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第十話

 部屋へ案内する途中で、アモンは私達の事を家令のブラムに紹介した。

 何でもこのブラムという紳士は、レイヴァンを幼い頃から面倒見てきた教育係兼お世話係だったのだそうで。

 そんな頃からアモンを世話していたのかと思うと、つい同情してしまう。

 ちなみに、サタナキアは婚約者である私を護衛する為にアモンが雇った剣士、フルーレティとベレッタも同じく私を世話する為に雇った侍女、という風に説明した。


「では、カナ様はこちらの部屋をお使い下さい。坊っちゃま、お付きの方達はどう致しましょうか?私達と同じ使用人部屋へご案内した方がよろしいでしょうか?」


「いや、彼女達はあくまでカナ専属の使用人だ。近くに部屋を用意してくれ」


「かしこまりました。では、カナ様の両隣の部屋をお使い下さい」


 では、と言ってブラムはやはり礼儀正しく部屋を出て行った。


 パタン。



「ーーーさて、サーナ。そのアホを殺っておしまいなさい」


「御意」


 扉が閉まったと同時に、アモンの抹殺命令を下す。

 私の命を聞いたサタナキアが、腰に帯びていた愛剣を引き抜いた。


「ちょ、サーナちゃん落ち着いて!キミのその剣、洒落になんないから!」


「安心しろ、アモン。洒落にするつもりはない。一思いに斬り捨ててやる」


「キャー、助けて!カナちゃま!」


 サタナキアの目にも止まらぬ剣速を、紙一重で躱して必死に逃げ回るアモン。


 サタナキアの剣には、悪魔だろうが天使だろうが一度斬られれば、再生能力が著しく低下する『呪』がかかっている。

 アモンでさえ再生に数百年はかかるのだそうで、中位程度の悪魔なら一太刀で即死に出来る代物だ。


「偽りとは言え恐れ多くもカナ様を妻になどと、何を考えておるのか、この馬鹿者!!」


「だってー、だってー、カナちゃまと堂々とラブラブしたかったんだもんっ、魔界じゃあ閣下達にすぐカナちゃま取られちゃって、ボクちん欲求不満が溜ま」


「ええい、黙れ!不埒者めが!」


「ぎゃー!」


 はー、やれやれ。


 騒がしく逃げ回るアモンに呆れた視線を送りつつ、私は手近にあった椅子に腰掛けた。


「カナ様、何かお飲み物をお持ちしましょうか?」


「ありがとう、レティ。紅茶がいいな」


「かしこまりました」


「あ、それとこの部屋防音にしてあるかな?ご近所迷惑レベルの騒音出てるけど」


「大丈夫です。あのブラムとかいう家令が出ていってすぐに防音にしました」


 さすが、私の侍女。ぬかりない。

 フルーレティがまたどこから出したか分からないティーポットで、温かい紅茶を入れてくれた。

 それを一口飲みながら、ため息をついた。

 今日はもう疲れたから、何事も起こらなければいいんだけどなぁ。


 そんなささやかな願いが破られたのは、それから数刻後の事であった。 



「レイヴァン!!」


 アモンと私、そして嫌味おばさんことエリン・ベルフェノルとでお通夜のような夕食を始めたその時、五十前後の男性が食堂に怒鳴り込んできた。

 帰って早々こちらに来たのか髪は若干乱れていたものの、がっちりとした体格の威風堂々とした男だった。


「これは、チチウエ。どうしました?そんなに慌てて」


「こ、こここのッ、馬鹿者!!今までどこに行っておった!?」


「えーと、アチコチ?」


 まさか、魔界に行ってましたとは言えまい。

 激昂する父親に全く動じない息子。

 うーん、父親が哀れだ。


「今は悪魔討伐で国が大変な時だというのに、帝国一の術師であるお前がいなくてどうするか!!陛下からお前の所在を毎日聞かれる濃の身にもなってみろ!この親不孝者がっ」


「えー、無視すればいいのに」


「できるかぁ!」


 今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな剣幕の中年親父。

 名前は確か、バルハン・ベルフェノル公爵だったか。

 食事の手を止めて、なんちゃって親子漫才を鑑賞していると話が私にまで及んだ。


「レイヴァン・・・エリンの文に書いてあったことは本当か?平民の女を妻にしたいと」


「ええ、本気です。ちょうどいい、チチウエにも紹介します」


 席から立ちあがったアモンは、私の背後に回ると肩に手を置いた。


「ボクの婚約者のカナです」


 アモンがそう告げた時のバルハンの顔といったらなかった。

 苦虫を数十匹は噛み潰したような顔で私を一瞥する。


「レイヴァン、その女が気に入ったのであれば、愛妾にでもすればよい。妾なら何の問題もないのだぞ」


「それって、チチウエのように血筋だけで妻を選んで、跡取りを産んだらあとは用無し。それから気ままに愛妾と生活したらいいってことかな?」


「レイっ」


 アモンの言葉にエリンが顔面蒼白になる。

 テーブルクロスを握り締める拳が、痛々しいほど震えている。


 だか、乱れた性生活を息子に指摘されたはずのバルハンは動揺すらしなかった。


「濃の場合はエリンの実家が侯爵家だったからな、多少自由がきく。しかし、お前の場合は違うぞ。皇家から皇女との縁談が来ている。皇女を妻にする栄誉を賜わるのだ、妾の方は控えめにせんといかん」


 うわ、この親父サイテー。

 言葉自体サイテーだが、それを妻の前で言う?

