第九話
王都に入ると中世ヨーロッパにも似た街並みが広がっていた。
城門近くの商業区は露店と市場がたくさんあり、人でにぎわっていた。
しばらく進むと平民の居住区があり、こちらも人が多く洗濯物を干しているおばさんや広場で談笑しているおじいちゃん達もいて、城壁の外のスラム街が嘘のようなのどかな風景が続いていた。
平民区を抜けると、次は貴族区に入った。
商業区や平民区のような騒がしいほどの活気はないけれど、綺麗なドレスや紳士服を着た人達がお上品に歩いている。
道幅はかなり広く、立ち並ぶお屋敷も立派なものばかりだ。
なんか、本当にヨーロッパの古都に旅行に来たみたい。
見る物全てが珍しく、おのぼりさん丸出しでキョロキョロしていると馬車が止まった。
「着きましたよ、カナ様。ここがベルフェノル公爵家です」
そう言って、アモンが指差した先にはかなり大きな屋敷があった。
屋敷だけでなく敷地も貴族区の中でひときわ広いんじゃないだろうか。
鉄柵の向こうには噴水や彫刻、そして咲き誇る薔薇が見事に調和した凝った造りの美しい庭が広がっていた。
「・・・凄いお屋敷だね」
感嘆のため息をもらす私に、この屋敷のウソ息子は首を傾げた。
「そーお?カナ様のおウチに比べたらウサギ小屋みたいじゃない?」
いや、ウチと比べるのは流石に可哀想というか。
何せ魔界の最下層全てが私の居住区なのだから、規模が違いすぎて比べることも出来ないというか。
アモンに気付いた門番が慌てて門を開けた。
舗装されている庭の中をそのまま馬車で突っ切り、玄関前で停車させる。
私はアモンに手を差し出される前に、自分でさっさと御者台から降りた。
「お手伝いしましたのに・・・」
「いや、ここは魔界じゃないし、アモ・・・レイヴァンはお貴族様でしょ?ていうか、私達の事どう説明するつもりなの?」
「それは大丈夫!ちゃんと考えてありますヨ!」
なに、その満面の笑顔。
激しく不安なんですけど。
これは問い詰めた方がいいと一歩踏み出したその時。
「レイ坊っちゃま」
レイ坊っちゃま。
・・・レイ坊っちゃま!?
思わず噴き出しそうになった私の前で、初老の男性が玄関から現れた。
茶色の髪にはだいぶ白いものが混じっていたが、背筋がピシッと伸びた厳格そうな紳士だった。
この、ナイスミドルがアモンを「坊っちゃま」と呼んだのね・・・。
「お帰りなさいませ」
「ウン、ただいま。何だか久しぶりだね、ブラム。老けたんじゃない?」
おいおい、帰って早々その挨拶はないんじゃない?
紳士の方はアモンの傍若無人さには慣れているのか、表情一つ変わらなかった。
「一年も帰宅されなければ、そう感じるかもしれませんな。レイ坊っちゃま、もういい年なんですからいつまでもフラフラとせず」
「ハイハイ、説教は後で聞くからネ。今日は紹介したい人達もいるから早く中に入れてよ」
アモンに言われて気付いたのか、紳士が私達を振り返った。
「これは私とした事が大変失礼致しました。お寒いでしょう、どうぞ中へお入り下さい」
これぞ使用人の鏡といった礼儀正しい態度で紳士は私達を屋敷の中へと入れてくれた。
屋敷内も外装と同じで豪華だった。
調度品や大理石が金と暖色系の色でまとめられてて、とても品が良い。
こういうインテリア好き。
魔宮殿も絢爛豪華だけど、イマイチ暖かみに欠けるんだよなー。
帰ったらベルゼブブとアスタロトにリフォーム提案してみようかな。
呑気にベルフェノル公爵家を鑑賞していると、大理石の階段から一人の女性が駆け降りて来た。
四十代ぐらいの綺麗な女性で、グリーンのドレスを品良く着こなしている。
格好から見るに使用人ではないだろう。
「レイっ、ああ、貴方無事だったのね・・・!」
「ハハウエ」
あー、お母様でしたか。
涙を流さんばかりにアモンに抱きついた母親は、息子の無事を確かめるかのように身体を触る・・・ていうか、ベタベタ触りまくっているというか。
息子を心配する母親にしてはちょっと・・・。
まあ、慈愛の籠もった目でアモンを見ているのは確かだ。
優しそうな人じゃない。
「ハハウエ、ボクが旅に出るのは毎度の事ですから」
そう言って、アモンはあっさりと母親を引き離す。
「確かに貴方は昔っからフラッといなくなる子でしたけど、一年も帰って来ないだなんて母として心配するのは当然でしょう?それに・・・」
「ハハウエ、その話は後で。それより紹介したい女性がいるのですがよろしいですか?」
長くなりそうな母親の話をニッコリ笑顔でブッタ切って、アモンは私の肩に手を置いた。
「紹介します。ボクの未来の妻、カナです」
・・・・はぁ!?
