれてるのはアンタでしょうが。
なに私に押し付けてんのよ。
「別に王都観光はサーナ達とすればいいし・・・レイヴァンはお仕事してれば?」
「そ、そんな。ボクは仕事なんかよりカナの方が大事なのに。カナはボクと一緒にいたくないのっ?」
「うん、とくに」
冷たく言ってやると、案の定アモンはガーンという音が聞こえそうなほどショックをうけた。
そして、周りを気にせず私にガバッと抱きついてきた。
「カナが嫌でもボクはずっと傍にいたい!朝も昼も夜も、むしろベッドもお風呂もトイレの中も一緒にいたいのにー!」
ひぃっ、何を言いだすんだこのアホは!
誰かっ今すぐサタナキアを呼んできてっこのアホの口を止めてー!
周りの呆気にとられた視線が痛い。
何の羞恥プレイだ、コレ。
「わか、わかったからちょっと離して。レイヴァン、伏せ!」
なんとかアモンを引き剥がしたが、まだぐずぐずと泣いている。
はー、まったく。
「陛下、お見苦しいものを見せてしまい申し訳ございませんでした」
謝罪すると、ラルグランは頷いた。
今はその無表情がありがたい。
「悪魔討伐の話、お引き受け致します。但し、条件をつけさせて頂きますが」
「条件?」
「私も討伐に参加させて下さい。見ての通り、レイヴァン様は私の傍を離れそうにありませんので」
魔力ゼロの私が討伐に参加したいだなんてさっきまでなら嘲笑ものだっただろうが、このアモンの言動を見た後である。
誰も反対する者はいなかった。
こうして皇帝の正式な許可をもらい、何故か私まで悪魔討伐隊に加わるはめになったのだった。