 奥さんの実家の階級が自分より低かったら、ぞんざいに扱ってもいいってわけ?

 まぁ、その奥さんの方も私の事を平民だと侮ったけどさ。

 これも似た者夫婦だというのか?

 エリンを見ると、ジッと俯いて夫に反論しようという気配さえない。


 暗い、なんかスゴく暗いぞ、ベルフェノル公爵家。



「へー、皇家から縁談が」


「そうだ。皇女が降嫁すれば、ベルフェノル家はますます安泰。それに話のあった皇女は帝国一美しいと言われる第三皇女ベアトリス様だ。お前も不満はあるまい」


「チチウエ、不満はありまくりです。ボクはカナだけでいいんです。皇女だろうが、醜女だろうがいらないものはいりません」


「まだ言うかっ!いいか、皇女との縁談は断らんぞ!大体、その平凡な女のどこが良いのだっ、まだ子供のようなーーーッッ」


 バルハンが私の容姿を貶した瞬間、部屋の温度が一気に下がった。

 比喩ではなく、本当に下がったのだ。

 アモンから漂う冷気のせいで、吐く息が白い。


「今、何とおっしゃいました?」


「レ、レイヴァン」


「ボクのカナを侮辱したのですか?チチウエ」


 アモンの両手にパリパリッと氷が纏い始める。

 ニッコリと笑顔を浮かべたまま、表情は変わらないのに殺気が凄い。

 部屋に満ちたアモンの魔力と殺気に圧倒されて、バルハンとエリンは声も出せなくなっていた。

 アモンが薄い氷を纏わせた右手をバルハンに向けてゆっくり上げる。


「ーーーレイヴァン」


 アモンの腕がピタッと止まった。


「寒いし、ご飯がまずくなるからやめてちょうだい」


 せっかくの夕食がすっかり冷めてしまっている。

 私がアモンを睨むと、今まで空間を圧迫していた冷気と殺気がウソのように霧散した。


「ありゃりゃ、本当だ。カナ、ゴメンね?すぐに温かいの用意させるから」


「もう夕食はいいわ。部屋に戻りたい」


 そう言って席を立とうとすると、アモンに抱き上げられた。

 私もつい、いつものようにアモンの肩に手を回してしまう。


「では、チチウエ。そういうことですので、縁談は全て断っておいて下さいね?あと、気が向いたら城に顔を出しますのでご心配なさらずに」


 言うだけ言って、アモンはまだ固まっている両親を置いて食堂を出た。



「・・・全くもう、昭和の臭いがする昼ドラを父親と繰り広げたと思ったら、急に殺気を出さないでくれる?」


 部屋に向かう途中で、アモンに説教をする。


「すいません。でも、カナ様を侮辱されたら黙ってなんかいられないよ。だって、ボク悪魔だもん」


「可愛い子ぶってもダメ。大体、あれは侮辱というほどじゃないし、私が平凡なのは事実だしねぇ」


「カナ様が平凡なワケないでしょ?」


 いや、平凡ですから。

 人ごみに紛れたら、すぐに分からなくなるモブ顔ですから。

 とにかく、この先アモンと行動するなら容姿の事で結構言われる場面はあると思う。

 隣に立つのが相応しくない、とかね。

 その度にアモンに殺気をだされたら困るのだ。


 そう言ってアモンを説得すると渋々頷いてくれた。


 やれやれ、これはサタナキア達にも言っておいた方がいいな。



「ところでさ、一つ気になったんだけど」


「なんでしょう?」


「レイヴァン君が発していた負の感情の原因はやっぱり両親の不仲なの?上手くいってなさそうだったよね」


「それもありますが、直接の原因は別ですねぇ。レイヴァン君は見ちゃったんですよ、母親が父親の愛人を刺し殺してるのを」


 うっ、それはヘビーですね・・・。

 聞くと、昔から女グセが悪かったバルハンの愛妾が腹を大きくして、この屋敷に乗り込んで来たんだって。

 正妻に向かって愛妾は、バルハンの子だ、養育費と生活費が欲しい・・・と言ったそうだ。


 おいおい、そういう事はバルハンに言えよ、と思ったが貴族のくせにケチなところがあるあのオヤジは、自分の子だと認めなかったらしい。

 それで焦れた愛妾が本宅まで乗り込んできたわけだ。


 エリンは貴族の女としてのプライドが高く、夫の女関係には口を出さなかったが、心の奥底では溜りに溜まったものがあった。

 しかも、彼女は嫁いでから数年はなかなか子を授からなかった為、レイヴァンを身籠るまでは夫や姑から責められ、様々な苦労があったらしい。


 それなのに、この愛妾はあっさりバルハンの子を身籠った挙げ句、恥知らずにも本宅まで顔を出して金を請求したのだ。

 愛妾にしたら当然の請求だったかもしれない。

 だが、愛妾のその大きな腹を見た瞬間、エリンの理性は焼き切れた。


「で、チチウエの愛妾は腹をメッタ刺しにされて死亡。辺りは血の海。それを一部始終見ていた哀れなレイヴァン君をボクがバクッと食べちゃったワケ」


 人間ってコワイねぇ、と呑気に話を締めくくるアモン。

 ていうか、これはもう昼ドラではなく火サスじゃないですか?

 しかし、ここは異世界。

 名探偵は登場せず、公爵家の権力によって愛妾殺人事件は握り潰された。


 アモンじゃないけど、人間ってコワイ。



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