急に何を言いだすんだ、このアホはっ。
私でさえ理解不能なのだから、他の人も訳が分からかっただろう。
サタナキアなどは一瞬ポカンとした後、瞬間湯沸し器みたいに真っ赤になってアモンに飛び掛かろうとした所をフルーレティとベレッタに口ごと押さえつけられていた。
二人とも、ナイス。
「ーーーまぁ、レイったらいつの間にこんな可愛らしいお嬢さんを?」
さすが貴族の女性、一瞬目を見張った後はすぐに微笑みを浮かべて私を見た。
口調は柔らかで私を持ち上げてくれてるけど、目がコワイ。
この人、今絶対私の事を値踏みしてるよ。
「カナさん、だったかしら。カナさんは『家名』は何というのかしら?お名前聞いたことないわ。『ご両親』はどなた?」
うん、さっき優しそうな人だと評したのは謹んで撤回しよう。
スゲー嫌味おばさんだわ。
人間界では平民以下の階級には名字がない。
王族や貴族だけが家名を持っているのだ。
このおばさんがあえて家名を聞くって事は「貴女、当然貴族でしょう?オホホ」と言っているようなものなのだ。
ヨシ、アモン。お前の策略に乗ってやろう。
「初めまして、お義母様。私、平民ですので家名はありません。ただのカナですわ」
「まぁ・・・」
「私のような平民を妻にするだなんて、お義母様にはさぞショックな事でしょうね・・・私も最初はレイヴァンに、いえ、レイヴァン様にそう申し上げたのですけど」
そこでわざと言葉を切って、アモンを見上げた。
恋する乙女の顔を作りつつも、目でアモンに命令する。
てめえ、私に合わせないと、どうなるか分かってんな?
もちろん、アモンは私に従った。
「ハハウエ、身分の差を気にするカナを無理に説き伏せたのはボクなんです。ボクはもう彼女なしでは生きていけない。ボクの愛と忠誠は全てカナに捧げたのですっ」
くっ、耐えるのよ、カナコ!千の仮面を被ってっ!
私の両手をガシッと掴み、情熱的に見つめてくるアモン。
その顔に飛び蹴りくらわせたいのを我慢しつつ、私は顔を真っ赤にさせて俯いた。
あー、息を止めとくのってツラい。
「レ、レイ、貴方がそこまで言うなら・・・でも、お父様がなんとおっしゃるか」
「ええ、もちろんチチウエにも彼女を紹介して、認めてもらいますから」
「そう・・・」
「カナを部屋へ案内して来ますね」
私達がしばらく泊まる事を告げると、更に顔色を無くした彼女だったが、すぐに取り繕って「どうぞ、ゆっくりしていってね」と告げて去って行った。
「これはスゴいムスコンだわ・・・」
「カナ様、ムスコンとは何ですか?」
私の呟きにサタナキアが聞いてくるので、簡単に答えた。
「ムスコ・コンプレックス。息子を過剰に愛する親のこと」
「成る程。カナ様は色んな言葉をご存知なんですね」
感心するような目で見られてしまった。あう。
これからあの母親とやり合っていくのかと、遠い目する私。
とりあえず、アモン。
お前は反省部屋行きだから、覚悟しときなさい。